第165話 暗殺

「やあ。無事だったか」

「おー。最後に顔合わせてからまだ数日も経ってへんのに、何年ぶりかと思うたわ」

再会を祝した竜太郎と静流は、手を打ち合わせた。

相撲神社の近く。まだ家が密集しているあたりでのこと。

竜太郎一行は静流と合流に成功したのである。能見一族からの余計な干渉もなかった。和平の使者を攻撃すれば今度こそお終いだという意識が働いたのかもしれない。

「そちらは?」

「昨夜の捕虜や。ほんまはもっとようけおったんやけどな。代表でこいつだけ連れとる」

「なるほどな」

竜太郎は得心した。サングラスをかけ、頭から帽子を深くかぶった白子アルビノの少女。ノドカよりやや幼いくらいか。刹那である。

「分かってるやろけど逃げんなよ?」

「言われなくとも理解している。ここで逃げてお父様の立場を悪くはしない」

「そういや宗主の孫言うとったな。じゃあお前お姫様か」

「そんなんじゃない!」

年相応のやり取りに竜太郎たちは苦笑。ここだけを見れば昨夜殺し合ったとはとても思えない。

「まあその辺にしとこうか。さっさと相撲神社に向かおう。藤森を助けないとな」

「賛成や」

一行は、目的地へと向かった。


  ◇


【奈良県桜井市 能見屋敷】


「開けろ」

能見重吾は、客室を前に命じた。廊下に控えていた見張りの者が、襖を開ける。

和室の中にいたのは外国の血が入っているらしい少女。やや肌の色が濃い。年のころは中学生くらいであろうか。

「お前か。玄馬が捕らえてきた娘というのは」

「あなたは誰?知らない人に"お前"呼ばわりされたくない」

「肝の太い娘だ。私は能見重吾。能見一族の長だ」

「あなたが……?」

眉をひそめた娘の前に腰かける。この相手は驚くほどに今の状況が理解できていないようだ。あるいは、逆かもしれないが。おびえる様子が全くない。

もちろん重吾は、この少女が天使の花嫁だったという事実を知らなかった。この少女が産んだ娘は、世界を滅ぼす力を秘めているのだということも。この少女が運命に立ち向かうことを選んだのも。

「お前に聞いておきたいことがいくつかある。秘伝書を奪った女のことだ。お前は奴と話したであろう」

「あなたたちが殺したけれど」

「―――当然だ!奴は我が一族を危機に陥れた。万死に値する!」

「でも、あの人のお父さんの墓を荒らしたのはあなたたちが先でしょう。なんでそんなひどいことをしたの?」

「……父だと?」

「あの人を作った人だから、お父さんでしょう。違うの?」

重吾は、娘の発言に唖然とした。まさか、式神を人間のように扱うとは。

「使鬼は人間ではない。道具に過ぎぬ。それも人の手で作り出された妖怪というのが正確なところだ。それを人間のように言うとは、娘よ。気は確かか」

「あなたたちよりはよっぽど」

「ふむ。我々が正気ではないと?」

「どんな悪事を働いても妖術で隠せるから感覚がマヒしているんでしょう?普通の人にはない力だもの。だから自分たちが全知全能になったように思い上がってる」

「小娘め……言わせておけば」

重吾は手を上げようとして思いとどまった。貴重な人質を傷つけるわけにはいかぬ。一族の存亡がかかっているのだ。

「……話を戻すとしよう。あの女の創造主の墓を、我々が荒らしただと?」

「四季さんはそう言ってた。あなたたちの一族は清岡玄弥の墓を荒らし、家に押し入って術の資料を奪っていったって」

「玄弥の術だと……」

心当たりが全くない発言に、重吾は戸惑う。確かに玄弥をかつて一族から追放し、一度帰還しようとした彼を拒否したのは重吾だ。しかしそれで終わった。一族と玄弥の縁はとっくに切れている。墓を荒らせと命じた記憶もない。

思案し、そして結論にたどり着く。重吾が命じたことでないならばそれをやったのは一人しか思い浮かばぬ。まさかそれが、今度の事件の発端となったのか。

確かめねば。

娘を放置し、重吾は部屋を後にした。


  ◇


「何?もう来たか。早いな。まあよい。部屋に通せ」

「はっ」

来客の知らせを聞いた玄馬は溜息をついた。正念場はここからだ。無事に交渉を終え、秘伝書を取り戻さなければならない。

立ち上がろうとしたところで、襖が開いた。

入ってきたのは重吾。

「これは父上。聞かれましたか。使者が到着しました」

「それは少しばかり待たせておけ。

それより玄馬。尋ねたいことがある」

「なんでしょうか」

「なぜ、玄弥の墓を荒らし、家にあったという術の資料を奪った?」

「―――!なんのことですかな。今はそのようなことを話している時では……」

「そのようなこと、ではない。此度の事態を引き起こしたのも玄弥の使鬼ではないか。そのきっかけを作ったのはお前ではないのか」

「……父上には隠し事はできませんな。その通り。私が手勢を率いて行いました」

「なぜだ!何故追放者の術を奪った?まさか、使鬼の術を行うつもりであったか」

「……」

「玄馬よ。今は秘伝書が先だが、それが済んだら覚悟しておくがいい」

踵を返した重吾の背を見、室内を見回した玄馬はほんの一瞬だけ思案。大丈夫。ここにいるのは玄馬の子飼いの者たち。玄弥の件にも関わった者ばかりだ。彼らに目配せする。それで通じた。襖が閉じられる。

「?何のつもりだ」

重吾の背に忍び寄る。構える。気を練る。

「父上―――」

振り返った重吾。その身体へ、渾身の一撃を

初老の人体は耐えられなかった。神代の相撲を行う玄馬の剛力に圧迫され、あっさりとへしゃげたのである。

どう。と倒れる重吾。

「……な、何故だ。こんなことをして、無事で済むと思うか……」

「ええ。ですから、罪は客人たちに被ってもらうとします。交渉の席で彼らの狼藉により父上は死んだと一族には説明しましょう。もちろん、客人たちも皆殺しです。困難だが不可能ではない。あなたの頑迷な考えを変えるのと比較すれば」

「愚かな……そんなことをして、比良山の天狗が黙っていると思うか……」

「黙らざるを得ないでしょう。うちの地下にいる化け物どもを解き放つ、と脅せばいいのです。爆弾代わりです。厄介者の奴らも、こういう時には役に立つ。奴らが解き放たれれば何百、何千という人間が殺されるでしょうな。比良山の大天狗は人界の守護者でもある。それを看過することはできない。一族は安泰というわけです。

そうして、我らは兄上の遺産によって復興する。

父上が悪いのですよ。十数年前、兄上の帰還を認めればこのような事態にはならなかった。一族がここまで衰退することも、私が兄上の遺産を奪う必要もなかった。私は兄上のことが嫌いではなかった。ですがあなたは違った。一族も。術の才能がなかった兄上を皆が無能者呼ばわりして苛め抜き、ついには追放した。そんな目に遭いながらも帰ってきたあの方を、父上はどう扱いましたか。だから私はあなたの為さりようを否定するのです」

「ぅ……」

「さて。万が一助かられても面倒だ。とどめを刺しておきましょう。

おさらばです、父上」

玄馬の手が、重吾の頭に伸びる。

そうして、重吾の肉体は生命活動を停止した。

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