第136話 雪原とゲーム
【京都府 小学校】
「あーもう。なんで今日から新学期かなあ!」
颯太は机に突っ伏した。まだ八月が終わるまで一週間もあるというのに、彼の地元では今日から新学期だ。明日は土曜だから帰ったら遊べるとはいえ。
親に禁止されて0時からゲームをするのもお預けだった。新作のプレイは帰宅してからだ。ついてない。隣の兵庫県では新学期は9月1日からだというのに。教育指導要領の変更のせいである。
教室では久しぶりの再会で、話題も弾んでいるらしい。中には例の新作をプレイしたという者も。
「いいなあ……」
正直うらやましい。試遊会で遊んで以来、颯太はすっかりファンになっていたのだった。
周囲に視線を巡らせる。こういう時は違うことを考えるのが一番だ。後ろの席に話しかけようとして、颯太は眉をひそめた。
「どうしたの、鈴木くん」
「ああ、颯太くん。うん。実は今朝から、お母さんの姿が見当たらなくて」
「なんだって」
それは大変だ。
「一体何があったの」
「昨夜から新しいゲームをしてたんだ。今日は仕事もお休みをとってね。そしたら今朝、僕が起きた時にはお母さん、どこにもいなかったんだ。部屋じゃゲームは付きっぱなしで、ちょっとトイレに離れたみたいだった。なのにどこにもいないんだ。家じゅうちゃんと鍵はかかったままだったのに。お父さんは心配ないから学校に行きなさいって」
「そうか……」
聞けば、やはり例のゲームである。そこで颯太は以前の出来事を思い出した。201番のあの、幽霊のことを。
あのゲームには何かある。
「ねえ鈴木くん」
「なあに」
「放課後、現場を見に行っていいかな。そういうのに詳しい知り合いがいるんだ」
「そうなの?じゃあいいよ。お願い。お母さんを見つけてよ」
「分かった」
そうしているうちに、担任が入ってきた。二人は会話を打ち切り、そして新学期が始まった。
◇
「ごめんね、詩月お姉さん。こんなとこに呼び出しちゃって」
学校近くのコンビニの前で、颯太は相手に謝った。秘密基地経由でやってきたのはスケッチブックを手にした詩月である。基地の扉は長距離の瞬間移動手段として使えるのだ。リュックサックにはゴンザも入っている。
「うん。まあこっちはまだ、夏休みだから。店も中田さんが見てくれるし」
「助かるよ。じゃあ行こう」
詩月たちを呼び出したのは万が一に備えてだった。彼女を守っている七瀬初音は強力な妖怪だ。並みの相手ならばやっつけられる。
五分も進んだところで見えた共同住宅前で、鈴木が待っていた。
彼はぺこり。と頭を下げると皆を部屋に案内する。ぞろぞろとついてくる一行。
ごく普通の家だった。その一室では付きっぱなしのテレビとゲーム機。そして進行が止まったままなのだろう精緻な画像が待っていた。
「これ?」
「うん」
部屋の中を調べ始める颯太と手伝う鈴木。それを部屋の入口から見守りつつ、詩月はリュックの口を少しだけ開けた。
「ゴンザさん。何か感じますか」
「うーん。妙な気配があるような気がするぞぉ」
「気配、ですか」
「あまり残ってないけどなぁ」
掌を見ると、七瀬初音の落書きは首を振る。こちらは何も感じないらしい。
一方の颯太も何も発見できなかったか、ゲーム機の前へ座り込んだ。
「やっていい?」
「うん。僕が触った時は何も起きなかったけど」
鈴木の許可を得た颯太はコントローラを手に取り、進行が停止した画面を進めようとする。出ているメッセージは、『この先に進む覚悟があるか』。
〇ボタンを押してそれを肯定した瞬間。
「え?」
画面が揺らめいた。かと思えば、それはものすごい吸引力を発揮。掃除機くらいだったそれは、たちまち何千倍とも思える規模に拡大する。
「―――!?」
颯太が吸い込まれる。その手を鈴木が掴み、踏ん張ろうとしたところで浮かび上がった。入口を掴んだ詩月もたちまちのうちに力尽き、そしてモニターへ落ちていく。
そして、部屋には誰もいなくなった。
◇
「う……」
空が、おかしかった。
薄目を開ける。全身が痛い。頭がぼんやりする。いつの間に眠ったんだっけ……
詩月は跳び起きた。
周囲に積もっているのは雪。今もなおちらちらと降り積もっているが、体の上にはない以上気絶していた時間はそれほどではなかろう。それよりも異常なのは、空にかかっている超巨大構造物。あれは何百メートル。いや、何キロメートルも上に、市街地でも収まるほどの大きさがあるのではないか!?
愕然とした詩月は周囲を見回した。今は夏のはずだというのに異常に寒い。空にかかっている巨大構造物が陽光を遮っているせいだろうか。あるいは別の要因があるのか。分からないが、斜面に生い茂っているのは針葉樹。一体、何が。
他に誰かいないかを探す。そうだ。リュックにはゴンザが入っていたはず。―――ない!吸い込まれるときに落としたらしい。
この段階でようやく、掌を見ることを思いつく。そこでは随分前から声をかけ続けていたらしい七瀬初音の姿が。今まで発された言葉が腕を覆い尽くす勢いで描かれている。
「あ———七瀬さん」
『ようやく気が付いたわね。よかった。大丈夫?怪我は?』
「無事です。それよりここはどこなんでしょう。他のみんなは」
『状況から考えればゲームの中でしょうね。少なくとも、私の目にはその最初のチュートリアルのステージに見える。どう?』
「あー。言われてみれば、確かに」
巨大ロボットの視点からしか見ていなかったから分からなかったが、確かにその可能性は高そうだった。ということは。
「……ひょっとしてまずくありません?」
『同感。早くどこかに隠れて。なるべく目立たなくて、弾が飛んでこない場所に』
立ち上がる。スケッチブックもなくしたことを今初めて気づく。まずい。これでは七瀬初音も力を発揮できない。速やかに身を隠さねば。近くの針葉樹林に駆けこもうとした段階で、何かの噴射音が聞こえた。
詩月が振り返ったのと、丘陵の向こう側から重機を何台も重ねて黒くしたような大きな人型機械が飛び出してきたのは同時。
目が合った。
頭部センサーがこちらを認識するとすぐさま、そいつは右手のライフルをこちらに向けてくる。
「―――!!」
詩月は、今までの人生で最も必死に走ったと言ってよかった。それを追いかけるように轟音が響き、ライフルが発射される。
巨大な弾丸が詩月の後方数メートルを通り過ぎ、衝撃波をまき散らしながら樹木を引き千切って飛び去って行く。あんなものを喰らえば即死は間違いない。しかし今のショックでひっくり返った詩月は立ち直れない。まずい。敵が第二射を構えた。死ぬ。
そう思った時だった。ロボットの右肩に描かれた小さなマークが機体の表面をはいずり周り、顔面のセンサーに張り付いたのは。
視界が阻害されたが、第二射は明後日の方向に飛んでいく。七瀬初音が機体の部隊章を操ったのだ。
『急いで!!早く!!』
七瀬初音の叫びに、今度こそ詩月は立ち上がると走る。全力で。
斜面を飛び越えたところで木の根に引っかかり再び転倒。まずい。足を痛めたか。
『詩月!?立って!』
「む、無理……もう、走れない……」
『―――分かった。じゃあ今から言うものの絵を描いて。雪の上に、大急ぎで!!』
「は……はい」
慌てて言われた通りにする詩月の後方では視界を復活させたか、ロボットの足音が迫ってくる。
ロボットの顔が丘陵から覗くのと、詩月が絵を描き上げるのは同時。
ライフルの銃声が、響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます