第133話 帰っていく者たち

「あー。マジで死ぬかと思った」

「死んでましたもんね」

帰りの神鉄。

三木駅から電車に乗った法子と真理は、座席でぐったりしていた。

空飛ぶ円盤の騒ぎからまだ一夜しか経っていない。

グレイたちはリーダーのジョンだけを残して全員、円盤で退去した。三木市には現れないと約束させて。ジョンの方はぐるぐる巻きのまま、ウルフが宇宙戦闘機に乗せて連れて行った。属するコミュニティがあるらしい。そこで尋問するとかなんとか。グレイは邪悪だが実はあまり人間に害を与えない妖怪である。彼らは人間をおびえさせ、苦しめるのが最大の娯楽なのだ。殺傷は目的としていない。今回の事件で死人が出ていない(いや、1名出るには出たが生き返ったし)からこそではある。あの自動車の巨人もグレイたちが手当てをしたら息を吹き返し、ボロボロのまま自動車に戻って逃げていった。連中もリーダーが捕まった現在、その身を案じて大した悪事はできないはずだ。そもそもの個体数が絶対的に少ない妖怪にとって同種族は希少である。グレイのように群れる場合は特に仲間意識が強い。そうでない種族もたまにいるが。

何やら悪の宇宙妖怪たちの大きな連絡会が形成されつつあるようで、グレイたちはその一員としてウルフを追跡していたようだった。

ウルフは正を両親の下に返し、礼をして帰っていった。一方、法子の方は大変だった。いつまでたっても帰ってこない孫を祖父母が心配したのである。一家で探しに出ておりもう少しで警察沙汰になるところだった。どうやらその過程で佐藤家にも行ったらしく、そこで事情を聞いて余計大混乱となった。普通なら信じないところだが、佐藤家の生垣は破壊されていたし河川敷には自動車妖怪が擱座し、橋の下にはウルフの遮蔽スクリーンが置きっぱなしになっていた。祖父母らは信じた。宇宙から帰還したもののとなった法子の姿が火に油を注いだ。グレイたちの異形にも恐れず殴り掛かろうとしていた祖父や従兄を法子たちは苦労して止める羽目にもなった。血の気が多すぎる。

そうこうしている間に朝になり、そして今に至る。疲れた。祖父母の家では大騒ぎで寝るのも無理だからこうして出て来たのである。大丈夫だろうかあれは。口止めはしたが。まあ誰も信じまい。

「しっかし、人造妖怪かー。妖怪ってそんなに人間と似てるー?」

「部長。私のこと、人間じゃないって気付いてました?」

「あー。網野、どう見ても人間だもんなー。確かに」

「そういえば先生も妖怪は人間の亜種だって言ってた気が……」

「先生?」

「ほら。数学の山中竜太郎先生」

「あの人妖怪なん?」

「人間ですけど。でもあれ、下手な妖怪よりデタラメというか……関西最強の妖怪ハンターですから」

「……マジ?」

「マジです。

私の見てる前で四階から落とされたのにピンピンしてましたし。私が全然歯が立たなかった妖怪、格闘で圧倒しましたし。先月あのひと部室に行ったと思うんですけど、あの後私たち130メートルの怪獣と戦ってたんですよ。それで、先生、怪獣の目に閃光弾投げ込みまして……」

「ほんとに人間かそれー?」

「……たぶん。他にも、私は見てないんですけど十トンの山犬を投石と槍だけで倒したとか。神と2度も戦って生き延びてますし」

「人は見かけによらないなー」

明らかに異常な内容の雑談だが、もともとガラガラの電車である。何ら問題はなかった。いや、人が大勢いてもファンタジーか何かの話だと思われて終わりだろうが。

もっとも、そんな法子と真理の会話を聞いている者が皆無だったかといえばそうでもない。

「ふむ。なかなか興味深い。その山中という男。会って話したいところだな」

「―――そういえばなんであんた一緒に乗ってんだー。しれっと」

ふたりの向かいに座っていたのはドクター・アキレス。マッドサイエンティスト妖怪も暑さには勝てぬか、アロハシャツにハーフパンツ、グラサンにキャップ帽である。ぐるぐるな目が隠れても怪しさは大爆発だった。

「そりゃあ、お前さんの体の面倒を見なきゃあならんじゃろう。人造妖怪が1人だけというのはちょっと不満じゃがの。最低限の比較対象実験はできる」

「実験材料かーい」

「私がいた方が便利だぞ。何しろ試作品だからな。体に不具合が出たら困るだろう?」

「そりゃあそうだけどさー」

マッドサイエンティストの癖に正論である。

法子は掌をぐーぱーした。生身の体とほとんど遜色ない。感覚も、動きも。だがやはりどこか違和感は感じる。脳と皮膚以外全部機械にされてしまったのだから当然だが。

ちなみに真理と戦った時の戦闘用の外装と義体はオプションらしい。念じると格納された異空間から出てくるとか。ほとんど変身ヒーローである。かなり手ひどく破壊されたので回復まで時間はかかる。法子の体中にある分割線は体を異空間に格納してそこに戦闘用義体を挿げ替えるための構造だとかなんとか。人間相手なら内蔵された心理ジャマー(という名前がついているがもちろん妖術)と立体映像でごまかせるのが救いではある。

「それで、その山中という男の話していたという内容じゃが。妖怪が人間の亜種とはどういうことじゃ」

「えーと。最初を除くすべての生物は必ず進化する前の一個前の段階があって、妖怪から見れば人類がそこに位置しているとかなんとか。私もそんな詳しいわけじゃないんで本人に聞いて欲しいんだけど」

喰いついてきたドクターには真理もたじたじだった。めんどくさい、このマッドサイエンティスト。

「ま、よかろう。神戸に行けば会えるのだろう。楽しみに待つとするわい」

そうして、三人は電車に揺られ、三木市を去っていった。


  ◇


「それで、どうしてあなたがこの機体に乗っているのですか」

ジョンは、後席にいるはずの男へと尋ねた。

そこは宇宙戦闘機のコックピットである。そこで縄に縛られ、目隠しをされたジョンは座らされているのだった。目的地の場所を知られるのを防ぐための措置だ。

果たして。後席から、返答は来た。

「拾ったんだよ。そして俺は操縦できた。だから乗ってる」

「これはあなたの本来の乗機ではないはず。違いますか」

「ゲームではこの機体に乗ってるのは主人公で、ライバルキャラの俺は別の機体に乗ってるって?頭が固いな。単に俺は俺だけで生まれたし、こいつはこいつだけで生まれたってだけだよ。同じ世界観からの生まれだからテクノロジーも同じというだ。だから動かし方は分かる。後は訓練だ」

「ふむ」

「こいつと出会う前は色々と乗ったがね。空飛ぶ円盤は何種類飛ばしたっけかな」

かつてのウルフは、宇宙妖怪社会における雇われパイロットだった。その優れた腕前を買われて様々な宇宙船妖怪を飛ばしてきたのだ。しかしある時ただ一つの乗機を決め、そして宇宙の平和のための戦いに身を投じたのである。

「この機体と出会った時は運命だと思ったね。俺たち、人間の想いから生まれた妖怪にだって本来の乗機なんてもんはない。自分で人生を選べる。悪役という設定だって関係はない。それに背を向けた生き方を選んだんだ。それだけだよ」

「そうですか」

やがて機体が減速すると、衛星軌道上の物体とのランデヴー軌道に入った。

そうして接近していった先。遮蔽スクリーンを抜けた中には、巨大なドーナツ型の機械とそれに付随する構造が浮かんでいたではないか。

目的地であった。目隠しされたジョンには見えなかったが。

「さ。もう少しで着くぞ」

宇宙戦闘機は、構造物とドッキングすべく進んで行った。


  ◇


【三木市 佐藤家】


「お。あったあった」

武雄は、押し入れの中から段ボール一式を取り出した。

中身は二世代ほど前のゲーム機とそのソフトがいくつか。それを取り出し、テレビに接続。ソフトを挿入して準備は終了だった。

「さて。これで動いてくれるかな……」

一家の見守る前で、ゲームは起動。直線的な戦闘機をバックにした画面が広がった。

「あ!」

正少年が声を上げた。ウルフの戦闘機が映っていたからである。

しかし、足りないものもあった。画面に映っているキャラクターの中にウルフがいないのである。

「やってごらん。先に進めばわかる」

「うん」

父に促された正は、ゲームをプレイ。何度もミスを繰り返しながら先に進めた。

やがて、休憩をはさみ、眠り、日を跨ぎ、そして翌日になってようやく彼は、そのステージまでたどり着いた。

そこのボスは、こちらと同じ数の宇宙戦闘機。そしてそのパイロットたちのリーダーは———

「ウルフだ!」

正は、彼が何者だったかをようやく知ったのである。

会話シーンが挟まり、戦闘が始まった段階でポーズを入れる正。

「どうした?」

「お父さん。ウルフと戦えないよ」

「大丈夫。やってごらん」

そうして、ウルフに何度も負けながらも勝利を掴んだ時。

ウルフたちのチームは、捨て台詞を吐いて撤退していった。

「彼らはこの後のシリーズに何度も出てくるライバルなんだ。父さんも何回もやられたっけかなあ」

「そうなんだ」

「思えば、父さんたちの想いが彼を産みだしたのかもしれない」

やがてラスボスを倒し、ゲームクリアーする正。

ふたりが窓から外を覗くと、もう夜だった。星空が見える。

「世界は不思議だなあ」

「そうだね」

「でも一つ分かったことがある」

「なあに?」

「流れ星に願いを3回言えたら叶う。ってことさ」

そうしてふたりはゲームを片付けると、一日が終わった。

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