間章 コインランドリーにて
第154話 逆襲のコインランドリー
【神戸市中央区 コインランドリー】
酷く不愉快な轟音だった。
バールによって機械が破壊されていく音は、聞く者を不安にさせる。それを為しているのは二人組の男だった。帽子を被りサングラスとマスクで顔を隠した黒っぽい服装の彼らが熱中しているのは、両替機の破壊。
大型の洗濯機が十数台も並ぶコインランドリーは無人で24時間営業のところが多い。深夜の、人のいないタイミングを狙った犯罪であった。防犯カメラはすでに明後日の方向へと向けられ、防犯装置のコードは切断されている。警察が来るまで時間がかかる。
その様子を、店の奥で見ている者がいた。二人組は気付いていない。もしその存在に気付かれれば無事では済まないに違いない。彼は隠れ場所で震えながら、ただ、事態を見つめていた。
ところが、犯罪者たちは奥に移動を始めたではないか。両替機の金を奪うだけでは飽き足らず、洗濯機の中にある金銭をも狙い始めたのである。
一台。二台と破壊され、彼の隠れ場所にまで近づいてきたところでようやく、二人組は手を止めた。そのまま店を出ていく。
彼は、生き延びたことを悟った後も恐怖で震えていた。無理もない。店内には同僚たちの亡骸がいくつも横たわっていたのだから。
店の奥に設置された洗濯機は、犯罪者に対する怒りと憎悪を覚えていた。
◇
【神戸市内 病院】
『入院生活もいい加減慣れたかい?』
「慣れたというか……いい加減に飽きてきたな」
火伏は、通話相手の言に苦笑した。
市内の病院でのことである。
至近距離からショットガンで3発も撃たれてからすでにかなり経過している。常人なら間違いなく死んでいただろうが火伏は歳経た烏天狗だ。そうそう死にはしないものの、入院期間がえらい長いことかかった。それももうすぐ終わりだが。あまりに驚異的な生命力は医者も驚いていた。
『分かるよ。おれも最初の一週間はおとなしく寝てたんだが、やることがないと暇でね。映画も見に行けやしない。手足がようやく生えそろったのが先週だ。真っ先に映画を見に出かけたね』
「だろうな」
通話相手は芝右衛門。彼もマステマに四肢の内三本をもぎ取られ、生え変わるまで淡路の自宅で長いこと休養していたのである。近隣のコミュニティの長老が次々と重傷を負ったここ最近は異常だと言っていい。火伏らが復帰することで、ようやく阪神間から東播磨地区までの平和と安定は元通りになるだろう。
『退院したらパーティやろうぜ。復帰祝いだ』
「いいね。たまにはそういうのも悪くない。病院の飯は何というかあっさりしてるからな」
『妖怪が節制してもしゃーねえからなあ。
じゃ、そろそろ切るぞ』
「ああ。またな」
そうして通話は終わる。火伏はよっこいしょ。と身を起こした。そろそろまた洗濯物を出さねばならない。入院当初の生死の境をさまよっていた頃はパジャマや入院着、タオル等はレンタルサービスを利用していたが、回復してからは医者の許可をもらって近くのコインランドリーを使うようになってきた。
そうして出かけようとした段階で、病室に見舞い客だった。
「火伏さん、こんにちは」
「ノドカか。久しぶりだ」
来客は見知った顔がふたつ。ノドカと静流である。加えて、小さい女の子がついてきていた。
「そっちはミナか。大きくなったなあ」
「?」
よくわからないという顔をした女の子は4歳くらいに見える。前に見た時はまだ赤ん坊だったから随分と成長した。驚くべき速度である。
「来てくれてありがたいよ。退屈で死にそうでな」
「しんじゃう?」
「そうだぞミナ。人間は退屈だと死んじゃうんだ」
「たいへん」
ほんの数か月前、命を賭して救った子がこうして自分を見上げているのを、火伏は誇らしく思った。やはり自分たちの選択は誤りではなかったのだ。
「さ。みんなゆっくりしていってくれ。何もないところだがな」
◇
【コインランドリー前】
「ままー。ぐるぐる。ぐるぐる」
ミナは、コインランドリーの入口のガラス戸にはりついていた。
この四歳児くらいに見える女の子の視線は、奥で稼働中の洗濯機に釘付けだ。中で洗濯物が回転しているのが大好きらしい。
「そうね。ぐるぐるね」
「ぐるぐる。ぐるぐる」
ノドカは、近くに聳え立つ大きな病院を見上げた。あそこに火伏が入院しているのだった。一緒に来た静流は道の反対側の自販機で飲み物を買っている。すぐこっちに来るだろう。
「ぐるぐる。ぐるぐる」
ちょっと目を離した隙にミナは扉を開き、コインランドリーに飛び込んでいった。ノドカの手を振りほどいて。この娘はほんの数か月で随分と力が強くなった。油断するとすぐに振り払われてしまう。追いかける。中は行き止まりだから大丈夫だろう。
ミナは、クリーム色をした大きな洗濯機を見上げていた。
ガラスの丸い扉の中では洗濯物がぐるんぐるんと回っている。
「せんたく?」
「そう。洗濯してるのよ」
「すごーい」
扉に手をかけるミナ。開けようというのだろうか。もちろんロックがかかっているから洗濯中に開くことはない。
「こーら。ミナ。洗濯の邪魔しちゃダメでしょ」
「だめ?」
「そう。洗濯機さんの邪魔になっちゃうから。ね?」
「はあい」
「ほら。洗濯機さんにばいばいしよっか」
ノドカはミナの手を引くと、洗濯機に背を向ける。
その瞬間。洗濯機のガラスの扉がまばたき。目を見開くと、じろりとミナを見下ろした。
それに対して、ミナは手を振る。
「せんたくきさん、ばいばーい」
洗濯機は、目をぱちくりさせると視線を幾分柔らかくした。
ミナとノドカが静流と合流し、バスに乗って帰っていくまで洗濯機はそれを見送っていた。
◇
「あ。忘れてたか」
火伏は洗濯に行く機会を逸したことに気が付いた。ノドカ達がやってきたから話し込んでいたためだ。今日はもう消灯時間が近づきつつある。仕方ない。明日行くことにする。
おとなしく病室のベッドに潜り込んだ彼は、ふと奇妙な気配を感じた。外からである。
慎重に気配を探ると、さほど遠くない地点から強い妖気が一つ。知り合いの妖怪が見舞いに来るにしては時間がおかしいし、そもそもかなり興奮しているようだ。
「ふむ」
靴下を履く。靴を取り出す。ベッドに欺瞞の術をかける。これで一夜くらいは抜け出しても隠し通せる。
火伏は、こっそりと病室を抜け出した。
◇
いかにも怪しげな二人組だった。
目出し帽に黒っぽい服装をした彼らは、コインランドリーの前に自動車を止めると素早く降りた。通行人もいない深夜である。彼らは素早く店内に侵入。警報装置を切り、カメラの向きを変える。手慣れた者だった。
そうして、用意していたバールで手早く両替機を破壊する。中から零れ落ちる大量の貨幣やお札を麻袋に移し替えた彼らは店内を一瞥。何故か一台の洗濯機に惹かれた彼らは顔を見合わせ、頷き合うと奥に向かう。
そうして、バールを振り上げる二人組。もちろん狙いは洗濯機である。
一撃が加えられようとした瞬間、洗濯機の扉が目を見開いた。
「―――!?」
あまりに異様な光景に後ずさるふたり。そんな彼らに対して目を閉じた洗濯機は、今度は扉を開いたのである。
そうして次の瞬間、膨大な水流が噴き出した。
「ぎゃあああああああああ!?」
押し流された二人組は外に止めた自動車にまで激突。小さくないダメージを追う。
攻撃はそれで終わらなかった。今度は、洗濯機が吐き出した水流を飲み込み始めたのである。まるで時計を逆回しにするように、重力を無視して水が吸い込まれていくのだ。二人組もろともに。
たちまちのうちに二人組を飲み込んだ洗濯機の扉がバタンと閉じる。かと思えば、二人組を閉じ込めたまま洗濯が開始されたではないか。
悪党の洗濯が始まった。
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