第143話 女子高生と機関砲

三度訪れた黄昏時。魔犬は、今度こそ獲物を仕留めるつもりだった。

前方を進むのは二人の人間。奴らを殺すのだ。それだけで、魔犬の頭はいっぱいだった。他のことなど考えられない。彼はそのために産まれたのだから。

住宅街を行き交うニンゲンたちが彼に気付く様子はない。視界に入っても認識できないのだ。獲物以外には。魔犬自身も興味はなかった。今のところは。

もっとも、獲物をすべて殺した後にどうなるかは分からない。

今行われようとしている攻撃は、まさしくそれを理由としていた。

風斬り音と共に石礫が飛んでくる。身を縮めて回避した魔犬は、横手から紐を手にした男が現れたのを見た。昨日の奴だ。あいつは手強い。振り切って獲物たちを殺さねば。

駆け出した彼は、すぐさま減速する羽目になった。まだ気付いていない獲物たちを守るように立ちはだかる、フードに狐面の女が現れたからだった。奴も昨日斬り付けてきた!

魔犬は即座に諦めた。狩りの失敗を悟った彼は方向転換し、撤退を選んだのである。公園に飛び込む。

そこで、彼は罠にかけられた事を悟った。人間がいない。人払いの結界だ!

しかし彼は急には曲がれない。そして、公園の遊具の上に四つん這いで待ち構える、異様な姿の敵に突っ込む羽目になった。

金属でできたそいつは、腕を持ち上げると内蔵された砲身の束を露わとした。それがガトリングガンであることまでは魔犬には分からない。しかしそれが己に致命傷を与えるであろうことだけは理解できた。

砲身が回転を始め、銃弾の束を吐き出し始める。魔犬の肉が裂けた。頭蓋骨が露わとなり、臓物が垂れ下がる。誤射を避けるため斜め上から撃ち下ろされる火力は凄まじい。たちまちのうちに犬神を挽肉へと変えていった。

やがて、魔犬が完全に原型を留めなくなった段階で攻撃は終わる。

敵を撃破したことを確認したガトリングガンの持ち主は遊具から飛び降りると、亡骸へ近付いた。

「あー。これほんとに終わったんかなー」

おっかなびっくりの彼女は法子である。全身を戦闘用の外装で包んでいる今の姿はまるでロボットだ。パワードスーツと言うには無理がある。人間の関節が中にあれば曲がらないだろうから。

やがて駆けつけてきた竜太郎たちに、彼女は振り返った。

「あ、せんせー。とりあえず言われた通りにやっつけたよー」

「よくやった、日高。手伝ってくれて助かった」

「いやー。こんなの家の近くにいたらマジで怖いからそれはいいんですけどー。

あ。もう武器片付けていいですか」

竜太郎が首肯すると、たちまちの装甲が剥がれ、中身が出てくる。素顔があらわとなり、胴体装甲の下から普通の制服が出現し、機械仕掛けの四肢が消滅して一瞬宙に浮く間に生身に似た四肢が出現。接続される。

ほんの一瞬で、法子は人間の姿に戻っていた。

「んじゃ帰りますねー。他の人たちにもよろしく言っといて下さい」

「ああ。お疲れ様。片付けはこちらでやっておく。忘れ物だけしないように」

遊具の陰に隠しておいた荷物を担ぐと去っていく法子。

残された竜太郎は足元を見た。そこでミンチになっている魔犬の姿を。

すぐさま始末できて幸いだった。あの男子中学生たちがどうなろうと自業自得だが、魔犬の犠牲が彼らだけで終わるはずもない。たまり場で討伐隊を結成し、作戦を練り、ここに追い込んで倒したのである。理想的な推移だった。

見れば雛子や他の仲間も集まって来ている。片付けの手間は最小限で済むだろう。妖怪の亡骸だけではなく法子の放った弾丸も消滅するからだ。さすが、黒服の男たちが改造しただけのことはある。証拠は残らない。それまでの数時間、人間たちが気付きさえしなければいい。

始末が終わった段階で、解散が告げられた。


  ◇


「結局、昨日なーんも起きなかったな」

中谷はボソリと呟いた。

中学校の中庭でのことである。聞いているのは島田一人。昼休みであった。

「一昨日のおっさんがやっつけたんじゃねえの」

「かなあ」

「妖怪ハンターって言ってただろ」

「言ってた言ってた。あんなのほんとにいるんだなあ」

「凄えよなあ」

どうやら問題が解決したらしいと知り、二人は上機嫌だった。後は入院中の保田が助かれば万々歳だ。

そんな願いが打ち砕かれた事を彼らが知ったのは終わりのホームルームの時間。

担任はこう告げた。

「皆さんにお知らせがあります。入院していた保田くんですが、病院で亡くなりました」

悲痛な声がいくつも上がり、教室の中が満たされていく。島田と中谷も呆然としていた。まさか本当に死んでしまうなんて。

混乱した中、この日の学校は終わった。


  ◇


重苦しい雰囲気の中、島田と中谷は帰途についていた。双方ともに無言である。生き残ったことを喜んでもいられなくなった。

「なあ」

「なに」

「犬の墓、作っといたほうがいいのかなあ。あと伊藤の墓参りも」

「意味ないって。あのおっさんも言ってたろ。人間ひとりふたりがお祈りしたってたかが知れてるって」

「けどよ」

「……」

「どした」

「……あ、あれ」

島田は、中谷の指した方を見た。そこにいた、異様に巨大な魔犬の姿を。というか前に見た時より大きい!?

ふたりは知らなかったが、標的である保田が死んだことで犬の図体はより大きくなっていたのである。

「おっさんがやっつけたんじゃないのかよ!?」

「そんなの知るか!現にあそこにいるだろ、走れ!」

必死で走り出すふたりを、通行人たちは怪訝な顔で見送った。彼らには魔犬が見えていないのだ。だから誰も助けてくれない。自分でなんとかするしか無い。

「あっちを抜けるぞ!」「車道じゃねーか!」「いいからついてこい!」

駅の近くまで来た彼らは、車がビュンビュン行き交う車道に突っ込んだ。クラクションが鳴りまくり罵声が飛ぶ。「バカヤロー!」「死にたいのか!」それを無視して渡りきったところで、二人は振り返った。

車の流れが復活し、そこへ魔犬が走ってきた。かと思えば衝突音。ドライバーにはやつが見えていないのだ!

流石に車に轢かれれば、奴も無事では済まないに違いない。

そんな男子中学生らの期待を、魔犬は裏切った。この巨大な怪物は次々とぶつかってくる自動車を逆に跳ね飛ばしながらこちらに向かってくるのだ。二人が突っ切ったせいで速度が落ちていたとはいえ。奴には自動車じゃ無理だ!

逃げようとした中谷は、島田が座り込んでいることに気が付いた。

「何やってんだ死ぬぞ!」

「も、もう無理……」

そして、中谷の言ったとおりとなった。追い付いてきた魔犬は、島田の腕に喰らいつくとそのまま走ったのである。引きずられていく島田。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

店舗に激突。何事もなかったかのように出てくる魔犬に対して、島田は血まみれだ。虫の息なのは明白だった。

それで終わりではない。

再び走り出した魔犬が向かった先は、今度は電柱。そこに島田をぶつける。何かが脱落。もはやどの部位か分からないほどぐちゃぐちゃだ。そうして暴れ回った後、ようやく魔犬は島田だったものを離した。彼が死んでいるのは明らかだ。

そうしてやってきたのは、中谷の前。

「あ……あ……!」

殺される。

そう確信した中谷は、しかし死ななかった。とっさに後ろから引っ張られたからである。空振りする魔犬の攻撃。

「―――!?」

引きずり起こされた中谷は、見た。自分を助けた相手が、制服を着た小柄でショートカットの女子高生だという事実を。

「逃げるよ、走って!」

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