第117話 産声
マテウスは二丁拳銃を構えた。引き金を引く。その寸前、踏み込んで来た静流の手が伸びる。銃弾は明後日の方向に飛んでいった。静流が自らの両手をふたつの銃剣に突き刺して銃口を逸らしたからだ。頭からのタックルを後退して回避。銃剣が抜ける。距離を離す。引き金を引く。店舗の陰に逃れた静流を外れ、銃弾とは思えぬ威力が柱をえぐった。マテウスの半身である悪魔としての部分。その魔力によって形作られた弾丸は万物を破壊するのだ。
「おらぁ!!」
投げつけられたテーブル席を銃撃。砕け散ったその向こうから突っ込んでくる静流に照準を合わせる。撃つ。
必殺の一撃は、静流の太腿を砕いた。二発目は外れる。静流が勢いを殺さず前転してきたためだ。そして足元にたどり着いた彼が、マテウスの脚に組み付こうとして。
「チェックメイトだ」
側頭部目がけ、拳銃が発射される。
必殺の一撃は、見事静流の頭蓋骨に命中した。
「―――あ……」
しばし呆然としていた静流だったが、ややあって。そのまま、横倒しとなった。死んだのだ。
「……すまない。ことが済めば君たちのために祈ろう。犯した罪を償うために生きていくことを誓う。だから―——さらばだ」
敵を倒したマテウスは踵を返した。目的地に向かわねばならない。願わくばあと一人。ノドカ=藤森だけの犠牲で済むことを願いながら。
そんな彼が足を止めたのは、背後で気配がしたからである。
「……待てや。まだ決着はついてへんで」
「―――!?」
見れば、立ち上がりつつある静流の姿。馬鹿な。ありえない。頭を銃弾で―——それも、戦車砲に匹敵する貫通力で撃ち抜かれてなお死なぬとは。
しかしそれは現実の光景であった。静流少年は回復しつつある太腿に鞭打ち、こちらに対して身構えたのである。
「さあ。最初は俺。今度はお前が必殺技ぶち込んだ。じゃあ次はまた俺の番でええわな?」
底知れぬ敵の実力に、マテウスは戦慄する。
「行くで。第三ラウンド、開始や」
◇
―――幾つか俺の隠し玉を見せてやる。見せるだけだ。やり方は自分で考えろ。ノドカを助けに行くんだろ?
静流は、ほんの一か月前の会話を思い出していた。その時に見た、建御名方の切り札の数々。ここしばらく、特に重点的に研究していた奥義のひとつを。
硬気功。体内で練り上げた神力によって外力に抗し、攻撃から身を守る絶技。元々は大陸の神仙が用いる技を建御名方がアレンジしたものらしい。さすがは2000歳の武神といったところか。ぶっつけ本番だったがうまくいってよかった。それでも衝撃で意識が一瞬飛んだが。
今の静流がそう多用できる技ではない。タイミングを攻撃に合わせねばならぬ。難しい。だが、助けにはなる。
構える。腰を低く落とす。両腕は顔の前に水平に並べる。スリットのように開いた隙間から、相手の銃口だけをしっかりと観察する。大丈夫だ。あの拳銃はパワーこそすさまじいが反動も凄い。先ほどから何発も撃たれているから分かる。マテウスの腕力でもそれを抑え込むのに精いっぱいでマシンガンのような連射はできない。
マテウスもそれが分かっているのか撃ってはこない。もはや互いにうかつな攻めはできなかった。
時間だけが過ぎていき、やがて。
からん。破壊された柱から、破片が転がり落ちる。
その音に触発され、二人は動き出した。突っ込んでくる静流に対して立て続けに二丁拳銃が放たれ、弾丸が腕の表面に当たって潰れる。そうして霧散していく光景にもマテウスは下がらずむしろ踏み込んだ。
突き出される銃剣を、静流は肘で下げて胴体で受け止める。深く突き刺さって固定された銃から更に弾丸が発射され、体を貫通していくが止まらない。頭部を守るという役目から解放された静流の両腕がマテウスの首を鷲掴みとする。力が込められていく。凄まじいパワーが締め上げる。そうだ。投げが駄目なら関節技か。寝技。あるいは締め技を使うのだという武神の教え。それに静流は従っているのだ。
もはや貫通するばかりで効果のない拳銃を諦め、マテウスは静流の両腕を掴んだ。その剛力で引きはがそうとするが、パワーそのものは静流の方が上。引きはがすことはできない。急速にマテウスの意識は遠のいていく。
しかし静流の体力にも限界が近づきつつあった。溶岩虎との戦いからずっと再生を繰り返し、神力を使いすぎたからである。もはやどちらが先に意識を失ってもおかしくはなかった。
やがて。
マテウスは力を失い、それに続くように静流も力を使い果たした。床に倒れ込む両者。
相討ちであった。
梅田ダンジョンに、しばしの静寂が訪れた。
◇
「ぅ……」
マテウスは目を覚ました。周囲は暗い。あたりを照らす術の効力が切れたのだろう。何も見えない。いや、わずかな灯りが視界の隅に入った。そちらを向く。
こちらを見下ろしていたのは、金髪の女だった。
「あら。ようやくお目覚め?さんざん暴れて楽しかった?ねえ、マテウスくん」
見覚えのない女。だがその顔立ちにはどこか、知っている面影がある。
だからマテウスは、尋ねた。
「あなたは……何者だ」
「当ててごらんなさい。たぶんあなたは私の名前を知ってる。会うのは初めてにしてもね」
女は、どうやら静流を助け起こしているようだった。ボロボロになった彼の傷を手当し、楽な姿勢を取らせてやっているのだ。
対するマテウスは全くと言っていいほど動けない。こっぴどくやられたせいだろう。
「分からない?ならヒント。あなたが私のことを聞いたとするなら、父親から。あるいは家令かも。彼をあなたがなんて呼んでたかは知らないけど、私はクィントゥスと呼んでた。最近はエシュと名乗ってたみたい」
「……あなたは、マリアか?馬鹿な。あなたは死んだはずでは」
マリア。父マステマの最初の子。千年ほど前に死んだと聞いていたが。
マテウスは、呆然としていた。そんな彼をマリアは笑う。
「そうね。死んだ。十歳の若さでね。生き返るまで何十年かかったんだろ。その後地獄だったわ。父さんも
それだけじゃあない。こうして不肖の弟たち妹たちの面倒も見なきゃいけないなんて勘弁して。ただでさえ父さんが残した迷惑な組織を叩き潰すので忙しいのに」
「あ———あなたは分かっているのか。親父がしたことを。ネフィリムを殺さなければ大変なことになると!」
「分かってる。けど大した問題じゃあないわ。罪のない女の子の命の重さに比べたらね。
「……ネフィリムを、生かすと?」
「その通り。なんとかなるわ。この世界は存外、いい加減にできてるから。私たちの存在を許容する程度には」
「なんて楽天的な人だ、あなたは……」
「あなたが悲観的すぎるのよ。みなさい。あなたと相討ちになった男の子を。彼は天乃静流。たった一か月ちょっとであなたを倒せるまでの域にたどり着いた、ただの人間」
「……人間?
「そう。彼は武神建御名方のもっとも新しい弟子よ。弟子入りのきっかけは、父さんたちと戦うため。何とか出来ると信じて戦い、多くの人の助けを得て、彼は本当にそれをやり遂げた。今もまた、こうしてね。
それと引き換え、あなたはこの体たらく、何。今幾つ?」
「ひゃ、百四十三歳だが……」
「そんなに生きてて十四歳の男の子に負けたの?恥ずかしくない?生きてて辛くない?」
「そこまで言われる筋合いはないな!?」
「言う権利はあるわよ。何しろ私はあなたたちのお姉さんなんだから」
きっぱりと告げると、マリアは静流の手当てを終えた。マテウスに体ごと向き直り、その姿勢を変えてくる。
「さ。あなたを生かすよう努力はするわ。これ以上馬鹿は許さないけどね。あなたたちが撃った人が生きてることを祈りなさい。もし死人が出てたら、私も庇いきれないから。
動ける?」
「……無理だ」
「でしょうね。手当てするわ。動ける程度までは。その後は勝手に脱出するなり何なりしなさい」
マテウスの体がゆっくりと寝かされる。そうして応急処置を始めようとしたとき、マリアは顔を上げた。
「……聞こえる?産声が」
「……ああ。聞こえる。これは……産まれたのだな。ネフィリムが」
「ええ。弟かな。妹かな。どっちだろ」
「どちらでも構わない。よい子に育ってくれるのであれば。そうじゃないのか。マリア姉さん」
「お。千年生きててお姉さんって初めて弟から言われたわ。これは記念日にしなきゃ」
「本当に元気な人だ、あなたは」
「まだまだ心は若いの。あなたと違ってね」
そしてマリアは、廊下の奥を見つめた。見つめながら告げた。
「さあ。祝福しましょう。新しく生まれた命を」
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