第153話 素晴らしい一日
「しかし酷い目に遭った」
「毎回言ってませんか、竜太郎さん」
「言われてみればそうだな」
平和が戻った隠れ里の農地で、竜太郎と雛子はぐったりしていた。
縛り上げられ、一列に並べられているのは捕虜となった妖怪ハンターのグループ。緒方をリーダーとした一団である。死人は出ていない。何人かネズミにかじられて半殺しになっているが、状況から考えると許容範囲内だろう。彼らは武装し、こちらを襲ったのだから。妖怪側に死者がいないのは幸運だった。
里の妖怪たちは、捕虜たちに対して厳しい目を向けている。コミュニティの方から応援に来た妖怪たちも何人かいた。武装を解いたマリアもいる。彼女が真っ先に来てくれて助かった。おかげで一人も逃がさず捕らえることができた。
「いやはや。まさかミナが脱走するとはなあ。小さい子供はやっぱり油断がならないな」
「すみません……」
「雛子ちゃんの失敗じゃないよ。僕たち全員の失敗だ」
竜太郎がおとなしくハンターたちに降伏したのは、時間を稼げば雛子たち全員が離脱するのはさほど難しくないと思っていたためだった。そうでなければ山林を舞台にもっと大暴れしていたところだ。もっとも、物事はそうそううまくは運ばなかったわけだが。
事態がえらいことになった原因のミナは、今は少し離れた芋畑にノドカ達とともにいる。今度こそ大きな芋を掘っていることだろう。
「ところで、あの人たちどうします?警察に突き出すわけにもいかないですし」
「そうだなあ。東慎一の時のようにはいかないしな」
あの時は学校が襲われたので警察に突き出して解決したが、今度はそういうわけにはいかない。襲われたのは地図上に存在しない隠れ里であり、被害者の半数は妖怪なのだから。
「オーナーを呼んできて、今回の記憶を全部消すとかになりそうかな。あ、でも全部忘れると同じことを繰り返すか……」
「釈然としませんね」
「しょうがない。もし死者が出ていてたら、たとえ私刑にまで発展しても僕には止められなかったろうが。今回は未遂だ」
「ひょっとしてあの男、そのために半殺しにしたんですか。報復を予防するために」
「まあそれはある。結果的に不要だったと思うけどね。他の連中の悲惨な姿を見れば」
捕虜たちは手当てを受けた後だが、リーダーの猟師と槍使いの女以外は悲惨な姿である。竜太郎を監視していた男はボコボコに殴り倒されて顔が原型を留めないほど変形しているし、他二名とドーベルマンは全身をネズミに齧られてズタボロだ。あれならもう悪さはできまい。その悲惨さに、被害者の三吉をはじめとする妖怪たちも毒気を抜かれたようだった。
「マリアさんが来てくれて助かったよ。いくら怒り心頭と言ったって、彼女の見てる前で報復のためにあの女を辱めたりはしないだろうからな」
「あー。私だと見えないから心理的ハードル下がりますもんね……」
「そういうこと。彼らは生きて帰ることができるだろう」
そして、竜太郎はよっこいしょと立ち上がった。
「彼らには自分たちが何をしたのか、はっきり直視してもらうとしよう」
◇
畑中は恐怖で震えていた。妖怪の捕虜になったのだから当然だろう。どう考えてもまともな扱いを受けるとは思えない。
破滅しか待っていない未来について暗くなっていた彼女は、ふと差した影に顔を上げた。
山中竜太郎であった。
「やあ」
「……」
「なんだ。さっきの元気はもうないか。無理もない。僕の助手と生徒たちにコテンパンにされたようだからね」
「助手……?生徒?」
疑問符を浮かべた畑中へ、山中竜太郎は笑いかけた。
「紹介するよ。僕の助手の雛子ちゃん」
「―――小宮山雛子です」
何もいない虚空から女の子の声がして、畑中は心臓が止まるほど驚いた。さっきの幽霊だ!
「貴方は何者なの。幽霊を助手にしているだなんて」
「僕か。そうだな。強いて言うなら君たちの同業者だよ」
「同業者?」
「妖怪ハンター」
「!?それがなぜ私たちを?」
「彼らの土地に不当に侵入してきたのは君たちだろう。妖怪は人間と敵対的とは限らない。友好的な者もたくさんいる。この里のひとたちとかね」
「ひと……?化け物が?」
「そうか。君たちは化け物としての妖怪としか遭遇したことがないんだな。まあ無理もない。普通の人間に見つけられるような妖怪はまだ生まれたばかりで人間の恐ろしさを理解できないか、そもそも知性を持たないか。あるいは判っていてなお、危険を犯すか。だいたいその3パターンに分類できる。本当に危険な妖怪を見つけるには、妖怪の協力を得るしか無い」
「……」
「僕は原子力潜水艦を単独で制圧する能力を持った妖怪と出会ったことがある。とんでもなく強かったよ。僕と仲間を異空間に引きずり込んだ上で130メートルはある巨大怪獣をけしかけて来たんだからな。だが、何より恐ろしいのはその知的能力だった。彼らは決して表に出てこない。何しろそいつに制圧された原子力潜水艦の乗員は、船を乗っ取られた事に最後まで気付かなかったんだから。核ミサイルが発射される寸前だったというのに」
「そんな……」
畑中は顔面蒼白となった。この世界の安定が薄氷の上だと悟ったからである。今まで自分たちの相手にしていた妖怪が、小物ばかりだったという事実も衝撃を大きくしていた。
「幸いなことに、ほとんどの妖怪は敵対的な者も含めて人類との対決を望まない。人類との衝突を望まないから、正体を現すことも滅多にない。また、人間に対して中立的あるいは友好的な者も決して少なくない。ここのひとたちのようにね。彼らの協力のおかげで、人類の安定は保たれていると言っていい」
「友好的?ここの妖怪が?人を襲ったのに?」
「君たちだって家に不審者が出たら追い払うだろう。それと同じだ。結界を破ってこの里に侵入し、池にブルーギルを放流しようとした不埒者を河童の三吉が脅かした。それに驚いた不埒者は勝手に転んで骨を折った挙句頭を打って気絶したんだよ。そこの晴彦といったかな。そいつのことだ」
「そんな……聞いてないわ。彼が釣りのために伝説の池を探したのは聞いたけれど。彼は河童に襲われて殺されかけたって」
「とんでもない。三吉たちは彼を助けようとした。救急車まで呼んだんだよ。やれることは全部やったと思うね。だが、その返礼がこれだ。
僕たちが運よく居合わせたからいいが、そうでなかったら何人死んでいたか。君に槍で切り刻まれた天乃だって一歩間違えれば危なかった。彼は人間だからな」
「待って。彼は本当に、人間なの……?傷が一瞬で再生してたのに?」
「ああ。彼の師は
「……」
畑中は黙り込んだ。自分が殺しかけたのが、紛うことなき人間だったと知ったからである。
ショックを受けたのは彼女だけではない。隣で縛られ、話を聞いていた緒方も同様に衝撃を受けていたのだった。
「俺は……子供の頭を撃ったのか」
「そうだ。そして、人類の友である妖怪たちも殺しかけた。罪を償ってもらう。それがどういう形になるかはまだ分からないが」
緒方はうなだれた。事実に打ちのめされて。
告げねばならないことを伝え終えた竜太郎は、雛子と共にその場を去っていく。
後に残された畑中たち捕虜は、その背を呆然と見送っていた。
「あの人は……一体」
畑中の呟きに答えたのは、近くで捕虜を見張っていたうちのひとり。マリアである。
「彼は山中竜太郎。関西最強の妖怪ハンターよ」
「関西、最強……」
今の自分では手の届かない存在を、畑中は眩しそうに見つめていた。
◇
「ままー!ほれたー!!」
「そう。頑張ったね、ミナ」
「がんばった!ミナ、がんばった!!」
今までになく巨大な芋を掘り出したミナは誇らしげだった。お母さんも褒めてくれてとっても嬉しい。雪や静流は畑の外に座り込んでいる。疲れているらしい。だらしない。ミナが一番元気なのだ。
「みんなのぶんも、ほるー!」
「そうか。元気でよろしい」
「りゅうたろ!りゅうたろ!」
遠くで話し込んでいた竜太郎がやってきて、ミナは大喜びした。竜太郎は大好きだ。いろんなことを教えてくれる。今日もお芋掘りにつれてきてくれた。
大きな手が、ゆっくりとミナを撫でる。
「いい子だ。これからもいい子でいられるかい?」
「いい子!ミナ、ずっといい子!」
「素晴らしい。その調子で頑張っておいで」
「うん!」
そうして、ミナは畑に戻った。みんなにもお土産を持って帰るのだ。きっと大喜びするに違いない。
芋掘りを再開しようとしたところで、お母さんがしゃがんだ。こちらの顔についた土を落としてくれる。
「……まま?」
「うん。無事でよかった。ほんとに」
「よかった!ミナ、えらい?」
「ええ。とってもえらいわ。ちゃんとこうして戻ってきたもの」
「えらい!えらい!!」
「さ。お芋を掘ったらお昼にしましょう。お弁当をみんなで食べるの」
「おべんと!おべんとたべる!」
大喜びするミナ。
こうして、ミナにとっての今日は素晴らしい一日で終わった。
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