第460話 立ち上がる者
【兵庫県神戸市 神戸北署】
「なんだあれは……っ!!」
宝塚蓑谷線の方を確認した沢田刑事は唖然としていた。彼だけではない。車に同乗していた警察官たちや雪も同じものを見上げていたのである。警察署のすぐそばに屹立する、三つの巨人―――100メートルもある、高層ビル並みの巨体を。
ギリシャ彫刻のような武装した二体は
「ゴジラか?それともウルトラマン!?」
「どっちでもいい!あんなもん軍隊でも無理だ!!とにかくタコツボを運ぶことだけ考えろ!!」
「は、はい!!」
先輩刑事にどやされ、沢田刑事は運転席に飛び込んだ。前方ではようやく、破壊された自動車を警察官たちが人力で排除できたところだ。警察官の一人が腕を振る。これで出られる!
バンに数名が乗り込んだ。シートベルト着用もそこそこに、車が動き出す。
沢田刑事は運転に専念した。もはや人間の出る幕ではない。盛り上がり、ひび割れた地面に乗り上げる。揺れる。雪が小さく悲鳴を上げた。やむを得ない。地震のせいだ。
自動車は、破壊された悪路を進んだ。
◇
―――DDDEEEEEEEYYYYYAAAAAAAAA!!
超絶的な破壊力が、解き放たれた。
東慎一の武器はスピードだ。80メートルの巨体は地球上のほとんどものものを破壊できるが、立ちふさがる二柱の神は例外だった。奴らの巨体は100メートルもあったからである。身長2メートルの格闘家に身長160cmで挑むようなものだ。それも2人相手に。
パワーの差は歴然としていた。
それでも踏み込む。槍をかわす。相手の盾を駆け上がり、後ろの
これだけ暴れても家々から人が出てくる気配はない。地震が起こったのは夕刻だった。まだ太陽が出ている時間だ。ほとんどの住民は避難したのだろう。恐らく、学校などの施設に。驚くべき幸運だ。
このまま後ろ回し蹴りの態勢に入る。軽快さで対抗するしかない。強烈な一撃が
盾に、攻撃を受け止められる。
―――!?
そのまま踏み込んで来る。盾に押され、東慎一の軸足はアスファルトの路面にめり込んでいく。四車線まるごとがえぐり取られていく。まずい。態勢を立て直そうとしたところで押し返される。
東慎一は、宙を舞った。
ゆっくり落下していく、巨体。それは地面と激突すると柔らかな大地に受け止められ、そして凄まじい揺れは局所的に震度8を超える破壊力を発揮したのである。まだ残っていた家々が崩壊していったのだ。
―――ぐっ……!!
即座に跳ね起きる。身構える。敵勢は攻めてはこなかった。警戒しているのだ。
『ぬう……まさか巨大化の力まで持つとは』『侮れぬ男よ。名乗るがよい』
ようやく実力を認められたらしい。東慎一は内心で笑みを浮かべると、答えた。ダンタリオン相手にしたように。
―――東慎一。妖怪ハンター、東慎一だ。悪しき神々よ
『よかろう。東慎一よ。そなたの名は千年先まで我らの胸に刻んでおこう。それだけの価値はある』『そなたほどの勇士を倒したとなれば、父上もさぞやお喜びになろう。我らの輝かしい武勲のひとつとなるのだ!』
―――そう簡単に行くと思うな。山中竜太郎に代わって俺がお前たちを討つ
会話する間にもこれからの動きを頭の中で組み立てる。タコツボはもう運び出せたろうか。警察署は半壊し、道はガタガタだ。まだ近くにいるだろう。時間を稼がねばならぬ。
だから踏み込む。姿勢を低くする回り込む相手の右側、盾の無い方に。民家を踏み潰す。避難したことを祈るしかない!
『ぬおおおお!?』
即座に転がって立ち上がる。そこへ
―――ぬぅ!
衝撃。
輝ける巨人の腕から生じた光の刃は、槍の軌道をそらせていた。
相手に体当たりしようとしたところで
東慎一は、敵から距離を取った。まずい。警察署から離れすぎた。敵もそのことに気がついたらしい。
横っ飛びに槍を回避し、側転して敵の横に回り込む。敵神が槍を振り上げた。間に合え!
神戸北署目掛けて振り下ろされた槍が、光の刃に受け止められる。だが槍は一本ではない。敵は二柱いるからだ!
二撃目を、東慎一は体で受け止めた。貫かれる胸板。槍を手で掴む。もう一本もだ。
『ぬ………!抜けぬだと!?』『離せ……!』
体格で勝る敵勢の動きを封じ込める。胸に激痛が走る。それでも東慎一は笑っていた。あの男が同じ立場ならこうしていただろうから。山中竜太郎ならば!!
―――さあ。俺を殺せるものなら殺してみせろ!!
強烈な思念が、広がっていった。
◇
【神戸北署】
「……かりしてください。署長。署長!!」
署長は、薄目を開けた。
そこは署の生け垣の横だ。建物はもう半ば崩壊している。そして、こちらを呼んでいる部下の警察官。地域課の―――誰だったか。
「……ぅ。タコツボは……?」
「先程運び出されました。もうすぐ安全圏まで逃げられるかと」
「……そうか…やったな」
「はい……だから署長もしっかりしてください」
署長は、力なく首を振った。その身はすでに重傷だ。何発も撃たれた。医者のところに運び込まれたとしても助かるかどうかは分からない。だから告げたのである。
「君は逃げなさい。私のことは捨て置け。君の方がずっと若い。生きていれば多くのことができる」
「しかし……」
「早く……間に合わなくなる」
署長は、西の空を見上げた。その方角を一面に埋め尽くす巨大なダークブルーの背中と、それをさらに上回る2柱の巨神を。
「いけ……はやく!」
それで、警察官はようやく走り出した。これでいい。悪くない。正義の味方の背中に押し潰されて死ぬというのも。
あの鼠を信じてよかった。さもなくば、理由もわからぬままに死んでいただろう。今は違う。自分は円卓のテロリストと戦って死ぬのだと理解している。殉職なら受け入れられる。この世に不思議なものがたくさんある事を知った。変身ヒーローが実在することも。彼ならきっと、自分たちの仇を討ってくれる事だろう。自分のいない未来を守ってくれる事だろう。妻子に一言言い残す機会さえないのが少しだけ残念だった。
「さあ……私のことはいい。やるべき事をやるんだ」
署長は、神に祈った。目の前に屹立する、ダークブルーの巨神に対して。
生き残った多くの者たち同様に。
署長は、最期となるだろう光景をじっと見据えた。
◇
【鈴蘭台 避難所】
「ねえ。見て」「嘘だろ……」「なんだあれは」
学校の校庭は、常ならぬ緊張が張り詰めていた。
避難所に指定された小学校である。体育館で電気のない夜を過ごしていた人々は、町の中心付近を見上げていた。
そこで屹立する、三つの超越者の姿を。高層ビルほどもある生き物が、互いに戦っている!!
まるで幻想のような光景だ。しかしそれは現実であった。それらが動くたび、大地を自身が襲うから。あれは間違いなく実在している。
被災者たちはスマートフォンを取り出すと、その光景をカメラに収めた。そう。何らおかしなことはない。正義の味方の戦いはテレビモニターの前で見ることができると、みんなが信じているから。
この異変が先の大地震と何か関係があるのだろうか。彼らにはそこまでは分からなかったが、それでも不安を押し殺しながら戦いを見守っていた。明日が来ると信じて。今までの日常が帰って来ると、信じながら。
彼らは見上げた。
◇
限界が近付きつつあった。
東慎一の消耗は凄まじい。80メートルに巨大化し、槍で胸を貫かれたのだ。間もなく力尽きる。それでも思考は止まらない。最期の瞬間まで足掻く。勝ち筋を見つけ出そうとする。こんな時、あの男なら。山中竜太郎ならどうする?
―――ひとりで勝つのではない。みんなで勝つのだ
そう。奴ならば例え輝ける巨人となった東慎一ですら倒してみせるだろう。その必要があればの話だが。もちろんただの生身の人間に過ぎない奴にそんな力はない。だができる。確信を持って、東慎一は断言できる。何故ならば奴は一人ではないからだ。
故に、東慎一は叫んだ。仲間に対して。
―――ゴンザ!聞いているか!!
「はいはい。ここにいるぞぉ」
返事はやたら近くから聞こえてきた。電波でも飛ばしているのだろう。好都合だ。
―――トリニティの力を借りたい。俺達が初めて出会った時のことを覚えているか
「もちろんだぁ」
―――あれをやるぞ!!この、
相手の驚いた気配が伝わってくる。それはそうだ。トリニティはあくまでも電子妖怪であり、スーパーロボット
「―――トリニティに伝えた。『了解した。タイミングは任せる』だってよぉ」
―――よし。やるぞ!!
前代未聞、
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