第137話 正義の味方とドリル戦車
『もう行ったみたい』
七瀬初音の言葉に、詩月は隠れ場所から顔を出した。
周囲を見回す。確かにさっきのロボットはもういない。詩月を仕留めたと思ったのだろう。実際危なかった。雪に描いた穴の絵を七瀬初音が具現化させ、その中に飛び込まなければ。妖術で作られた即席の塹壕は、詩月の身を守ったのである。
『大丈夫?』
「なんとか……」
遠くでは時折爆発音や銃声。戦っているのだ。さっきのロボットたちが。
「電話、繋がると思います?」
『分からない。けれど、この世界の作り込みからして下手に電波を出すのは賢明とは思えないわね。傍受されて居場所を特定されるかも』
「う……それは」
スマホを見下ろす。さっきのロボットは気付かなかったが、次もそうだとは限らない。電源を切った方がいいのか。しかし、外から連絡が来る可能性も否定はできない。ひとまず保留する。
『歩ける?』
「ちょっとまだ、痛いです」
『なら、もう一回絵を描いて。あなたを乗せて運べるものを』
詩月は、言われた通りにした。雪の上に、動物の絵を描いたのである。おおざっぱだが特徴をよくとらえたそれはたちまち具現化し、詩月を背に乗せて走れる大きさとなった。
立派なトナカイであった。
苦労して、詩月はその背にしがみつく。
「行く宛てはあるんですか」
『ない。けれど他の人たちを探さないと。彼らは身を守れるか分からないから』
「分かりました」
トナカイは、歩き出した。銃声のする市街地に向けて。
◇
「いててて……酷い目にあった」
颯太は、自分が巨大な建築物に囲まれていることに気が付いた。高度なテクノロジーの産物なのは分かるが、同時に老朽化し、錆が浮いている古い市街地。いや、港湾のような施設であろう。これは一体。
しばし考え、これが見覚えのある場所であることに気が付く。そうだ。ゲームの画面に吸い込まれたのだ。きっと、鈴木の母もここにいるに違いない。周囲を見回す。一緒に吸い込まれたものがいるはずだった。
立ち上がる。周囲を見回し、見覚えのあるリュックが転がっているのに気が付いた。詩月のリュックだ。
拾い上げ、中身を確認すると尻が出て来た。
引っ張り出すと、今度は目を回したゴンザの顔。生きてはいるようだ。
「ほらゴンザ。起きて」
「うう……目が回ったよぉ」
「分かるよ。けど何とかしないと危ないんだ。トリニティと連絡を取らないと」
ゴンザも電子妖怪の端くれである。颯太のスマホと併せれば、ここが例えゲーム世界の中だろうが外に連絡くらいは取れるだろう。たぶん。
そうして、電話をかけようとした矢先。
「うわあああああ!」
悲鳴が聞こえて来た。あれは!?
駆けだす颯太とゴンザ。
角を曲がった彼らは、見た。重機を連ねて人型にしたような大きなロボットの前で腰を抜かしている、鈴木の姿を。ロボットは足を振り上げている。鈴木を踏みつける気だ!
「ゴンザ!」
「あいよ!!」
ゴンザの長い耳が伸び、ひとふり。それで終わりだった。ロボットの機能が停止するためには。
そのまま、真横へ横倒しとなっていくロボット。電装系に頼った機械は電子妖怪の敵ではない。それ自体が妖怪なら話は別だが。
巨体によって衝撃が走り、細かいゴミが巻き上がった。鈴木も巻き込まれてひっくり返っていたが、生命は無事だ。許容範囲だろう。
「大丈夫かい、鈴木くん」
「颯太くん!……と、それ、なに?」
ゴンザを見て目を点とする鈴木。まあ変な生き物ではある。
「おれっちはゴンザレスってんだぁ。ゴンザでいいぞぉ」
「喋った……」
「妖怪はしゃべるもんだよ。それより鈴木、立てる?」
「よ、妖怪!?」
颯太の言に目を白黒させる鈴木である。とはいえ構っている状況ではない。
「ゲームに吸い込まれるよりは大したことないだろ。急ごう。ひとまず安全な場所に身を隠さなきゃ」
「う、うん」
颯太に促され、鈴木も立ち上がった。そのまま三人で移動しようとしたところで再び爆発音と振動。
「まずいぞぉ。今のでそこら中からロボットが集まってきてる。通信が密だぁ」
「ゴンザの力で全部止められないの」
「近ければ平気だぁ。けど多すぎるし、何百メートルも先から撃たれたらきついぞぉ」
「そうか。そりゃそうだ」
どうやらためらっている場合ではないようだった。切り札を使うときだろう。使えるのであればだが。
颯太は、ゴンザに対して頷いた。
「ゴンザ。トリニティに連絡する。大至急だ」
「通信経路は任せろぉ。今なら大丈夫だぁ」
颯太がスマートフォンを取り出すと、電話をタップ。そのまま、必要な文字列を入力する。
アクセスコードは———
「
RRRRR……
永遠とも思える数秒が流れ、そして。電話が、繋がった。
『こちらシグマ=トリニティ。颯太、何かあったか』
「大ありだよ!調査に来たら、例のゲームの世界に閉じ込められてる。助けて!」
『了解した。今そちらへの侵入経路を確認している。―――完了。そちらの現在の座標は封鎖されたコンピュータワールドだ。だが封鎖は完全ではない。コンテナを君の座標から南西に八十メートル先の広場へ転送する』
「了解!!」
次の瞬間。
空から、稲妻が走った。それも全方位へと。
空間が歪み、光が捻じれ、気圧が高まりそして爆発。大気を押しのけて空中に出現していたのは、荒いテクスチャが張り付けられたポリゴンのコンテナ。明らかに目で見ても分かるほどに古い技術の産物であるそれが、実際には西日本最強の電子兵器の一部であることを颯太とゴンザは知っていた。
「―――落ちてくるぞ!!」
その通りになった。
空中から自由落下したコンテナは衝撃波を残して沈黙。そのまま、動きを止める。
「―――コンテナまで走れ!!」
叫びにゴンザが走り出し、ためらう鈴木の手を颯太が引っ張る。建造物の合間の細い道を抜け、出た広場にはコンテナが鎮座している。その一面にあった小さな扉が開いた。そこへ飛び込む三人。
扉が勝手に締まり、そして一瞬だけ中が暗くなる。しかしそれもすぐに解消された。
「うわあ……」
鈴木が歓声を上げる。
それは、コックピットだった。本来遠隔操作されるシグマ=トリニティの構成パーツ。そこに設けられた、緊急用の空間なのだ。外の様子を映し出すいくつかの平面の画面と、空中に浮いたコンソール及び操縦桿。それらを用いて、人間が操縦できるようになっているのだ。
颯太が席に座り、ゴンザがその横に登る。おろおろしていた鈴木は結局、邪魔にならないように颯太の斜め後ろに立った。
モニター上では、すでに何機ものロボットが接近してくる姿。奴らは金属でできた市街の上を跳躍しながらこちらに迫ってくるのだ。
「起動するぞ」
そして、颯太はスイッチを入れた。
コンテナが輝き出す。周囲の市街が分解され、データに還元されていく。それは奔流となってコンテナを包み込み、自己組織化を開始。たちまちのうちに全く別の、より巨大な形態を作り上げる。巻き込まれたロボットが粉々になった。
やがて完成したのは、履帯と2基のドリルを備え、上面にビーム砲を装備した何十メートルもある巨大戦車。シグマ=トリニティの構成パーツのひとつ、ドリルタンクであった。その巨体と比すれば、やってくるロボットなど小人に過ぎない。
スティックを捻る。驚くべき軽快さを発揮してドリルタンクは旋回。二つのドリルが回転を開始。下面スラスターに点火。車体がわずかに浮かび上がったところで、後部のメインロケットモーターに点火。
一気に加速したタンクのドリルに巻き込まれ、ロボットが粉々に粉砕される。まるでスクラップ処理施設のように。
そこで警報。颯太は主砲をそちらに向けると、トリガーを引いた。
光線を喰らい溶融するロボット。戦闘力の差は歴然としている。
そこで被弾。タンクの装甲に機関砲が当たり、そして弾き返される。装甲の強度でもタンクが圧倒しているのだ。反撃で破壊される敵機。
次なる敵を探そうとして、もはやセンサーに反応がないことに気付く。ひとまず近くの敵は片付いたらしい。
安全を確認した颯太は、レーダーに視線を向けた。二個目のコンテナが800メートルほど離れた場所に落下するのを確認する。トリニティが送り込んだスカイウィングだ。これで空から偵察するつもりだろう。
「……ふう。助かった」
額の汗をぬぐう。さっきは全力疾走したから心臓がまだバクバク言っている。喉が渇いたが、飲み物の持ち合わせはない。
その辺は鈴木も同様だったらしく、へなへなとへたり込んだ。
質問を発しようとする彼を手で制する。トリニティからの通話が来たからだ。
『無事なようで何よりだ。ところで、詩月は一緒ではないのか。君と調査に向かったと記憶しているが』
「あ。忘れてた!」
『了解だ。空から探しておく』
そうして、いったん通話は切れた。市街地から戦闘機―――スカイウィングが飛び立っていく。
タイミングを見計らい、今度こそ鈴木は質問を発した。
「ねえ、これって何なの。今話してた人は誰」
「ややこしいんだけど、一言で説明するなら正義の味方とそのロボットだよ。これ」
「……正義の味方?」
目が点になる鈴木。まあ気持ちは分からないではない。
「そ。こういう怪事件を解決していく正義の味方。ま、詳しい話は後だ。僕たちも詩月お姉さんを探さなきゃ。鈴木くん。ゴンザも、モニターを見てて」
「わ、わかった」「あいよぉ」
説明を終えた颯太は、改めて操縦桿を握り直す。そうして、車体を発進させたのである。さっきよりかなり慎重に。
「ドリルタンク、発進!」
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