第116話 天使と二丁拳銃
【梅田ダンジョン 狸夫妻の家】
地下街が、揺れた。
梅田ダンジョン。この隠れ里は巨大である。それが揺れるなど、尋常な出来事ではない。だから、ここに住まう者たちは敵が近づいていることを悟っていた。
「まずいのう。かなり近いぞ」
狸のお爺さんの言う通り、振動はかなり近くから伝わってきていた。大規模な戦闘が起きているに違いない。しかし。
「いえ。そうとも限りません。戦いが起きてます。つまり、敵にも戦う相手がいるんです。たぶん助けが来たんだと思います」
「なるほどのう。とはいえ、絶対に助けが勝つとも限らん」
「確かに。どうしましょう」
「ま、この老骨を少しばかり酷使してみるとするかのう」
告げると、お爺さんは家の外に出た。そして空中で一回転すると
途端にお爺さんが変じたのは、壁だった。家の前の廊下を行き止まりとしたのである。
「これでしばらくは時間が稼げるじゃろ。お嬢さんは奥でお産を手伝ってやるんじゃ。誰か来たらその時は味方かどうか教えてくれりゃあええ」
「分かりました。お願いします」
雛子は深く頭を下げた。それ以外に感謝を表す術はない。
頭を上げると、雛子は家に飛び込んでいった。
◇
静流は、もう何度目か分からない曲がり角を曲がった。
手にしている芽はノドカのいる方角を常に指している。しかしその方向に道が常にあるわけではなかった。時に大きく迂回することもしばしばだ。それでもないよりはある方がいいに決まっていたが。
そんな彼だったが、前方に灯りを確認する。こちらのスマホよりかなり明るい。ありがたい。そろそろ電池も心許なくなってきた。敵にせよ味方にせよ、電池が切れる前に遭遇出来て助かった。
遮蔽を取る。相手ももう気付いているだろう。声をかける。
「こっちは神戸コミュニティの静流や。あんた誰や!?」
返答は、銃声。敵で確定だ。廊下を走る。腕と武器で頭を庇う。相手の姿が見えて来た。金髪の男だ。拳銃を抜いたそいつは、こちら目がけて再び引き金を引いた。
衝撃。
正確な射撃は、頭を守るククリナイフに弾かれていった。便利と思いながら肉薄。最後の3メートルで跳躍。銃弾がまた一発、無駄になった。ドロップキックをぶちかます。敵はするりと回避。床に転がったこちらの胴体目がけて発砲してくるのを転がってかわす。勢いで起き上がる。
四発目の銃弾が、こちらの胸板を貫通するのも構わず切りかかる。
「―――!?」
振り下ろしたククリナイフが拳銃を銃身から切断する。よい切れ味だ。そのまま間合いを詰める。振り回す。相手はもはや無手だ。そのうち切り殺せる。
そんな予想は、しかし覆った。敵手が取り出した長剣によってククリナイフが受け止められたからである。
「―――思い切りはいい。しかし剣は素人のようだな」
「はっ!代わりに銃弾喰らうのはめっちゃ玄人やで。もう何発喰らったか覚えてへんわ」
肺が再生する。銃弾を吐き出す。気持ち悪い。治癒力が千人力なおかげでほとんど不死身なのはありがたい。敵の言う通り素人でも生き延びられる。
力を込める。鍔迫り合いだ。相手は微動だにしない。技量だけでは説明がつかない。腕力は互角とはいかないまでも、かなり強い。と思った瞬間、剣が動いた。体の前を開かれていく。危険を察知した静流は飛び下がった。そこへ剣が突き込まれる。まずい。治癒力がいかに高くても首を刎ねられれば一巻の終わりだ。連続攻撃を下がりながらかわす。致命傷だけは避ける。負傷は治癒力に任せて無視。呼吸を整え神力の循環を高める。
そうして下がり続けた結果。背中にぶつかったのは、壁。
これ以上逃れられない。男の剣が迫る。
だから静流は覚悟を決めた。まっすぐに前進すると、体で相手の突きを受け止めたのである。根本まで腹部に突き刺さる刃。
「―――!?」
敵手の驚愕した表情を間近に確認しながら組み付く。持ち上げる。フルパワーで投げ飛ばす。
必殺の一撃は、完璧な形で決まった。金髪の男を見事、床に叩きつけたのである。凄まじい破壊力であった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
剣を抜くと、静流はそれを投げ捨てて踏み砕いた。呼吸を整え、回復を促す。さすがにこの短時間で何度も再生を繰り返すと体力の消耗も激しい。
建御名方の教えを思い出す。武神が強敵を倒す際は、投げ飛ばすのだ。それ以外では決着がつかないほど、神は頑丈だから。
「覚えとけ。こういうのを肉を切らせて骨を断つっていうんや」
「……いいだろう。覚えておこう」
静流は、愕然とした。金髪の男はぴくり、と身動きすると起き上がったからである。
「……嘘やろ」
「……なかなかの威力だ。しかし場所が悪かった。床が脆すぎる。ここが下にまだ階層の続く地下街の床ではなく、しっかりとした地面だったなら、私に致命傷を与えられたであろう」
この時静流は初めて、相手が日本語をしゃべっていないことに気が付いた。恐らくそれはポルトガル語。ノドカが時々父親と話すときに使っているのを聞いたことがあるから分かる。にもかかわらず、その内容ははっきりと理解できる日本語として認識できるのだ。
まさか、こいつは。
「天使―――嘘やろ。なんでや」
翼を広げ、光輪を戴く金髪の男を呆然と見ることしかできない静流。ありえない。天使たちは味方のはずでは。
対する男は首を振ると、答えた。
「私は純粋な天使ではない。我が名はマテウス。悪霊の王マステマを父に持つ半天使だ」
「―――!!」
静流が砕いた剣の柄が浮かび上がり、マテウスと名乗る半天使の手に再び収まる。更には砕けた刀身の欠片も、反対側の手に。
「そして私の母は人間ではない。父が孕ませたのは———悪魔だ」
マテウスの手から炎が膨れ上がった。地獄の底から湧き上がる、劫火が。
それは破壊された剣を飲み込むと溶かし尽くし、そして異なる形へと再生する。
そう。銃剣が備わった二丁の拳銃へと。
「天乃静流。君の名は知っている。ノドカ=藤森をもっとも近くから守る
ノドカ=藤森のこともそうだったろう。その点については深くお詫びを申し上げる」
劫火はマテウス自身すら飲み込んでいった。それは彼の左半身に宿り、その美しい姿を歪めていったのである。
翼の半分が、白い天使のものからフクロウにも似た、魔神のそれへと変わっていく。
「しかし私は君を倒して前に進まなければならない。ノドカ=藤森を殺し、その胎に宿ったネフィリムを滅ぼすために。父の妄執に世界を付き合わせるわけにはいかない。残念だ」
そして、変化が完成する。天使と悪魔。相容れない二つの種族の翼を左右から広げ、左半身に地獄の劫火をまとい、銃剣付き二丁拳銃を携えた異形の妖怪が顕現したのである。
マテウスが放つあまりに強力な霊気に、静流は気圧された。
「さあ。死力を尽くすがいい、天乃静流。私はそれを乗り越えて先に進んで見せる」
戦いの第二ラウンドが始まった。
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