第461話 三位一体

【トリニティ秘密基地】


秘密基地では、とっくの昔に臨戦態勢だった。

半地下の隠れ里の奥の壁はトリニティの中枢である古いパソコン。その周りに配置されたモニターやタブレットの前では颯太少年や安住詩月、そして壁には七瀬初音の絵もかけられている。いつでも戦闘可能な体制だ。

『皆。準備はいいか』

「いいけど―――物質世界リアルワールドで合体なんてできるの?」

困惑する颯太に対し、トリニティはメッセージと音声の両方で肯定を返した。

『できる。私の力が電子の世界にしか及ばないのは私がコンピュータの妖怪であり、この地下室そのものでもあるからだ。しかし東慎一は違う。彼は物質世界に強い力を発揮し、実体としてそこにいる。彼を依代とすることで"Σ=トリニティ"は安定して実体化することができるだろう。合体の意義はそこにある。幸い、それは可能だということは前回の事件で示されている。

―――さあ。やるぞ』

大地を揺るがす巨大な仕組みが、動き始めた。


  ◇


『くっ……こやつ。しぶとい!』『何にここまで駆り立てられているというのだ……!!』

東慎一は、敗走ポボス恐慌デイモスの動きを封じていた。突き立った槍と振り下ろされた槍、そのどちらもがっしりと掴むことで。もちろんこのまま膠着状態を続けても勝ち目はない。だから東慎一は、両腕にエネルギーを集中させた。それはたちまちのうちに高まっていく。体に刺さった方の槍を掴む手を離し、体がゆっくりと前進し始める。離した手がもう一方の腕にクロスされ―――

『離れるのだ、恐慌デイモスよ!!』『ぬおおおお!!』

敗走ポボス恐慌デイモスが飛び下がった。槍が手放される。一拍遅れて、東慎一の両腕のエネルギーの高まりが、臨界に達した。

そうして、必殺の光線が放たれた。小さな山が吹っ飛ぶ威力のエネルギーが放出されたのである。直撃すれば死は免れないはずだ。

―――それが、するとは。

矢除けの加護の霊力であった。神々の力はこれほどのエネルギーですら阻止できるのだ。攻撃者と接触していない限りは。それ故、敵勢は後退したのである。

だが問題ない。東慎一の狙いは、敵勢が下がった一瞬の隙にあったのだから。

精神を集中する。突如、閃光が走った。東慎一の腰、地上四十メートルもの高さで光が輝いたのである。

それが収まった時、出現していたのはベルトであった。そう。変身に用いていた品だ。続いて手を虚空に伸ばす。そうしてのは―――絵柄のない、三枚の白紙のカード。

カードが輝く。それはほんの一瞬の出来事であったが、光が収まった時にはもう、三枚とも白紙ではなくなっていた。赤。黄。青。三つに塗り分けられた機械が描かれていたのである。

カードが、ベルトへ挿入される。阻止せねばならなかったが、それが不可能だということを神々は知っていた。散々攻撃しても破ることができなかったのだ、東慎一が形態変化フォームチェンジする時に発生するバリアーは。ましてや態勢を崩した状態で阻止などできようはずもない。

神々の前でやはりバリアーは発生し、そして東慎一は叫んだ。

―――形態転換フォームチェンジ!!

三位一体形態トリニティフォームへの変化が始まった。


  ◇


―――ふっ。お前は結局、いつも俺を見守ってくれていたんだな

東慎一は、腰のベルトへと意識を向けた。そこに宿り、ずっと自分の側にいてくれた強大なエネルギー体へと。

山中竜太郎によって最初の依り代たるベルトが破壊されてからも、エネルギー体はずっと東慎一に寄り添っていた。原子力潜水艦の時も。闇の女帝の騒ぎの時も。そして、今も。それが東慎一に力を貸そうとしている玩具と結びつき、巨大なパワーを生む源泉となっていたのだ。

挿入した三枚のカードを通して巨大なエネルギーが流れ込んで来る。トリニティたち三人分のパワーだ。東慎一自身と併せて四人分。それだけの力があれば、強大無比なる輝ける巨人の形態を安定させることができる。東慎一を物質世界リアルワールドにおける依代とすることで、シグマ=トリニティを具象化させることもできる。まさしく互いに支え合うのだ。

と、そこで。ベルトに小さな電子生命体が飛び込んで来た。

―――ゴンザか

「俺っちがいないと通信が維持できねえからなぁ」

―――好きにしろ

発生したバリアーが後退してくる。初めて合体した時とは異なるプロセス。問題ない。最適化されただけだ。こちらから前進する。バリアーを通り抜ける。頭部が機械仕掛けの兜に覆われ、両肩から前へドリルが伸びる。胸部を装甲が守る。背面からは左右に伸びた肩部から下へ巨大なアームが伸びているところが前回と違う。ベルトの巻かれた腰はそのままに、バトルトレーラーで覆われた両足で大地を踏みしめる。

ほんの一瞬で、パーツが装着された輝ける巨人のサイズは100メートルにまで増加していた。体格でも敵に負けてはいない。

『前回の時から最適化した。君自身の肩幅に私の腕をつけるのは不自由だったろう?今回は君自身の腕と私の腕を分けたことで、より柔軟な戦闘が可能だ』

―――悪くない

トリニティの声にそう答える。実際悪くない。傷の痛みも、激しい消耗も気にならない。四本の腕も自在に動く。素晴らしい。

完全にして最大の形態をとった東慎一はゆっくりと一歩、踏み出した。相対する二柱の敵神がわずかに後ずさる。神すらも後退させるのだ、今の東慎一、いや。それが変じた輝ける巨人、トリニティ=ダークEXエクシードは。

これこそが三位一体形態トリニティフォーム。神々に並ぶ最強戦闘形態であった。

ドリルが高速で回転を始める。トリニティとしての腕が指を格納。この敵に飛び道具は通用しない。最短最大の一撃で沈めねばならぬ。わずかに腰を落としたトリニティの脚部が駆動する。手の中に収納されていたノズルが推進炎を吐き出し高速で巨体を押し出す。狙うは兄弟神の片方、敗走ポボス

一瞬で時速500キロにまで達したトリニティ=ダークの攻撃を、相手は迎え撃つ構え。盾を前に出し、槍でカウンターを狙ったのである。

突き出された槍は、届くことがなかった。何故ならばトリニティ=ダークは推進炎をカットすると、左腕からプラズマソードを伸ばしたから。

振り上げられたそれに槍が弾き返される。態勢を崩した敗走ポボスに対して向けられたのは、輝ける巨人本来の両腕が握るレーザーブレード。

『―――!?』

一閃。

巨大な腕が宙を舞った。甲冑に包まれた、悪神の右腕が。

返す刀が首を狙う。それが敗走ポボスの生命を断とうとした瞬間、真横から突き込まれた槍を回避してトリニティ=ダークが後退する。

腕を失った兄弟を庇う恐慌デイモスと、それに対峙するトリニティ=ダークという形になった。

やがて腕が落下。四車線上でバウンドし、十数という建物を巻き込んでようやく止まる。

『強い……っ!!』

―――どうした。怖気づいたか

『くくくっ……正直に答えよう。その通りだ。ここまでの恐怖を味わうのは神話の時代以来よ。しかし我が名は恐慌デイモス。狂乱を司るアレスの息子ぞ!目的も果たさずにのこのこと逃げ帰ると思うな!』

―――ならば決着をつけよう

じりじりと間合いを図る、両者。緊張が張り詰めて行く。それが一挙に弾けた時、状況は動き出した。

恐慌デイモスが踏み込む。対する東慎一が伸ばすのは二つのプラズマソードと一本のレーザーブレード、計三つの刃。

一本目が盾で阻まれた。二本目が槍とぶつかり合い、そして。

三本目。レーザーブレードが、恐慌デイモスの脇腹を貫いた。その瞬間、武装を投げ捨ててトリニティ=ダークへ組み付いた恐慌デイモスは叫ぶ。

『今だ!!タコツボを破壊せよ!!』

―――!!

トリニティ=ダークが気付いた時にはもう遅い。敗走ポボスが残った腕から盾を投げ捨て、代わって槍を大きく投じたのである。東の山裾を走るバン目がけて。かなりの距離だが身長100メートルの巨人からすれば至近距離だ!!

だから東慎一は顔を向けた。そこに搭載されているトリニティの光線砲からビームが伸びる。槍を撃墜するべく連射する。届け。届け!!

祈り空しく、槍はバンの近くの大地へと突き刺さった。地盤にめり込んでいく。蜘蛛の巣状にひび割れが広がっていく。それにバンが呑み込まれていく。凄まじい神気が一瞬だけ膨れ上がり―――そして、消失していった。

タコツボが、砕けたのだ。

『―――ははははは、勝ったぞ!!』

プラズマソードで八つ裂きにされながら、それでも恐慌デイモスは勝ち誇った笑いを上げていた。まるでスローモーションのように落下していく頭部が地面に激突すると、そのまま彫刻のように砕け散る。それはたちまち風に吹かれて消えて行った。後には亡骸も残らない。

トリニティ=ダークが向き直ると、残る敗走ポボスはこちらをすさまじい形相で睨みつけていた。兜の下からでも分かるほどにはっきりと。

『東慎一よ。いずれ恐慌デイモスの仇、必ず討ってくれる。それまでせいぜい生き延びることだ!!』

吐き捨てると、光に包まれていく敗走ポボス。光が収まった時、その姿は消滅していた。

―――してやられたか

バンの方を振り返り、東慎一はその場に跪いた。力を使い過ぎた。もはや限界だ。その巨体が足元から消滅していく。やがて、路上には元の姿に戻った人間の男が跪くのみとなっていた。

タコツボを巡る戦いはこうして終わった。

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