第148話 ライフル銃と投石器
「―――銃声?」
竜太郎は腰を落とし、周囲を警戒した。周りにもジェスチャーで姿勢を低くすることを伝える。人里近くの山林がすぐそこだから人間の撃った銃の音が聞こえてもおかしくはないが、まだ猟期では無いはず。それとも有害鳥獣の駆除だろうか?
などと考えている間に、森から飛び出してきた者に対して身構える。投石紐を準備。ポケットから石ころを取り出す。あの緑の人型生物は河童か?
そこで、隣にいた田守氏は怪訝な顔をする。
「おやまあ三吉やないか。どないしたんやろ」
「お知り合いですか」
「お隣さんですわ」
この時点で河童が警戒対象から外れる。田守氏は身を乗り出すと、手を振って叫んだ。
「おおい三吉!どないしたん!!」
河童の三吉は問いかけに答える余力がないようだった。必死の形相である。
そこに二度目の銃声が響き、三吉がつんのめった時点で竜太郎は事態を把握した。火器で武装した何者かがあの河童を攻撃している!!
子供たちを逃がさなければ。
「銃で武装した敵だ。雛子ちゃん!藤森たちを連れて森に避難するんだ!」
「竜太郎さんはどうするんですか」
「僕は彼を助ける。さあ。みんな行くんだ。
田守さんも」
田守氏にも避難を促し、竜太郎は農道と畑の高低差を遮蔽とした。振り返って避難を確認する。ノドカとミナ、雪が頭を下げながら森へと駆けこんで行く。田守氏や、近くで作業していた他の妖怪たちも。雛子が彼らを守るだろう。例外は静流だけである。
彼は、竜太郎の横で身を低くした。
「天乃。君も下がれ」
「俺は銃は大丈夫や。一人は危ないて」
「分かった。無茶するなよ。ひとまず石を集めてくれ。弾が足りない」
戦闘を想定していなかったからポケットの石弾は心許ない。貴重な一発を投石紐に装填する。投射前に顔を出し、三吉に向けて竜太郎は叫んだ。
「援護します、そのままこっちに走って!」
通じたことを祈り、頭上で一回転させてから弾丸を投じる。
石の弾丸は河童の真横を通り抜け、農道の向こうの樹木に命中。太い枝をえぐり、めきめき。とへし折った。威嚇射撃である。
「うわあ。改めて見ると威力エグいな……」
「敵もビビってくれるといいんだが」
古代の熟練した投石兵が投げる石弾は、甲冑を貫通して内臓に致命傷を与えたという。竜太郎の石弾もなまかな拳銃より威力は上だ。妖怪にも通用するほどなのだから。
しかし竜太郎の祈りもむなしく、再び銃声が響いた。それは疾走していた河童に命中すると、彼を転倒させる威力を発揮した。やられたのは足か。
「クソ。天乃、彼を引っ張ってこれるか」
「任せい」
静流が飛び出し、河童の三吉までたどり着いた。その間に竜太郎は再び投石。今度は正確な敵目がけてだ。今の発砲で彼は火点を発見したのだった。
攻撃は功を奏したか、敵の射撃がいったん止む。その隙に静流は、農道のこちら側まで三吉を引っ張ってくることに成功した。
「どうだ」
「分からんけど、泡ふいて気絶してるわ」
「分かった。天乃。君はそのひとを連れてみんなのところまで下がれ。たまり場まで電話するんだ。ここは僕が食い止める」
「それ死亡フラグやで」
「分かってるが、わざわざ縁起の悪いことは言わなくてよろしい」
「一応気にしとったんやな……気いつけて」
三吉を担ぎ、身を低くして逃げていく静流。彼を見送った竜太郎は改めて敵に向き直った。静流が集めた弾丸をありったけポケットに詰める。射撃する。移動して射撃地点を変える。背の高い作物が植わった場所で身をかがめながら、敵の正体について推察する。
相手の得物は恐らくライフル銃。猟師だとするなら猟銃を所持して十年以上のベテランでなければ許可は下りない。厄介だ。有効射程は物によっては三百メートル。到達距離は二キロ近い。投石紐の射程はどんなに頑張っても四百メートルだから圧倒的に不利だ。更に威力は抜群で、ただの人間に過ぎない竜太郎が喰らえば生命に関わる。
守るべきものが身一つならば即座に撤退を選ぶところだったが、今はできる限り時間を稼がねばならない。
敵の射撃が近くの作物を吹っ飛ばした。反撃する。移動する。やはり手練れだ。奴は一人だろうか?仲間がいるかもしれない。奴が有能であれば、あそこからこちらの側面まで続いている森を使って仲間を接近させるだろう。雛子たちが逃げ込んだのもその奥だ。わずかな気配を感じ取る。ポケットの石を取ろうとして、傷んだ芋の塊が出て来たのに苦笑。持ち替える暇はない。先ほどミナがしくじった奴だ。「あげる!」と渡されたそれを装填し、森目がけて投げつける。
「ぶべっ!?」
よほど変な当たり方をしたか、直撃を喰らった相手は奇怪な悲鳴を上げた。これが石弾なら即死していたろう。姿が見えないのが残念である。
これで奴らはこちらを無視できない。果たして。
森から飛び出してきたのは———犬。そいつに向けて投げつけた石弾は外れる。畝と作物が遮蔽物となったせいだ。まずい。奴に対応するために立ち上がれば銃弾の餌食だ!
逃げようとした竜太郎の後方に飛んできたのは、火のついたガラス瓶。それは畑の一角に落ちると砕けて中身をまき散らし、炎を燃え広がらせた。火炎瓶である。竜太郎は、退路を断たれたことを知った。
そして、そいつが来た。
それは女。槍を携えた人間のそいつは、一直線に竜太郎へ向かってきた。もはや真正面から受けて立つよりほかはない。狙撃の危険をものともせず、竜太郎は立ち上がった。そのまま最短距離で女に向かって突っ込む。撃たれる危険を少しでも低減させるために。
竜太郎の首に巻かれていたタオルが翻った。すでに用水路で十分に濡らされていたそれは槍の先端に絡みつき、切っ先を逸らす。その隙を見逃さずに竜太郎は踏み込んだ。
激突。
体格の差で、竜太郎の攻撃が先に届いた。打撃。突き。蹴り。素手の攻防はたちまち掴み合いとなり、密着しての超接近戦へと移行する。女の腕は決して悪いものではない。しかし神とすら戦ったことのある竜太郎には劣る。そのままであれば決着はあっさりついていただろうが、竜太郎にはいくつもの不利な要素があった。離せば撃たれる上に、足元から吠え掛かってくるのは犬。獰猛なドーベルマンだ。実質に2対1の戦いに、更に一発の銃声までもが加わった段階で竜太郎は宙に浮いた。
女に、放り投げられたのだ。
地面に叩きつけられた竜太郎は、被害を最小限に抑えた。
―――潮時か。
竜太郎はそう判断する。もう決着はついていたと言ってよい。少なくとも、相手からはそう見えるだろう。ここからでもまだ逃げる方法はいくらでもあった―――相手を殺していいのなら。だが、相手がこちらを生かして捕らえるつもりならば無理をする必要はない。脱力する。目的は果たした。
喉元に突き付けられる短刀。
竜太郎は、敵に降伏した。
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