第131話 チップと洗脳
「部長!正気に戻って!!」
後輩の叫びにも、法子は無反応だった。
彼女の頭の中を占めるのは命令への服従。それだけだ。奴隷化チップは命令に反する疑問を片っ端からキャンセルしていたからである。だから後輩と戦うことにも拒否感はない。ごく当然のこととして従う。
背中に増設された副腕を伸ばす。突っ込んで来た鉄のキューブを受け止める。もう片方の副腕でもキャッチ。だいぶ慣れて来た。あやとりができる日も遠くはない。手の中で暴れるキューブを押さえつけながら前進する。戦闘用に換装された義足を展開し、非人間的な関節構造を実現する。高くなった視座より敵を見下ろす。パラリンピックのアスリートが健常者の世界記録を塗り替えるように、この脚の速度は人間を超えることを可能とする。踏み込む。蹴りを入れる。回避した後輩が銃のマガジンを取り換えた。頭部装甲を再び閉じる。一連の銃声と共に装甲が火花を散らした。更には左右から残るキューブ。フットワークで避ける。恐れるに足りない。火器を使えば早いが、船を傷つけるのは禁止されている。敵を追い詰める。殴りつける。敵が飛び下がった先は、展開していたハッチ。追いかける。宇宙空間へ飛び出す。無重力に。問題ない。法子の全身には推進器が組み込まれている。対する後輩は何の装備もない。いい的だ。腕を向ける。両足の爪で船体をがっしり掴む。右腕のガトリングガンを向ける。斉射。
強力な攻撃は、空を切った。
「―――!?」
後輩は、空中に生じたエフェクトを踏み台にして跳躍。円盤の突起に身を隠した。
追いかける。掴んだままだったキューブを投げ捨てる。ブレードを展開。接近戦ならたやすく後輩を料理してやることができる。
空中から後輩に襲い掛かる。再び飛び上がって回避する敵手。それを追いかけ、法子が跳躍したところで―——
「―――正くん、撃って!!」
真理の叫びと共に、横手から閃光が走った。かと思った瞬間、全身に凄まじい衝撃。
宇宙戦闘機のブラスターの直撃を受けた法子は、そのまま吹っ飛ばされた。
◇
「くそ。しょせんは子供か!」
ジョンは地団太を踏んだ。被験体は全身を機械化されたとはいえ、素人の女子高生に過ぎない。まさかあそこまでたやすく敵の罠に引っかかるとは!
とはいえ悪いことばかりではない。あの眼鏡の少女も船体から離れた。この隙に攻撃隊を出して宇宙戦闘機を制圧しなければ。
命令を下そうとしたジョンは、突然生じた火花に身を庇うこととなった。
「―――!?なんだ!」
「敵です!!」
見れば、ブリッジの入口から覗いているのは光線銃。グレイたちのものとはデザインが異なるが、それは明らかに強力な威力を発揮していた。光線が放たれるたびにグレイたちが悲鳴を上げ、ブリッジのそこかしこで何かが壊れるのだ。
一瞬だけ見えたあの、毛に覆われた腕はまさか。
「スター・ウルフ!逃げ出したか!!」
「おかげ様でね。今度からもっとしっかり身体検査するんだな!!」
扉の向こうから返事が来た。おまけの銃撃も。オペレータが悲鳴を上げて足を押さえた。その射撃は正確無比なのだ。
「どうだい。降参するか!!」
「誰が!!」
「じゃ、降参したくなるまで待ってやるよ!」
軽口の間にも銃撃が飛び交い、グレイたちの負傷は増えていく。同じ宇宙人妖怪と言っても戦いにおいては格が違った。グレイたちは人間を恐怖させることに快楽を覚える邪悪な妖怪なのに対して、ウルフは宇宙戦闘機を乗り回す生まれながらの戦士として具現化したのだ。
それでも、共通する部分もある。
「正義の味方気取りが!どうして我々の邪魔をする。お前とて悪として生まれたのだろう!?」
「バカか。一度生まれた妖怪は一人歩きを始めるもんだ。お前たちこそなんで人間のステレオタイプに縛られてる!」
平行線だった。
ウルフはシューティングゲームにおける主人公のライバルとして生まれたキャラクターだ。悪の道を歩むのが奴の本来の姿だというのに!
怒りに燃えるジョンは、光線銃を放とうとして。
身を乗り出したところで、肩を撃ち抜かれた。
「ぎゃあ!?」
「もう一度聞く。まだやるのか」
「……くそ!みんな銃を下ろせ。
降参する!」
ジョンが銃を投げ捨てる。他の者達もそれに続いた。
それを確認し、油断なくウルフが姿を表す。
彼はモニターで外の様子を確認すると呟いた。
「あとはこっちか……」
外の戦いも、決着が付きつつあった。
◇
真理はバリアーの中から飛び出した。空気が無くなる。あらかじめ開いていた口から空気が抜けていった。閉じていたら肺がパンクだ。人体は短時間なら真空に耐えられる。それより頑丈な真理ならしばらくは保つだろう。
エフェクトを呼び出して蹴飛ばす。減速し、追尾してきた法子の体にぶつかる。装甲に覆われた全身はボロボロだった。宇宙戦闘機のブラスターで撃たれたのだから無理もない。二人で戻らなければ。
二人の重心軸を見計らい、アサルトライフルを構える。撃ち尽くす。反動で少し速度が落ちた。足りない。キューブを呼び寄せる。そいつで自分たちを押す。ようやく反対方向に動き始めた。不味い。息が切れてきた。早く。早く。
そうこうしているうちに気圧が復活。深呼吸する真理。死ぬかと思った。
ゆっくりと空飛ぶ円盤の外に着地した真理と法子。
息を整え、起き上がった真理は法子の頭を包む装甲に手をかけた。激しい電磁効果の中、ようやく装甲の電子系にアクセスする。手応えが変だ。やはり妖怪の力で作られた物だからだろうが、電子機器は真理の領分でもある。こうなれば後は、法子を改造した妖怪との力比べだった。
装甲の奥深くに手を伸ばす。法子の脳を優しく包み込む。傷付けないよう慎重に。そうして、制御系を探す。
目的のものはすぐに見つかった。脳の奥深くに挿入されたチップ。下手にいじるとどうなるかわからない。スイッチのみをひとまず切る。
「部長。聞こえますか。部長」
へんじがない。
真理は頭部装甲を展開させた。虚ろな瞳をした法子の頭部が露となる。髪がベリーショートに刈り込まれ、表情には快活だった面影が全くない。
「部長。部長!!」
そこで、法子の目に再び光が灯った。眼球を流れていく文字は起動画面なのだろう。やがてそれが終わった時。
「ぁ……網野…?」
「部長!正気に戻ったんですね!」
「ぅ…ぁ………ょぉ」
「え?」
「痛いよう……痛くないとこがないよぉ……」
身を縮める法子。頑強で巨大な装甲に包まれた全身は、か弱く震えていた。
「こんな痛いの…死んじゃったほうがましだよぉ……網野…お願い、殺して……」
「な―――なに言ってんですか部長!らしくないですよ!必ず助けますから、いつもみたいにどっしり構えてて下さい」
「無理……死にたい…」
「駄目です!いいんですか、そんなこと言って。このままじゃ部長、天文学部の歴代部長の中で唯一宇宙人に屈した部長になっちゃいますよ!!」
「ぁ…なに…いってんの……ぷっ…」
震えながらも、真理のことばに吹き出す法子。
「なんとかします。だから待ってて下さい!」
「……わかった…でもあんま長くは、保たないかも…」
そうして、真理が再度円盤に突入しようとしたときだった。ハッチからぞろぞろと、両手を上げたグレイたちが現れたのは。
ぽかんとする真理の目の前で最後に出てきたのは、肉食獣の特徴を備えた精悍な若者。
光線銃をグレイたちに向けた彼はこちらを向くと、人好きのする笑みを浮かべた。
「やあ。お嬢さんがた。助けが必要かい」
「え…あなた、ウルフ?」
「その通り。俺は人呼んでスター・ウルフ。騒ぎに乗じて船を制圧した。
こいつらを縛るのを手伝ってくれ。そうしたら、そっちのお嬢さんの治療をさせよう」
「は……はい!」
もちろん、真理に異論はなかった。
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