第七章 ゲームの怪編
第134話 死してなお闘争を求める
静かだった。
やせ細り、ベッドに寝かされた男に取り付けられているのは人工呼吸器。点滴。心音計。様々な医療器材。もはや彼の生命はさほど長くはないだろうということが伺えた。要因は何だろうか。病?怪我?もはやこの期に及んでは意味はない。まもなくその命は終わる。
そんな有様でも、彼には思考があった。後悔。悔い。無念。様々な想いが。死ぬ前にやりたかったことが彼には無数にあった。しかしもう、手遅れだ。奇跡など起きはしない。この世界の物理法則は冷徹だ。たった一人の思念では、それに立ち向かうにはあまりにも儚い。
―――では、大勢ならば?
全く同じ想いを抱いて死ぬ人間はいない。しかしその中に重複はあるだろう。それをより強くするのは名前。命名とは人類が同じ想いを共有するために生み出した技術なのだ。
男が最後に抱いたのは、一つの名前とそれに対する想い。
この十年、その名を再び見ることのなかった幾多の猛者たちと同じように、彼もやがて最後の刻を迎える。小さな想いの欠片をこの世に残して。
心電図のフラット音が響き、医師が臨終を告げた。家族が駆けつけ、嘆き悲しんだ。かしそれはもう彼には関係のないこと。いや、彼が残した想いにとっては。
しばしその場にとどまっていた想いであったが。
「お困りですかな」
見上げれば、声をかけてきたのはふくよかな体形に黒のスーツと帽子を身に着けたサラリーマン。彼は一礼すると、手を差し出した。
「さあ。行きましょうか。あなたを仲間と引き合わせましょう。あなた達を一つとして誕生させるとしましょう」
進み出ると、サラリーマンは想いを手で包み込んだ。そのまま場を去っていく。
人間たちは誰も、気が付くことがなかった。
◇
【大阪府大阪市 ヨドバシカメラ梅田5階ゲーム売り場】
盛況だった。
夏真っ盛り、お盆である。それも相まって、巨大商業施設の一角であるゲーム売り場も特段の盛り上がりを見せていた。
最も、ここが盛り上がっておる理由はそれだけではない。何十という人々が並び、設置された3台のモニターを眺めているのだ。十年ぶりに新作が発売される、歴史あるロボットゲームの200人限定試遊体験会が開かれているのだ。
その列の後ろの方に並んでいた詩月は、うんざりした表情で同行者に抗議した。
「颯太くん、ここまでしてやらなきゃいけないの?」
「もちろん!」
「どうせもうすぐ発売するのに……」
年下の少年の返答は元気である。彼と詩月が知り合ったのは夏休みに入る直前。原子力潜水艦騒ぎの時だった。詩月が成り行きでスーパーロボット"
もっとも、詩月がここでこうしているのはパイロットとは直接には関係がない。単に颯太少年が一人でここにいるには幼すぎるだけだ。保護者である。
早朝、始発前に例の秘密基地の扉で梅田まで来るとすでにひとが大勢並んでいた。整理券目当てである。何とか整理券を確保した二人はいったん戻り、そしてまたやってきたのだった。大変過ぎる。
それにしても。
「颯太君、ロボット好きなの?」
「大好き。特にロボゲーは。トリニティともネットの対戦で知り合ったんだ」
「へえ。トリニティ、ゲームするんだ」
知らなかった。
「トリニティはコンピュータであることに誇りがあるから。ゲームで人間の相手を務められる機械はコンピュータしかいない。って考えなんだよ」
「そうなんだ」
自我の宿った古いパソコンを"コンピュータ"と呼んでいいものだろうか。
そんなことを考えているうちに、颯太の順が近づいてきた。今日の試遊は200人限定で、颯太の整理券番号は198番。ほとんど最後である。
「198番の方、どうぞ」
「はあい」
颯太が試遊台に飛び込むような勢いで向かっていく。それを後ろから覗く詩月。
やがてゲームが始まり、映し出されたのは宇宙空間から始まるオープニング。大気圏突入に始まり、
しかし、本当の巨大ロボットの戦いを知っている詩月としては、リアリティは今一つ。比較対象が悪すぎるが。あの時は本当にすぐ近くで怪獣が格闘しておりその振動が肌に伝わってきたのだから。おまけに失敗したら死ぬ。
そう考えれば、死なないゲームの戦いは確かに楽しいかもしれなかった。
視線を周囲に向ける。もう200番までプレイしている。颯太たちのグループが最後のプレイヤーだろう。
にもかかわらず、後ろに一人だけポツン。と並んでいるのに気付いた詩月は怪訝な顔をした。ひょっとしたら今プレイしている者の連れかもしれないが、それにしては手に整理券を持っているような……?
やがて颯太がボスを撃破。自機より巨大なヘリコプターのような兵器だった。
「あー楽しかった!お姉さん、今日は付き合ってくれてありがとう」
「ええ。じゃ、帰ろっか」
「うん!」
そうして帰ろうとした段階で。
「201番の方!」
驚いた二人は振り返る。整理券は、200番までのはずでは。何しろ颯太たちは今朝、実際に200番で配布が打ち切られる瞬間を目の当たりにしていたのだから
影のような男が、颯太の座っていた試遊台に座るのをふたりは見た。そのまま、プレイが始まる。その様子を、詩月たちは目が離せなかった。
「これ―——」
ゲームは3Dで、自機を背後から見る形式で操作する。それをコントローラで制御するのだ。もちろん五体の精密な動きを完全に操作できるはずもなく、基本的にはキーやボタンに応じたモーションを自機がする。当然のことながら、現実には起こりえないような挙動も当たり前に起こる。崖から左足がはみ出ているのに落ちなかったりなど。ゲームなのだから当然のことだ。
にもかかわらず、201番の男の動きはリアリティにあふれるものだった。ゲーム故の演出上の"嘘"が一切ない、あり得ない機動をしているのだ。だが、周囲は誰も騒がない。まだ十数人もの人間がプレイを見ているというのに。
気付いているのは、詩月と颯太だけなのではないだろうか。
199番、200番がプレイを終える中も201番のプレイは続き。
やがて、ボスを驚くほど鮮やかな手並みで倒した時。
拍手が起こった。
賞賛の中、影のような男は立ち上がるとそのまま去っていく。
詩月と颯太は、それを呆然としながら見送っていた。
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