第457話 死の一撃

【神戸北署前】


この世ならぬ戦いが始まった頃。

東慎一に倒された自衛官のひとりは、切断された右腕の断面を押さえながらのたうち回っていた。痛い。苦しい。腕が焼けるようだ。助けて。神の声に従って戦い、死を覚悟したつもりだったが恐怖の方が沸き上がって来る。どうすればいい。誰か助けて。

混乱する彼の内に入って来る者があった。

―――なんだ?

それはねっとりとして強力な妖気。自衛官の中に入り込んだそいつは、その肉体を組み替え精神を塗りつぶしていく。たちまち全身に入り込まれた彼は、そのまま変異を始めた。

―――やめろ。俺の中に入るな。俺を変えるな。俺を消すな!!ああ、ああ!?

彼の内に入り込んだのは悪霊。ダンタリオンが呼び出したそいつが急速に器である肉体を作り替え、活動に都合の良いようにしていく。自衛官の意思が塗りつぶされていく。偽りの思想を植え付けられ、死をも恐れぬ戦士となっていたはずの彼の思考に疑念が生じた。本当に自分は正しかったのか。神は共にいてくださるのか?そんなわけはない。これは神なんかじゃない。悪魔だ。自分は悪魔に操られていたのだ!

その事実を悟った時にはもう遅い。

―――たすけて……

救いを求める最後の思考が塗りつぶされ、彼の意識は消滅した。


  ◇


「おおおお!!」

東慎一のレーザーブレードは、ダンタリオンを切り裂いた。

手ごたえがない。即座に前へ転がる。一瞬先までいた場所を光り輝く魔法の矢マジック・ミサイルが通り過ぎて行く。振り返ればダンタリオンは離れた場所に立っていた。いくつもの人の顔を備えた奇怪な怪人だ。奴に向けて銃を向ける。引き金を引く。強烈な光弾が命中し、そしてふっ。と撃たれたはずのダンタリオンが消滅した。

「幻覚か」

「ふはははははは!!その通り!人を惑わす私の力にどこまで抗しうるかな!!」

ダンタリオンの声だけが聞こえてきた。飛んできた魔法の矢を連射モードの銃で撃ち落とす。

「ふん。その程度で勝ち誇るな」

東慎一は次なる補助サブのカードをベルトに挿入した。跳躍ジャンプが終了し、代わりの機能が発現する。

「見せてやる。本物の幻影イリュージョンというものを!」

メタルヒーローの姿が分裂した。幻影のカードの力により無数に分身したのだ。それは一気に散開すると、ただ一方向。誰もいない場所へと向かっていった。それぞれが違う構えで!

銃が放たれる。レーザーブレードが振り抜かれた。腕のクローが伸びる。何もいないはずの場所から突如、ダンタリオンが現れると無様にひっくり返る。何もないように見せかけた幻影の裏に隠れていたのである。

「ぬおおおおお!?」

東慎一の無数の攻撃はどれも幻影だ。ただ一つを除いて。そしてその一つを受ければダンタリオンは死ぬ!

命からがら、大きく転がったダンタリオンは跳躍。近くの塀の上へ飛び乗った。

対する東慎一の姿はひとつに収束していく。

九死に一生を得たダンタリオンは、引きつった無数の顔で叫んだ。

「何故だ……何故私の場所が分かった!」

「この野獣形態ランペイジフォームを舐めてもらっては困る。野獣の五感を前にすれば、お前の居場所などたちどころに見つけ出すぞ」

「くっ……!ならばこれはどうだ!!」

ダンタリオンが左腕を大きく振った。途端、戦場となった市街のそこかしこで異様な気配が膨れ上がる。いや、これは!?

東慎一が周囲に目を配ると、倒された自衛官たちが起き上がろうとしていた。それどころか、切断された腕や足が再生していく。まるでゾンビのように立ち上がる彼らの頭が内側から裂け、頭蓋骨のような外骨格へと変わっていく。

「何をした」

「ははははは!クズどもに最後の見せ場を用意してやった。私は地獄の36の軍団を率いる大公爵でもあるのだよ。彼らは軍団兵の依代となったのだ。

さあ。東慎一を殺せ!!」

たちまち殺到する地獄の軍団。その動きは先ほどまでの自衛官たちとは桁が違う。凄まじい俊敏さで掴みかかって来る。両手から伸ばした爪がメタルヒーローの装甲をひっかいた。大きく火花を散らし、装甲が傷つく。

「くっ!!」

再びカードを取り出した東慎一は、ベルトにそれを投入。生じたバリアーに焼かれて軍団兵が何体も弾き飛ばされる。その間に、形態転換フォームチェンジは終了していた。

基本形態。メタルヒーローのもっとも標準的な姿が、そこにいた。彼は腰の銃を抜くと、前方に構える。すでに補助サブカードは挿入済みだ。基本形態時に使用することで最大の威力を発揮する、必殺技デスブロウカードは。

銃が巨大に変形していく。複数のメカが虚空から現れて装着されていく。片手では支えきれず、両腕を用いる。この先は警察署の前を通る一直線の坂道だ。巻き添えが出る心配はない。そこに殺到してくる十数もの敵勢に対して、東慎一は情け容赦なく引き金を引く。

戦車砲を上回るエネルギーのビームが、照射された。

地獄の軍団が呑み込まれていく。消し飛んでいく彼らの様子を、メタルヒーローは冷徹に見つめていた。

やがてエネルギーの放出が終わる。役目を終えた銃が元の姿へと戻り、腰に差された。

圧倒的であった。

「なっ……!?」

あまりの威力にダンタリオンが後ずさる。これでは神々に匹敵する戦闘力ではないか!?

「それで終わりか?これなら山中竜太郎一人の方がよほど手強い」

メタルヒーローが一歩、前へ出た。もはやダンタリオンに勝ち目はない。あまりに実力が違い過ぎた。

だからだろうか。ダンタリオンがその手にした書物を剣と変え、突っ込んできたのは。

「おのれえええええ!!」

冷静に、東慎一はレーザーブレードを抜いた。相手の一撃を受け流す。カウンターで、腹を串刺しとする。

そのまま真っ二つにしようとしたところで、ダンタリオンは剣を捨てると両手でメタルヒーローの頭部を包み込んだ。

「!?」

「ははははは!!私もただでは死なんぞ!!お前も道連れだ!!」

両手から暴力的な思念が流れこんで来る。東慎一も引きはがそうとするがうまくいかない。意識が遠くなる。視界が真っ白になる。向こうに何かが見える―――

そして東慎一は、意識を喪失した。


  ◇


「―――ち。慎一くん。ねえ聞いてるの?」

そして東慎一は目を覚ました。目の前にあるのはハンドル。窓の外には青になった信号が見えた。思わず周囲を見回す。

自動車の中だった。後部座席に座っていたのは白いヘアバンドで髪を束ねた若い女と、そして5歳ほどの男の子だ。

妻子だった。

違和感を覚える。どうしてだろう。二人が元気なのは当たり前のはずなのに。

ぽかん。とした東慎一の様子を見て不審に思ったか、妻が前を指さした。

「ほら。慎一くん。前、青信号になってるよ?」

「あ―――ああ。すまない」

「しっかり安全確認してね。ボーっとしないで」

東慎一は言われた通りにする。すなわち左右を確認し、安全なのを確かめてからアクセルを踏んだのである。

ゆっくりと発進していく車。

「慎一君。ひょっとして調子悪い?運転かわろっか?」

「いや。大丈夫だ」

バックミラーで後部座席の様子を確認しながら、東慎一。そうだ。だんだん思い出して来た。今日は家族でドライヴに出かけたのだ。5歳になる息子と、妻とともに。

息子は今もお気に入りの変身ベルトをつけて遊んでいる。スーパーヒーローの玩具だ。もちろん玩具であり、現実には何の力もない。しかしそれは、息子にとってはまぎれもなくヒーローの証だった。

のんびりと田舎道を進んで行く。今日はどちらに行こう。山奥のあまり行ったことのない道に行くのはどうだろうか。それとも。

「山奥は駄目よ、慎一君。晩御飯までに帰れなくなっちゃう」

「そうか。じゃあ下の道を行こう」

道の分岐点はまだ先だ。別に今決める必要はない。

「平和だねー」

妻が、息子の相手をしてやりながら言う。

「平和か」

「ええ。だってそうじゃない。一家みんなでお出かけして。生活も不安なんてなくて。我が子がすくすく育って。こんな日がずっと続くの。これから何十年も先。私も慎一君もおじいちゃんとおばあちゃんになって。この子もおっきくなったら新しい生活を初めて。家族を作って。私たちがお墓に入る頃にはまた、孫がおっきくなってて。それがずっと続くの。素敵よね」

「……そうだな」

「あー。今ちょっと間があったでしょ。」

「そうか?すまない」

車は順調に進んでいる。もうすぐ分岐点だ。何ら問題はない。下の道を通って帰る。山にはいかない。それで平和な日々がやって来る。

「ねえ。慎一君」

「なんだい」

「平和なの、不満?」

その問いに、東慎一は少しだけ考え込んだ。

「そうだな。不満じゃない。いいことだと思う。何事もなければそれが一番だ。俺はそのことを誰よりも知っているつもりだ。いや、だった、だな。自分程度の奴なら吐いて捨てるほどたくさんいるということを思い知らされた」

「なあに、それ」

「友人が出来てな。同業者だ。そいつも俺と同じ。いや、それ以上に平和の大切さを知っていたように思う」

「ふうん。どんな人?」

「尊敬している。先輩としてな」

「そう」

会話が途切れた。まもなく分岐点だ。

ウィンカーを出す。右に曲がれば山奥に通じる道だ。

それに、妻が怪訝な顔をした。

「慎一くん?」

「平和が一番だ。それはよく知っている。けれどいつも一番を取れるわけじゃあない。二番で妥協しなきゃいけない時もある。終わってしまったことは取り返しがつかないからだ」

「待って。慎一君」

まだ赤信号だ。ここの交差点をまっすぐ行けば平和が手に入るだろう。東慎一が望んで、そして永久に失ったものが。

しかし現実は違う。これはもう起こってしまったことだ。取り返しがつかない。四年……いや、もう五年前。東慎一は、右折した。その先で遭遇した妖怪に襲われ、妻子を失ったのだから。

「ごめん。本当に、ごめん。けれど俺は自分を裏切ることはできない。自分を信じてくれた男の手を、あの時に握ってから。それにこれは夢だ。いつかは覚める。だから―――」

「そっか」

東慎一は、振り返った。五年も前に死んだはずの妻の幻覚は、当時のままの姿で笑顔を浮かべている。その隣では、よくわかっていなさそうな顔の息子も。

「慎一君はそっちを選ぶんだね。いいよ。じゃあ、私たちは天国で応援してる。だから頑張って。なるべくこっちに来るのは遅くていいよ。ね」

「ああ。そのつもりだ。だから……ありがとう。そしてさようならだ」

信号が変わる。東慎一はハンドルを切り、そして―――

目を覚ました。

世界が一変する。真昼間の車内は消え去り、死闘を繰り広げた警察署前の道路に、東慎一は戻っていた。

眼前にはレーザーブレードで貫かれた無数の顔を持つ怪人、ダンタリオン。時間はほとんど経っていないらしい。こいつが自分に過去の幻を見せていたのだろう。そしてその精神を夢の中に閉じ込め、幸せの中で殺そうとしていたのだろうか。

どうでもいい。今見えたものが事実だろうが夢だろうが、やるべきことは変わらない。

東慎一は、必殺技デスブロウカードをベルトに挿入した。ベルトの発するエネルギーが膨れ上がっていく。無尽蔵のエネルギーがレーザーブレードを通してダンタリオンの体内に流れ込んでいく。この体勢に入って助かる者は存在しない。耐えきれなくなるまでエネルギーをひたすら流し込み続ける超必殺技だからだ。

やがて、ダンタリオンの全身から電光が噴き出し始めた。潮時だ。レーザーブレードを引き抜く。一歩下がる。

「お……おのれ……東慎一……貴様に呪いあれ……円卓に栄光あれ……申し訳ありませぬ……アレス様ぁぁぁぁあああああああああ!!」

光の中、それだけをダンタリオンは呻くように吐き出し―――そして爆発する。

凄まじい破壊力だったが、それに飲み込まれた東慎一に傷一つない。自らが流し込んだエネルギーの暴発だ。耐えられるのは当然とも言えた。倒した敵に背を向け、レーザーブレードを収める。

ダンタリオンの最期だった。

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