第140話 ゲームは一日一時間

『どうやら上手く行っているようだ』

トリニティは、作戦の成功を喜んだ。世界そのものを台無しにするという策を。今世界を塗りつぶしつつあるのは七瀬初音の妖力である。彼女は絵画の妖怪であり、その力の及ぶものもまた、絵画だ。コンピュータグラフィックスも絵画には違いない。それを詩月を介してトリニティが協力し、ゴンザの力も加えてこの、コンピュータワールド内に力を及ぼしているのだった。

すでに世界は一変していた。

黒く塗りつぶされた世界を象るのはワイヤーフレームであり、起伏に飛んだ複雑な地形は地平線の先まで平面に成り果てている。唯一無事なのはプレイヤーが操っているらしいロボットたち。ある種の電子怪獣なのだろう。プレイヤーから引き出した力で具現化させているに違いない。さもなくばいかに小型とはいえ、二十もの数を具現化させられる筈もない。

そして地の果てに浮かんでいるのは巨大な目。空間の裂け目に生じたそいつは、じっとトリニティを見つめている。

「あれが、本体?」

『恐らくは。何しろ身を隠せるものは全部塗り潰してしまった。こちらを見るには、こちらからも見える距離にいなければ』

トリニティは一歩。対する敵勢も隊列を組み、迎撃の構え。彼らプレイヤーも気が付いたのだ。バラバラに戦っていてはトリニティには勝てぬと。良くない傾向だったが、彼らを突破して目を破壊する以外に勝ち目はない。

戦いの火蓋を切ったのは、どちらからだったろうか。

光線が放たれた。敵のミサイルが撃墜され、大口径砲弾が敵機を粉砕する。光弾を避けて左右から回り込もうとする敵勢にミサイルが雨あられと降り注ぐ。空中からレーザーソードを振りかぶった敵機がドリルで粉々になり、転倒した機体が数万トンの質量に踏みつぶされる。

トリニティの火力は単体であっても敵勢に対して決して引けを取らなかったが、敵は倒しても倒しても一向に減る様子がない。シグマ=トリニティの巨体に傷が増えていく。長期戦では勝ち目がない。猛攻のペースを上げる。それに比例して颯太と詩月の生命力が吸い上げられ、疲労が蓄積していく。撃破の数が復活を上回り始めた。

行けるか。

トリニティがそう思った時だった。敵が、強化され始めたのは。

後方にいた1機の左右が光と共に。その上を覆いかぶさるように蓋が出来上がる。金属でできた機械からなるそれらは機体の左右を守る履帯とそれに支えられた砲塔。突如として何倍もの大きさに増設された戦車の如き姿に、トリニティは悟った。ボスのデータでプレイヤー機を強化しているのだ!!

七瀬初音がこの世界を塗りつぶしたが故だった。余計なものが一切なくなり、浮いた敵のマシンパワーがプレイヤーたちの強化に回されたのである。その証拠に一台だけではない。他の敵勢も変化を始めていた。急がねば!

の主砲がこちらを指向する。周囲にはまだ他の敵。避けられない!

その時だった。詩月がコックピットに設置されたコンソールを操作したのは。

描かれた光の壁は、。そこへボス機の砲弾が命中。波紋を残して消失する。

バリアーだった。とっさに詩月が描いたそれを、七瀬初音が具象化したのだ。先ほどから繋がったままの、トリニティを介して。

『これは———』

『急いで決着をつけて。そう何度もできない』

『了解した』

。全力で加速する。推進器を噴かす。

シグマ=トリニティの100メートルの巨体が、戦車モドキの30メートル近い車高に激突。第二射を放とうとした主砲を横に押しやる。上面に装備されたミサイルランチャーを、投げ捨てる。地面で生じた爆発と、それに巻き込まれた敵機を無視して更に殴る。大きくへしゃげた。指を収納したトリニティの腕は頑強だ。更にもう一発叩き込んだ時点で弾薬に誘爆したか、砲塔が吹っ飛んだ。蹴り飛ばし、距離を取る。たちまち炎上、崩壊していく戦車モドキを放置し、トリニティは走る。ついてくる敵を放置して、こちらをじっと見つめる眼球目がけて突っ走る。とはいえそろそろダメージが無視できない。と、そこで再びバリアーが発生。ただし小さい。しかし複数。詩月が小規模なバリアーを描き、指で一つ一つの位置を操作しているのだ。多くのダメージがカットされる。より先に進むことができる。

そうして、十分なだけ目に近づいた段階で。

『颯太!』

「うん!」

これまでの戦いで操縦を担当してきた颯太は、ドリルの使用を選択した。トリニティは自身の意思で動くが、そこに人間の指示が加わればより強力となる。軍馬が優れた騎手と一体になるように。

大きく跳躍した巨体は、両手の推進器によって飛翔。上空の裂け目めがけて突っ込んだ。

必殺の攻撃は、狙い違わず命中する。


―――GGGGGYYYYYYAAAAAAAAAAAAAA!?


上がったのは、絶叫であったろうか。

トリニティのドリルに貫かれた目は、血の涙を流した。それはたちまちのうちに大地を覆い尽くす洪水となり、そしてまだ残っていたプレイヤー機たちを押し流していく。

その中をゆっくりと着地していくシグマ=トリニティの巨体。100メートルの身長からすれば、ワイヤーフレームの大地を覆い尽くす血涙も膝ほどの高さでしかない。

「……終わったの?」

『ああ。恐らくは。彼は死にかけている』

トリニティは、たった今自分が倒した敵を見上げた。まさに今、死につつある目の姿を。

その中に映り込んでいるのは、パイロットスーツを身に着けた男の姿。あの日、試遊会場に現れた201番だった。

「あれは……一体なんだったの」

『ずっとゲームをやりたい。新作が出るまで生きていたい。そういった想いの集合体だ。一瞬だが見えた。ある種の幽霊だよ』

「新作……?」

『そう。この十年、新作が出るのを待つことができずに亡くなっていった人の怨念。一人だけじゃあない。何十という人たちの想いが形になった代物だ。それは、今を生きている人たちをも取り込んで暴走を始めた。このように』

トリニティのコクピットに保護された仲間たちは、見た。すべてが洗い流され、もはや何も残っていない無惨な世界を。

「そっか。悲しいね。死ぬって」

『そうだな。だが生きている限りはいつかは死ぬ。誰であっても。例え妖怪だってそうだ。だから、どう生きていくか。いかに後悔しない生き方ができるかが重要なんだろう。

さあ。行こう。こうして元凶が倒れた以上、取り込まれた人たちも元居た場所に帰っているはずだ。我々の役目は終わった』

そうして、トリニティは周囲を観察。この空間の出口を発見すると、そちらに向かって歩き出す。

最後に一回だけ振り返った彼は、無言でこの空間から去っていった。


  ◇


死を想う者メメント・モリは満足だった。死者たちの願いはかなった。最高のプレイができた。強敵と戦った。多くの同志がいることが分かった。もはや、自分が必要とされていないことも。

この亡霊は、満足したまま成仏していった。


  ◇


「うぅ……」

鈴木徹子はゆっくりと身を起こした。頭が痛い。ずっとゲームをやっていた気がする。そうだ。年休を取り、発売日当日ということで遊び通していたのだった。

年は取りたくないものだ。遊んでいて意識を失うとは。

外を見るとすでに夕方。そうだ。そろそろ夕食の準備をしなければ。さすがに子供たちや夫を放置しっぱなしというのも問題がある。

立ち上がろうとしたところで、こちらを心配そうに見下ろしている息子の顔が目に入った。

「お母さん大丈夫?」

「ああ。平気よ。晩御飯の支度しなきゃ。待っててね」

「うん」

それで、息子は安心したようだった。部屋を出ていく。

鈴木徹子も部屋を出ようとして、最後に一度だけゲーム画面を確認する。

そこでは、巨大なヘリコプターのような姿のボスを撃破したところで止まっていた。

続きはまた後でやればいい。

徹子は、部屋を後にした。

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