第155話 新たな居場所

【神戸市内 コインランドリー前】


「なんだこりゃあ」

火伏がコインランドリーの前にたどり着いたとき、すでに事態は大きく進んでいた。水浸しになった店の前には大きく何かが激突し、凹んだ自動車の姿。店内から何かが吹っ飛ばされてきたのだろうが、ぶつかったものは見当たらない。

店内に視線を移した火伏は、奥の洗濯機でまずいものを発見した。中に人間を入れたままぐるぐると洗濯を始めている大型洗濯機である。

閉じたガラス戸を開いて侵入しようとした彼は、この時点で失敗を余儀なくされた。開かない。

力を込める。駄目だ。やはり開かない。周囲を見回す。街中だ。深夜とはいえ人が来るかもしれない。人払いをかけた火伏は、正体を現した。翼を生やした鳥相の修験者。すなわち烏天狗の姿を。

怪力で扉をこじ開ける。中に突入した彼は、叫んだ。

「やめろ。その人たちをどうする気だ!」

果たして、洗濯機に話は通じるのか。一瞬の間を経て、相手は返事を返す。

「や、ヤメな、イ……こ、コイツ、ラ、コロ、す……

こいツ、ラ、は、ワタシ、を、オソッタ……ナカマ、コワサレタ……」

火伏は店内を見回した。破壊された両替機。びしょ濡れの麻袋。転がっているバール。それらから、何が起きたかは想像がついた。コインランドリーをターゲットとした強盗犯なのだろう。

「襲われたのか」

「そ、ソウ、ダ……。コレ、ガ、はじめテでは、ない………

まエニ、いた、バショでモ、コイツ、ラ、ミタイ、なヤツラ、が、キタ……ナンドも、なんどモ……ダ……

オソワレる、たび、ワタシはイバショ、ヲ、おわれ、タ……

ミセ、つぶれ、タリ、おーなー、ガ、ナイテ、いる……

ダカラ、ワタシ、は、フクシュウ、して、ヤルのだ……」

「気持ちは分かる。復讐してやりたいと思うのは当然だ。だが殺すのはやりすぎだぞ!」

「だめ、ダ……コイツ、ら、わたし、ガ、ヘラさない、ト、ヘラナイ……ナカマ、コワサ、れ、ツヅケ、る……

センたく、デキなくて、ミンナ、こまル……」

「くそっ」

今の短い会話で、この洗濯機が邪悪な妖怪ではないことを火伏は悟っていた。ただ純粋に、自分や仲間の洗濯機、コインランドリーの存在を脅かす者たちを排除したいと願っているだけなのだ、こいつは。

しかし一方で、こいつを野放しにするわけにはいかない。こんな調子で人間を殺そうとしていては早晩、妖怪の存在は人類に露見するだろう。それを許すことはできないのだ。

「どうしてもやめないなら―——こうだ!」

火伏は火球をと、それを火柱として洗濯機に投げつけた。

対する洗濯機がとったのは、防御行動。扉を開くと、中から水流を噴出させたのである。空中でぶつかり合う二つの妖術は、両者の中間で消滅していた。

術の激突では互角。しかし洗濯機は水流を吐き出すために二人の人間をも開放することとなった。洗濯機は全自動タイプであり、水を吐き出すためには洗濯物ごととならざるを得ないからである。

生じた隙にとどめを刺すべく、火伏はもう一回術の構えを取った。対する洗濯機は扉を閉め、中に水を貯め始めている。どちらが早いかは一目瞭然だった。

勝利を確信した火伏の火炎が投げつけられようとした瞬間。洗濯機は、体内に蓄えたもう一つの武器を吐き出した。

それは小銭。過去に投入され、蓄積されていた硬貨を高速で、立て続けに射出したのである。お釣りの返却口から。

それは衝撃波を伴って飛翔すると、火柱と激突。炎を吹き消しながら火伏の肉体に命中し、その身を吹っ飛ばしたのである。

店内の壁にぶつかり止まる火伏。

「ぐっ……!」

跪く。洗濯機は思ったよりかなり強い。どうやって倒すべきか。方法が思い浮かばない。それとも一度撤退するしかないのか?

そこまで思考した段階で、彼はぱちぱちとショートしている両替機の残骸に気が付いた。店中の床を水浸しとしている水流の名残も。それは洗濯機にまで続いている。導電路が繋がっているのだ。

これしかない。

「桑原、桑原」

を唱えながら残骸のコードを掴んだ火伏は、火花の散る先端を床の水に押し付ける。

次の瞬間、閃光が走った。

「ぎ ぎ ぎ ギ ィ や ア あ ア ア ア ! ?」

洗濯機が悲鳴を上げる。高圧電流が水を通してそこまで流れた証拠であった。

対する火伏は、術の力で無事である。

やがて悲鳴が途絶えた。火伏は慎重にコードを片付けると立ち上がる。

床に転がった二人組も電流をまともに喰らったのだろう。ダメージはあったが、まだ生きている。急いで手当すれば助かるだろう。

そして洗濯機。

「む……ムネン……」

その一言を最後に、妖怪化したこの機械は沈黙する。

敵を倒した火伏は、この後始末をどうつけるか思案し始めた。


  ◇


【神戸市内 病室】


>>『裏は取れました。彼の言っていたという内容は事実だと思います』

「分かった。ありがとう」

タブレットの相手へ、ベッドの火伏は礼を言った。話しているのは真理だ。彼女にはあの洗濯機に関する記録を調べてもらったのだ。

結果はすぐに出た。中古市場で例の洗濯機は何度もやり取りされていたのである。かなり年代物で、結構な期間稼働してきたようだ。利用者たちや歴代の所有者の想いで妖怪化したのだろう。過去、彼のいたコインランドリーは何度も倒産を余儀なくされていた。その多くが強盗を原因としている。無人で24時間営業な上に多額の現金があるコインランドリーはターゲットとして魅力的である。深夜に押し入ってきた強盗たちが金を奪って逃走する事件が後を絶たないのだ。

>>『なかなかエグいですよ。両替機が壊されたら機械だけで300万円もしますし。洗濯機だって似たようなもんです』

「そいつはえげつないな……」

>>『首をくくったオーナーもいるみたいです。そんな目に遭えば、復讐してやりたいと思っても無理はないでしょうね』

「確かにな」

>>『それじゃあそろそろ行きます。後始末が残ってますんで』

「すまんな。こんな深夜に」

>>『火伏さんこそ無茶しないでくださいね。病み上がりなんだから』

そうして真理は去っていった。コミュニティも片付けで大忙しに違いない。まあ、全部あの二人組のせいにしてしまうのだろうが。何しろ奴らは本当に強盗に入ったのだから完全に自業自得である。

タブレットを片付けた火伏は、布団を頭からかぶった。


  ◇


【兵庫県神戸市中央区 旧居留地東洋海事ビルヂング】


洗濯機は、ゆっくりと目を開けた。

ここはどこだろう。見覚えのない部屋。何台もの古い洗濯機が並んでいる。また新しい居場所に運ばれたのだろうか。

しばしボーっとしていた彼は、やがて何があったかを思い出していた。そうだ。あの鳥のような姿の男にやられたのだ。それがどうしてこんなところに。

そう思っていた矢先、部屋の入口が開いた。

「せんたくきさんだー」

それは数日前に見た記憶のある女の子。彼女の後ろには姉だろうか。まだ中学生くらいの女の子も続いている。

「こらこらミナ。走っちゃだめ」

「はーい」

そう答えながらも駆け寄ってきた女の子は、洗濯機を見上げると首を傾げた。

「ぐるぐるじゃない?」

「そうだね。今は何も洗ってないのかな」

「そっかー」

「さ。洗濯機さんも休んでるから、邪魔しないようにね」

「はーい。洗濯機さん、ばいばーい」

そうして女の子たちは去っていく。

続いて入ってきたのは、籠を抱えた男である。気配からして料理人だろうか。

彼は籠の中身の洗濯ものを洗濯機に入れると、スイッチを入れた。

洗濯機は、我知らず役目を果たし始める。水を貯め込む。洗剤と柔軟剤を投入。洗濯を開始したのだ。

そして男が去っていったとき、洗濯機にとってこれまでの経緯などどうでもよくなっていた。彼の役目は、洗濯物を綺麗にすることだったから。

洗濯機は、新たな居場所を見つけたのだ。

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