第138話 プレイヤーとボス

美しい光景だった。

パイロットは、鳥のようにも見える人型の敵機をうっとりと見つめていた。今の彼を構成する複雑なセンサー系を介して。その神経は光ファイバーと導電性ワイヤであり、骨格は超高硬度の無重量合金。全身に張り巡らされた人工筋肉は強力なショックアブソーバも兼ね、各所に配されたスラスターはとてつもない推力を与えてくれる。身長十二メートル、総質量百トンの巨体に乗り移った彼の全身はリラックスしている。身体の求める闘争が、間もなく得られると分っていたから。

前方の敵機が浮かび上がった。紅い光と共に弾け飛ぶ。そう見えたのは十近い子機。それらが火を噴くより先にパイロットはブースト。敵機を中心とする円を描くように加速し、攻撃の軸を外す。反転。敵が両手から伸ばしたビーム刃が、挟み込むようにこちらへ迫る。上昇して躱す。上下動はやりたくない。隙が大きいからだがやむを得ない。距離を詰める。キックを入れる。反動で離れた相手に機関砲を撃ち込む。更にキャノン。ブーストして横移動。そこへ再び子機からの集中砲火。前進して躱す。キック。その繰り返し。

パイロットの挙動は人間の限界を超えていた。正確な照準の十ものレーザー弾幕を回避することも、挟み込むようなビーム刃の間に音速で飛び込むことも、激突の瞬間にキックを叩き込むことも。誰にもできないだろう。

しかし、これはゲームだった。死んでもやり直せる。何度でも。覚えられる。いずれ慣れる。予測ができる。生と死の繰り返しで強くなる。誰にも到達できない域までたどり着くことができる。だから。

もう何度目か分からない挑戦の果て。鳥を思わせる敵機は耐久限界を迎え、内側から爆発。消滅した。

これも、次に訪れた時二週目のプレイには蘇る。すべては流転するから。

敵を退け、先へ進もうとした彼はふと気が付いた。ずっと後方からする、ただならぬ気配に。

イレギュラーが現れたのだ。この世界を脅かす者は排除せねばならない。

彼は、来た道を戻り始めた。

パイロットだけではなかった。この世界に取り込まれた多くの人間たちが、イレギュラーを排除するために一か所を目指して動き始めていたのである。永遠に闘争を続けるために。


  ◇


上空から詩月を探すスカイウィング。戦闘機の形をした兵器を操るシグマ=トリニティは、遥か遠方に生じたいくつかの黒点に警戒心を募らせた。

次の瞬間警報が作動。トリニティは反射的に防御手順を開始する。フレアーを射出。機体を降下させる。市街地ギリギリを飛行。飛来したミサイルのいくつかがフレアに巻き込まれて爆発し、難を逃れたいくつかは建造物に激突。それでもなお残ったミサイルは、スカイウィングの尻に張り付いて離れない。命中する。そう見えた瞬間。

スカイウィングの推進器の周囲に配されていたフィンガーバルカンが、火を噴いた。十数発の光弾が後方にばらまかれ、ミサイルを破壊したのである。

―――危なかった。

無線で颯太に警告。機首を上げる。ここは飛行能力を備えた巨大人型兵器の支配する世界だ。地表近くでは不利。

見れば、黒点はずいぶんとはっきりとしたシルエットを備えるほどに近づいていた。

それは巨人。無骨な金属フレームを組み合わせて繊細な造形を形作ることに成功した巨大人型兵器だ。両肩には大型の火器らしきものが搭載され、右手には銃。左にもバランスをとるように大きな機械が備わり、背面から伸びているのはミサイルランチャーだろう。それは背中と脚部から推進炎を伸ばしながらこちらに飛翔しているのだ。

スカイウィングと比較すると小さいが、それでもその図体は十二メートル前後はある。

明らかな強敵。

過去作のプレイ経験があるトリニティは、その正体を薄々感じ取っていた。

『あれは恐らくプレイヤーが操っている。手強いぞ!』


  ◇


雪原の中、詩月は空を見上げた。高速で飛び去って行く青い翼には見覚えがあった。あれはスカイウィング。トリニティが助けに来たのだ!

助かったと思ったのもつかの間、幾つもの爆発音が響く。戦闘が行われているのだ。

「七瀬さん」

『ええ。ちょっと今は助けてもらえる状況じゃなさそう。ひとまず身を守ることを第一に考えて』

ひとまず地形に身を隠した段階で、詩月はスマホが震えたことに気が付いた。相手はトリニティ。こちらに気が付いた!

急いで出る。

「もしもしトリニティ?助けて!」

『了解だ。そちらの座標も把握した。それで相談だが、移動はできるだろうか』

「うん。七瀬さんもいるから」

『よかった。北西に渓谷がある。先にそこまで行ってほしい。たどり着いた段階でバトルトレーラーを送るから、敵を奇襲してくれ。タイミングはこちらで指示する』

「分かった」

『では。七瀬初音にもよろしく伝えてくれ』

そうして通話は途切れた。詩月がひざまずいた絵のトナカイの背に飛び乗ると、移動を開始。指示を実行せねばならない。

トナカイは、木々の合間を駆けだした。


  ◇


パイロットは、市街地を。十二メートルの巨体が推進炎を噴き、自在に飛翔する。瞬間出力には限界があるから配分には気を付けねばならない。敵は二機。市街地に潜り込んだ大型戦車と上空を旋回している戦闘機。どちらも特殊機体ボスだ。地上から時折放たれる光線は恐れるに足りない。建造物が邪魔だし、こちらを有効に捉えられない。先に片付けるべきは空の敵だろう。

右手の機関砲を放つ。敵が機体を揺らすせいで照準が安定しない。反撃が来た。ミサイルだ。十を超えるそれに対して横滑りする。ついてきた。撃ちまくる。何発か撃墜。デコイ投射。十分に引き寄せたところで全力加速。残ったとしたところで爆発。巻き込まれる。大したダメージではない。直撃よりマシだ。

爆風を置いてけぼりとし、パイロットは進む。頭上を通り過ぎて行った戦闘機を反転して追尾。光弾が撃ち込まれてきた。敵機は後部に火器を装備しているのか。跳躍して躱す。こちらの軌道に敵の照準が追い付いていない。このまましとめてやる!

前方の丘陵を超えた段階で警報。反応するより早く、衝撃が来た。

―――!?

待ち伏せ。

それが、渓谷に待ち構えていた3機目のバトルトレーラーボスによるものだと悟った時には、取り返しが付かなくなっていた。

左右2台の連結した車体から伸びる、大口径砲。あんなものを喰らえば無事で済む筈もない。

パイロット操る十二メートルの機体は、そのまま墜落。四散した。


  ◇


「やった……」

詩月はコクピットのコンソールに突っ伏した。自動照準とはいえ、引き金を引くのは自分だ。トリニティがこちらに誘導してきた敵機を、バトルトレーラーの主砲で撃墜したのである。46cm砲二門の直撃を喰らえば大抵の物体は木っ端みじんだ。

無線機から、声が聞こえてくる。

『詩月お姉さん、大丈夫?』

「颯太くん?そっちは無事だったんだ」

『なんとかね。鈴木くんやゴンザもいる』

どうやら全員大丈夫だったようだ。となれば、後は犯人をやっつけて帰るだけ。トリニティは西日本最強だと聞いている。すぐに決着はつくだろう。

そう思ったのもつかの間。警報がコクピットに鳴り響いた。

「何!?」

『敵だ。全方位に警戒、多いぞ!』

トリニティがデータリンクを介してこちらのモニターにレーダーを表示してくる。それを見た詩月と七瀬初音は絶句した。

周囲から迫りつつある光点の数が、20を超えていたからである。そのひとつひとつが先ほど同様のロボットだとすれば大変なこととなる。

『全員集合してくれ。合体し、敵の包囲網を突破する』

トリニティの言葉が、コクピットに響き渡った。

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