第455話 無精ひげとコンバットスーツ
【神戸北署】
「―――車を用意しろ。大至急だ!あと、手の空いてる者は道路を封鎖しろ!!署にいる者は全員、銃を持たせろ!!
武装したテロリストが攻め込んで来るぞ!!」
署長が叫んだ。
警察官たちが硬直していたのはほんの一瞬。彼らになじみのある単語に置き換えられた命令は、反射で動くことを可能としたのである。
近くの地域警察官の無線をふんだくると、署長は同じ命令をやや簡略化して通達した。これで無線の届く限りのすべての警察官が事態を知るだろう。
にわかに慌ただしくなった北署の中で、署長は鼠に向き直った。
「車を出そう。警察官をつけられるだけつける。どうすればいいか指示してやって欲しい」
「あなたはどうするんですか」
「自衛隊を止める。一分一秒でも時間を稼がねば。
そうそう。最後に聞いておこうか。君の名前は?」
「雪です。三井寺雪。頼豪鼠の孫」
「生きていられたら覚えておこう。
おい、そこの君と君。車を回せ、自家用車がいい。奴らが追跡しにくいように。私服の者が付いていけ。何としてでもタコツボを守るんだ」
「了解です」
選ばれたのは沢田刑事と先輩刑事、居合わせた生活安全課の者がふたり。
彼らは自衛隊迎撃の指揮を執るべく踵を返した署長へ敬礼すると、即座に動き始めた。
沢田が叫ぶ。
「こいつを積むならバンがいる、キーは!?」
「取って来る、待っててください!」
素早く動く彼らを横目に、先輩刑事は鼠―――雪へ訊ねる。
「どこに逃げればいい?」
「海側は危ないです。大ダコが復活しかけている。また地震を起こされたり津波が来たらひとたまりもない。だから山道を、まず大阪まで行きます。梅田に」
「梅田?何があるんだ」
「魔女が住んでます。関西最大最強の妖怪のひとりで俺たちの仲間です。彼女ならタコツボを有効に使えるはず」
「魔女……そんなもんまでいるのか」
「ええ。2月に梅田でテロがあったでしょう。あれも円卓が魔女を暗殺しようとして起こしました。その力を恐れて」
「なんてこった……」
やがてキーを手に、生活安全課の警官が戻って来た。バンの後ろを開け、四人がかりで積み込むと大急ぎで皆が乗り込む。
警官が、敷地のゲートを開けた。さあ行くぞ!というときになって、銃声がぱんぱんと響き始める。それに対応するかのように、たたたたた!と立て続けの銃声。音量も密度も拳銃とは比較にならない。始まったのだ!!
バンが前進。ゲートの外側にある来客用の駐車スペースを通り抜け、停電で電灯も消えた街へ、バンが出ようとした。車道に差し掛かったところで。
「―――!?」
運転手を務めていた沢田刑事は即座に急ブレーキを踏むと、ギアをバックに入れる。後退したところで。
桁違いの轟音が響いた。ほぼ同時に、電柱が根元からへし折れる。
右から飛んできた、砲弾の威力であった。
「な―――なんだ、どうした!?」
「戦車だ!!戦車が狙ってる!!」
沢田の叫びに皆が絶句。雪が呆然と呟く。
「なんてことだ……まだ残ってたのか」
沢田刑事は悟っていた。敵は二手に分かれてやってきたに違いない。地震で道路が使えなくなったことも想定して。その一方、戦車を装備した側がこっちの退路を塞いだのだ。ひょっとしたらそちらの道路を警戒していたパトカーは通報する暇すらなくやられたのかもしれない。
もちろんただのバンで戦車に勝てるわけがない。駐車場内を戻る。ゲートを開けた警察官へ沢田が叫ぶ。
「閉じろ!!」
ゲートが閉じられた奥へ、車は戻る。
「自動車は無理だ。台車を用意しろ、こうなったら徒歩で運ぶんだ!!」
「そんな無茶な!?こんなデカいんですよ!」
沢田に生活安全課員は抗議した。実際問題として壺は二人がかりでないと持ち上がらないほどに大きい。
「戦車とやり合うよりゃマシだろ!急げ!!」
四人の人間と鼠一匹が車外へ飛び出す。鼠は沢田の肩の上からカッターシャツの胸ポケットへ入り込んだ。
外を見ると、上ってきた戦車は向かいの公園へと昇り、署に主砲を向けるところだった。
発砲。
強烈な破壊力が、署の二階を貫通する。破片がまき散らされた。どれほどの威力か。
「クソ、何とかしないと全滅するぞ」
沢田刑事らは、壺を持ち上げた。
◇
「くくく……ふはははは!いいぞ、奴らを早く排除するんだ!!」
ボロボロになった自衛官姿の男が、高機動車上から叫んだ。
彼の視界では数十名の自衛官と高機動車、装甲車、そして道の向こうでは戦車他数台の車両が警察署を攻撃している光景がよく見える。裏側に徒歩で回り込んでいる数隊と含めて、警察署の制圧はすぐに終わるだろう。
タコツボがもうすぐ我が手に入る。そう思うと、男の内から笑いが漏れてくる。
ダンタリオンだった。ビルの倒壊に巻き込まれた彼であったが、腐っても魔神である。生き延びたのだ。負傷したが問題ではない。まだ生きている。後はタコツボを奪取し残る要石を破壊するだけでいい。時間にだけは気を付けねばならないが。急がねば天乃静流と火伏次郎がやってくる。彼ら相手では自衛隊でも分が悪い。大丈夫。すぐに終わるだろう。自衛隊の火力に警官では太刀打ちできない。奴らは署の東側を何台もの車でバリケードを作って封鎖したが、こちらの車を止めることしかできていなかった。散開した自衛官たちの阻止をするにはあまりに足りない。バリケードの自動車もグレネードで破壊されていく。道を挟んで神戸北署の向かいの公園に止まった戦車は、主砲を署の二階に向けた。発砲。凄まじい破壊力で貫通する。旧式とはいえ戦車砲の前では警察署など砂礫の城に等しい。これだけで警察官が何人死んだか。
抵抗がおおむね沈静化してくるのを見たダンタリオンは、重火器の使用を停止させた。
「制圧しろ!!」
◇
駐車場は酷い有様になっていた。
まだ警察署の敷地内では各所で銃声が響いているが、それもやがては途絶えるだろう。建物に囲まれ、後ろは石垣の上となって守られている駐車場が最後の砦だ。建物の中は戦車砲で吹き飛ばされかねない。
負傷した者や、何人もの警察官の遺体が並べられ、もはや絶望的というより他はない。
自動車を並べたバリケードの内側に籠った警官たちの余命はあとわずかと思われた。
「クソ……もっと早くにお前さんを信じていれば」
沢田刑事が、胸ポケットの鼠に対していう。雪といったか。対する鼠は首を振った。
「いえ……ここまでしてもらって感謝しています。相手が強すぎた。俺の仲間もあいつらにやられたんです」
「自衛隊は操られてるんだろ?何とかならないのか」
雪は、悲しげに首を振った。
「無理でしょう。妖術を使って操っても、あんな大勢を統制を取ったまま命がけで戦わせるのは結構難しいんです。きっと時間をかけて洗脳したんでしょう。術はもうかかってないはず。刑事さん。悩んでる時、自分にだけ聞こえる神の声とかがあったらどうしますか」
「そいつに縋るようになるってか?カルトみたいなやつだな」
「みたいじゃありません。人間がカルトを作り上げるのとまったく同じです。妖術を織り交ぜてるだけで」
「なんてこった。じゃああいつらは自分の意思で攻め込んできてるってのか」
「騙されてますけどね。強固な信念を捻じ曲げるのは難しい。無理やり殺すなり捕らえるなりするしかありません」
それは、この場にいる誰も助からないということだ。退路は断たれた。壺を持って出ようにも周囲を取り囲まれている。路地にまで敵がいるのだ。断念せざるを得ない。
「ぎゃああ!」
悲鳴に、ふたりは署の裏口の方を見た。警察官が倒れた。通路から現れた自衛隊員が小銃を乱射してとどめを刺す。
沢田刑事はすぐさま撃った。警官たちもだ。しかし弾はそれほど余裕がない。相手は潤沢だろう。自動車の防壁としての機能はたいしてない。辛うじて頑強なエンジン部の裏が安全なだけだ。
「畜生!」
雪がポケットから飛び降りる。その影が伸びるのを、沢田刑事は目撃した。中から無数の光が盛り上がって来る。それは眼光。影が溢れ出してくる。決壊する!
影から、鼠が飛び出した。無数の影でできた鼠が。
それは地面を一直線に進むと、遮蔽に隠れた自衛官に襲い掛かる。
たちまち全身が覆い隠され、倒れる自衛官。
「すげえ……」
警察官たちが呆然とする間にも、鼠は増え続ける。それは本署内に突入しただけではなく、ゲートの外にまで広がろうとしていたからである。
しかしそれも焼け石に水だった。何故ならば、敵は再び戦車による砲撃を行ったから。
ゲートが吹き飛び、凄まじい爆圧で鼠の群れも一掃される。
「ああ……」
そのまま術を行使した鼠の雪は倒れた。今の攻撃でやられたのだ。
「おい。大丈夫か。おい」
「……なんとか……でももう術は……」
「くっ」
もはや絶望だった。吹き飛んだゲートの向こうから、戦車の主砲がこちらを向く。
―――諦めるな
声が、聞こえた気がした。顔を上げる。周囲を見回す。皆が戸惑う中。
まだ破壊を免れていた自動車のハッチバックが開き、その向こうから男が現れた。無精ひげを生やし、やつれた顔をした男が、何の脈絡もなく。
「え……?」
ハッチバックが閉じられる瞬間、そこに地下への通路が見えた気がしてぽかんとする。なんだ。あれは一体なんだ。どうしてあんなものが自動車の中に見えるのだ!?
疑問に答える者はいなかった。代わりに無精ひげの男は行動で示したのである。
警官たちを庇うように、敵勢へ向き直った無精ひげの男。彼が手を振り上げると、どこからか飛来してきたのは変身ヒーローの変身ベルトだ。いや、あれはその玩具?
素早く男がベルトを装着する様子が、背後からでもはっきりとわかった。そして男は、その言葉を告げたのである。
「変 身―――!!」
ほとんど同時に戦車砲が発射される中、無精ひげの男がまばゆい光に包まれた。周りを強力なパワーフィールドが覆い尽くす。いかなる攻撃もはじき返し、どころか攻撃者を焼く強力な防御場が発生したのはほんの一瞬。しかし、それで十分だった。戦車砲弾を食い止めるためには。
パワーフィールドにわずかにめり込み、そして爆発する砲弾。
「―――!?」
爆風が収まった時。そこに立っていたのはもはや無精ひげの男ではなかった。それは、鎧。全身にフィットした、ハイテクで構築されたメタルアーマーが出現していたのである。まるでヒーロー然とした姿に変じた無精ひげの男。
そこで沢田刑事は思い出した。去年、高校を襲った容疑で取り調べ、その後も何度も調書を取った相手だ。名前は確か―――東慎一。
「無事か」
沢田刑事は、助けが来たことを悟った。
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