第139話 死を想え
その存在は、新たなる闖入者に目を細めた。
彼らは何者なのだろう。この世界にない要素を持ち込んだ。死を拒絶したのである。それに伴う再生と、生命の輪廻も。
分からない。その存在には分からなかった。待ち焦がれたゲームの新作の発売日にたどり着くことができなかった無数の人間たちの想い。その日まで生き延び、そしてプレイにまで漕ぎつけた人間たちの願い。その総和として生まれた、
一つだけ確かなのは、彼らは自らが直視せねばならない存在だということ。
いいだろう。彼らが、自らと相対するのに相応しいかどうかをまず、見極めてやろうではないか。
◇
巨大人型ロボット兵器は、戦車でも戦闘機でも戦闘艦でもない。そもそもまだ、発明されていない。将来誕生したとして、人類のテクノロジーではどのような形になるかも定かではない。だから、トリニティは自らの分身を用途に合わせて設計し、作り上げた。
そう。正義の味方という活動のために。
敗北は許されない。敵に背を向けることも許されない。支援を受けることもできない。無敵であることが求められた。
だからこその、徹底的に無駄を省きつつもデザイン性に優れた箱ロボ。
シグマ=トリニティは、スカイウィングを操り合体の態勢に入った。
急上昇していくスカイウィングの機体後部が分裂。左右に別れ、機体上部と蛇腹状のパイプで繋がった状態で強力な電磁場を発する。それが、地上を走っていたドリルタンクを吊り上げた。
分裂したスカイウィングのエンジン部が両腕となる。さらに、ドリルタンクのドリルと基部が肩を。タンクの車体部分が胴体と膝上までの脚部を、ウィングの機首が胴体の前面を覆い隠す。
トレーラーの前部と後部が持ち上がって二本の脚となり、後部に据え付けられていた大砲はそれぞれ両膝の外側で前を向いた。そうして変形したバトルトレーラーの膝部分へと、ドリルタンクがドッキング。
最後に、頭部が胴体よりせり出し、定位置に収まった。それは力強い接続を経て完成する。
こうして、たちまちのうちに100メートルの巨人が出現。これこそがシグマ=トリニティ。コンピュータワールドを脅かす悪と戦うための超兵器なのだ。
丘陵から疾走した彼は、建造物が立ち並ぶ市街地に入る直前で跳躍。両腕を下に伸ばし、推進炎を噴射させた。
百メートルの巨体が軽々と宙を舞う。トリニティの両腕はスカイウィングの推進器でもある。それを噴射して飛翔することができるのだ。
市街地に到達していた敵勢が混乱する。真上を取られれば遮蔽は無意味だ。彼らの頭上から降り注ぐ散弾はトリニティの脚部より放たれた46cm砲弾。この、バトルトレーラーの主砲の射角は広い。
砲の反動すらも推進力としてトリニティは飛翔。市街地を超えたところで勢いはそのままゆっくりと旋回し、頭部を向けた。その額に組み込まれた光線砲が火を噴き、手間暇かかったであろうネタ塗装のロボットをかすめていく。ドリルタンクの主砲でもある頭部光線砲だ。
敵勢の勢いが弱まった段階でトリニティはのっそりと着地。実際には敵、十二メートルのロボットと同水準の高速度で動いているが、百メートルの巨体で動いているためそう見えるのだ。
更に胸部を守るスカイウィングの機首が持ち上がり、備わったミサイルランチャーを解放。全弾を発射した。それは運の悪い敵機に直撃。粉砕する。それをなおも突破してくる数機が構えているのは、左腕のエネルギーブレードやパイルバンカー。
そこへ、高所から、横向きにトリニティの腕が振り抜かれた。もはや自由となった推進器よりプラズマソードを噴出させて。
まとめて吹き飛ぶ敵勢。
トリニティは知っていた。ミサイルを撃ち込まれれば敵は前に出るということを。そこに近接攻撃を放たれれば逃げ場はない。近接攻撃に対応するには後退せねばならないから。それがこの世界のセオリーなのだ。
シグマ=トリニティが過去作をプレイしていたのは伊達や酔狂ではない。コンピュータワールドにおいて、コンピュータゲームの法則は物理法則なのだから。
トリニティは前に踏み込む。半数は斃した。残る半数も倒し、この世界の元凶を滅ぼさねばならない。そうして囚われた人々を救出するのだ。恐らく鈴木の母だけではない。今撃破した敵機を操作していたのも人間のはずである。彼らすべてを合わせれば何十人という数になるのだろうか。
願わくば、今の戦いで囚われたプレイヤーたちの生命が脅かされていなければいいのだが。
トリニティの願いは、思わぬ形で叶っていたことが確認できた。もはや前方となった市街地より出現した、ネタ塗装の機体によって。
―――撃破したはずでは?
数機まとめて攻撃した際撃墜したはずの敵機。似た機体という可能性もないではないが、いやしかし。まさか。
トリニティの懸念は、最悪の形で実証されることとなった。レーダー上に浮かび上がる、追加の光点という形で。
「トリニティ!敵が増えてる!」
颯太の叫びに、トリニティは首肯した。
『そのようだ。恐らく、今倒した敵が―——
「そんなのどうしたらいいの。いくらやっつけても復活しちゃうんじゃ勝てないわ」
今度は詩月。彼女の懸念に、トリニティは答えた。
『ああ。そんなのはゲームじゃあない。不公平極まりない。だから、審判をぶちのめそう。そこで詩月。七瀬初音。君たちにお願いがある』
「?」
コックピット内で怪訝な顔をした少女たちへ、この電子妖怪は頼みごとをした。
『君たちの力で、この世界を台無しにしてやってくれ。この美しく精緻な芸術をズタズタにするんだ。
反則には反則で返されると、思い知らせてやろう』
◇
メメント・モリは、プレイヤーたちがやられている光景を愉快に思っていた。敵は強い。しかし勝てない相手ではない。ならばそれはいずれ攻略される壁に過ぎない。幾度もの挑戦の果て、撃破されるに違いない。
素晴らしい。
歯ごたえのある敵は大歓迎だった。この世界に取り込んだ同志たちも喜んでいる。彼らは闘争を求めていたから。
そうして闖入者が倒れた後。彼ら自身もこの世界に取り込まれる。生と死の永遠に続く輪廻を繰り返すのだ。この美しくも儚い世界で。
そうなる運命を、しかし敵は否定した。この世界を塗りつぶしていくという形で。
―――!?
百メートルのロボットから、しみが生じる。黒いそれは、精緻なテクスチャを上から塗りつぶし、ワイヤーフレームに置き換えて台無しとしていくのだ。それはこの世界の所有権そのものを奪おうという試みに違いない。メメント・モリは激怒した。ここは私達の世界だ!!
唯一塗りつぶされないのは人間のプレイヤーが操る人型兵器だけだ。しかしそれだけが残って何になろうか。世界はすべての調和が取れなければ無意味なのだから。
闖入者に、この楽園へ入る資格はない。排除しなければ。
目的を果たすべく、メメント・モリは重い腰を上げた。
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