第130話 変わり果てた者
「敵、ハッチに取り付きました!」
部下の悲痛な報告に、ジョンは歯噛みした。
空飛ぶ円盤は妖怪とはいえれっきとした宇宙船だ。デリケートな機体が大きく破壊されれば困ったことになる。地球に落下して全員死亡すらあり得た。
モニターに映っている敵は先ほどの眼鏡の少女。生きていたのだ。強力な妖怪なのだろう。少なくとも、円盤の光線を受けて生きていられる程度には。
この騒ぎに手術室から出てきた白衣の人間―――もちろん本性は妖怪―――をつかまえ、怒鳴る。
「ドクター!実験体はもう使えますか!!」
「お、おお。やるのか!?」
「ハッチを開けます、実験体をぶつければなんとかなるかもしれません!!」
ジョンたちのやり取りに割って入ったのはオペレータ。
「む、無茶だ!まだ試運転もしてないんですよ!?」
「やかましい!奴はさっき円盤の破壊光線を食らったのにピンピンしているんだぞ!?ストーカーもヤツにやられた、我々の光線銃くらいで倒せると思うのか!?」
「そ……それは……」
「分かったらハッチを開けろ!奴に壊される前に!」
最後は絶叫に近くなったジョンの命令に従い、ハッチが展開された。
◇
一方の真理は、敵からやたら過大評価されているなど知る由もなかった。円盤の電磁効果で袋入りスマホは機能停止寸前である。幸い、宇宙戦闘機に積まれていたコンピュータ類は使えるが。電磁効果対策に金属のメッシュで覆われていたからである。もっともそちらを使うのは最後の手段だ。宇宙船のコンピュータのデータなどに手を付けたら、何が起きるかわかったもんではない。
そんな有様だったから、眼前のハッチが勝手に開き出した時には警戒心を最大にすることになった。
中を慎重に覗き込む。暗い。スマホから取り出したアサルトライフルを構えて突入する。中は奇怪な内部空間だった。用途も分からないパイプ類が壁を這っている。あまり洗練されたデザインとは言えないだろう。その意味では最近のデザインである宇宙戦闘機の方がずっとスリムだ。
中は幸いと言っていいか、人工重力が働いていた。意外と広い。空間がねじ曲がっているのだろう。円盤を一周する通路なのかもしれない。奥の扉が開き始める。
そこから出て来た者を見て、真理は息を呑んだ。
それは、人型の機械だった。ほっそりとした胴体に比して肥大化し、巨大な四肢。顔面が装甲に覆われた大型の頭部。背面から上下に伸びている大きな機械は翼?それともアームか?全体としてはそれは、人間の末端部を無理やり大型化したロボットのように見えた。パワードスーツではあるまい。あんな関節構造の中に人の手足は入らない。宇宙人妖怪のテクノロジーで作られたのか。
とっさに引き金を引く。対するロボットは前かがみ、どころかほとんど伏せるほどに姿勢を下げて防御。真理が放ったマガジン一個分の弾丸はその大半が命中し、頭部をはじめとする装甲に弾かれる。
「―――!」
攻撃をやり過ごしたロボットは、縮めた全身のバネをフルに解放すると飛び出した。装甲と武装込みで500kg近い質量が時速100キロ以上の速度で突っ込んでくる!
咄嗟に転がった真理の横でロボットは急停止。ハッチに引っ掛けた両腕と背中のアームを駆使し、こちらに向き直る。
この段階で真理は悟った。フィジカルではこいつには絶対に勝てない。パワーもスピードも防御力も桁違いだ。妖術で対抗するしかない。
スマートフォンを突っ込んだポテチの袋を構える。隙間から引きずり出してきたデータの流れを鉄のキューブに再構築して構える。一つだけではない。2個。3個と増やしていく。四つ目のキューブを準備した段階で、ロボットは殴り掛かってきた。
「こんにゃろ!!」
やられる前に殴る。殴る。殴りまくる。数十キロの鉄塊でひたすらに何度もブン殴る。装甲が頑丈でなかなか倒れない。竜を出したいところだがこの電磁効果下では無理だし、やれば力尽きるからどちらにせよできない。とにかく手持ちで何とかするしかない。
それでもひたすらに相手を殴り倒したところで。
どうっ。
とうとう、ロボットが壊れたか。起き上がろうとしてひっくり返った。壁にもたれかかるようにこちらを見ている。念のためにもう一発、頭部にキューブをぶち当てる。
それで限界だったか、頭部装甲が展開して中身が露出した。
「―――え?」
真理は、動きを止めた。ありえないものを見たからである。
「……部長……?どうして……?」
装甲の隙間から虚ろな瞳でこちらを見つめていたのは、ついさっき別れたばかりの法子だった。そもそも真理は彼女を助けに来たのだ。それが、こうして対面するとは。
呆然とする真理の耳に飛び込んで来たのはマイクを通したらしいくぐもった声。この円盤の主だろうか。
『ようこそお嬢さん。出迎えはお気に召してくれましたか。どうやら彼女はあなたのお知り合いのようだ』
「あんた、さっきの。部長に私を倒させるつもりだったみたいだけどあてが外れたわね。彼女は連れて帰る。あんたたちをボコボコにした後でね」
『ははは。威勢がいいのは結構なことだが、彼女は君が倒したストーカーとはレベルが違うぞ。すぐに再起動する』
「再起動?あんた、部長をロボットか何かみたいに……!」
『当たらずとも遠からずといったところかな。何しろ彼女はもう人間ではないのだから。
さあ、実験体よ。その女を抹殺するのだ!』
振り返った真理は、見た。法子の瞳に紅い光が灯り、無数の文字が流れていく様子を。
「―――嘘。どうして」
『ここに運び込まれた時、彼女はもう死んでいた。それを蘇らせてやったのだ。まあ、脳と皮膚以外の臓器は残っていないがね。ほぼすべてが機械だ。感謝してほしいくらいだよ』
やがて再起動を終えた法子は立ち上がると、再び身構えた。
この段階でようやく真理は思い出す。宇宙人にまつわる都市伝説の一つを。誘拐した人間に人体実験を施す邪悪な宇宙人が存在することを。
「あんたたち―——グレイね」
『ご名答。当たっても賞品は何もないがね。さあ。反撃することもできず、友人に嬲り殺しにされるがいい!』
表情を失った法子を前に、真理は後ずさった。
◇
ウルフは、外の様子をじっとうかがっていた。
先ほどから続く振動は戦闘によるものだろう。誰かがこの船と戦っているのだ。好機である。頭の体毛の中に埋もれたヘアピンを抜いた彼は自分を束縛する手錠の鍵穴に突っ込むとガチャガチャ。そうして格闘すること数分、やがてガチャリ。と手錠が外れる。妖怪を武装解除するのは無意味とはいえ、まさかろくな身体検査もしないとは。
息を潜める。敵の注意は外に釘付けのはずだ。とはいえまだ早い。タイミングを見計らわなければならない。
そうして、しばらく待ったあと。ひときわ酷い衝撃が起き、そして揺れは止んだ。戦いが終わったのだ。少なくとも、船の外では。
扉の横にあるパネルを操作する。扉が開く。顔を出す。誰もいない。―――いや。反対側から音がする。激しい格闘の音が。誰かが乗り込んできたのだ!
事態を把握したウルフは素早かった。この機に乗じてブリッジを占拠せねばならない。隠していた光線銃を取り出す。大丈夫。このタイプの円盤の内部構造は知っている。
ウルフは、走った。
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