第二章 スーパーロボット シグマ=トリニティ編

第88話 危うし!スーパーロボット Σ=トリニティ

【大韓民国釜山港 戦略原子力潜水艦「ケンタッキー」コンピュータワールド内】


どこまでも続く街並みだった。

大小様々な直方体のビルが立ち並ぶそこは、現実の空間ではない。いや。その世界は確かに実在してはいた。しかし人類の大半がその存在を知らない、あるいは空想の産物と認識している特異な空間であったのだ。

電子妖怪たちによって、コンピュータワールドと呼ばれる場所だった。

ビルの一つ一つはプログラムやデータ構造であり、街路を通じてそれらの情報はやり取りされていく。人間の存在しないこの世界も、やはり人の世界を反映しているのだ。それは活発に活動しているように見えた。

その、静かな喧噪が破れた。突然の闖入者によって。

宙を舞ったのは、何万トンもある百メートルの構造体。放物線を描いた小山の如き存在は、三百メートル以上も飛翔し落着したのである。いくつものビルディングを巻き添えにして。

としたそやつは、巨体に似合わぬ素早さを発揮。動作を一時中断すると、真横に

それが、彼の生命を救った。

一瞬前までのいた場所を通り過ぎていったのは、巨大なのこぎり状の円盤。紫に輝くエネルギーでできたそれをまともに喰らえば真っ二つとなっていたに違いない。円盤の転がっていった先で今、まさに犠牲となったビルディングのように。

極めて巨大で強力な妖術であった。

が、今度こそ身を起こす。

機械だった。

赤。青。黄。三色に塗り分けられた、箱型のパーツを様々な部品でつなぎ合わせることでできた巨大ロボットである。足の後ろにいくつもタイヤが並んでいたり、背中から左右の肩越しに巨大なドリルが二本伸びていたり。全体としては、ヒーローものの特撮に出てくるようなデザインである。直線的なのはポリゴンだからだろうが、もちろんそれは単なるデータ上の玩具ではない。この世界においては現実の破壊力を備えた超兵器なのだ。

が向き直った先。この区画の中枢コントロールセンターを背にしていたのは、怪獣であった。それも、ロボットよりなお大きい。130メートル以上はあるだろう。四肢を持ち、やや伸びた首と200メートル以上はある尻尾。直立した恐竜を思わせる風貌であるが、銀色の体躯は各所からクリスタル状の構造が伸び、巨大な爪と鋭い牙が目を引いた。

そいつは腕を紫に輝かせると、円を描くように一周する。そうして出現したのこぎり円盤を怪獣は、それを前に。ロボット目がけて。

対する巨大ロボットは避けなかった。代わりに彼は両腕を前に出すと、そのごつごつした円筒形の指を向けたのである。

それが、火を噴いた。

指から放たれた無数の光弾はのこぎり円盤に命中するとすさまじい勢いで削り取っていく。まもなく完全に破壊するだろう。そう見えた。

しかしそれでは不十分だった。何故ならば、のこぎり円盤を投じた怪獣は自らもまたしていたからである。円盤に手一杯だったロボットは、対処が遅れた。

強烈な、衝撃。何万トンもある質量同士の激突は、単にロボットにダメージを与えただけではない。世界全体をも揺るがしたのである。もしもこれが物質世界の都心部で起きれば、マグニチュード8クラスの直下型地震にも匹敵するほどの被害が生じたであろう。

巨大ロボットは

そこへ、怪獣は組み付く。抑え込む。そうして動きを封じてから、牙でのである。ロボットの首筋へと、邪魔なドリルを跳ね上げて。

強烈なコンピュータウィルスが、傷口に流し込まれた。

それで、おしまいだった。突き飛ばされたロボットが何歩も。ビルディングに背中からぶつかる。跪く。

それでもなおファイティングポーズを取ろうとしたは、やがて凍り付いた。足元から広がってきたノイズが、まるで苔のように体を覆い始めたのだ。

巨大ロボットが、コンピュータウィルスに冒された証拠だった。

敵手が死につつある様子を見届けた怪獣は、この世界の中枢へと戻っていく。そこを守り、時が来ればスイッチを入れることがそいつに与えられた使命だったからである。

勝敗は決した。怪獣はそう思っていたに違いない。

事実、その通りではあった。ある一点―――敵が、一体ではなかったという点を除けば。

巨大ロボットの装甲の隙間に潜んでいた存在は、機能停止しつつある相棒へ必死に呼びかけた。

「おい。死ぬな。お前さんがいなきゃあ、俺っちにはどうすりゃいいか分からねえよう」

『……ぅ……。ゴンザ。君は逃げろ。今なら奴に気付かれずに脱出できるはずだ』

「そんなこと言ったってよお。あいつを止めなきゃ物質世界リアルワールドは無茶苦茶になっちまう。そうしたらコンピュータワールドだって無事じゃあ済まねえ」

『……すまない。わたしはもう駄目だ。奴は強い。パイロットを欠き、傷ついたわたしでは奴に勝てない。壊れた本体を修理してくれる仲間もいない。だから、君は物質世界リアルワールドへ行け。助けを呼んでくるんだ』

「助けって、誰を……」

『闇の女帝』

その名に、ゴンザと呼ばれた小妖怪は絶句した。二人の共通の知人であり、ライバルであり、かつてコンピュータワールドに支配者として君臨していた伝説の大妖怪。彼女とはもう十五年以上会っていない。今は、物質世界リアルワールドにいるということしか分からない。

『彼女なら奴に勝てるかもしれない。そうだろう』

「そうだけどよぅ。どこにいるかわからねえよぅ……」

『それでも、我々には他に手がない。行け、物質世界リアルワールドへ。そして彼女を連れて戻ってくるんだ。奴が、核ミサイルを発射する前に……!』

そして、巨大ロボットは———西日本のコンピュータワールドで最強の電子妖怪として知られるΣシグマ=トリニティは、その頭部までもを、ノイズに覆い尽くされて沈黙した。

それを見届けたゴンザは身を震わせる。しかしそれもほんのわずかな時間だった。やがて彼は立ち直ると、装甲の隙間から身を乗り出したのである。

周囲を確認。敵の注意が向いていないことを確認したゴンザは、その小動物にも似た体で飛び出そうとし。

―――

怪獣が守る中枢コントロールセンターの上階に立っていたそいつは、全体としては人型だった。しかし明らかに人間とは違う。そいつを構成しているのは銀色に輝く無数の三角形だったからだ。その隙間にできた裂け目が、そいつの瞼なのだろう。その奥にある瞳に射竦められたゴンザは震え上がった。あの怪人が怪獣を操っているのだ。

怪人は腕を一振り。すると、いったんは停止していた怪獣が動き出した。その全身から伸びたクリスタルの一本が、されたのである。ゴンザ目がけて。

わき目もふらずに飛び出す。ビルディングに飛び移る。そこからさらに跳躍しようとしたところで背後からガラスの砕けるような音。振り返れば、先のクリスタルがいくつにも分かれてこっちに飛んでくる!あんなものに押し潰されたら間違いなく死ぬ!

必死で回避するのを執拗に狙って幾つものクリスタルがビルに食い込んだ。

それで終わりではない。クリスタルがすると、からである。その細長い姿はまるで昆虫。

ビルに刺さった体を引き抜いたそいつらは、逃げるゴンザの追跡を開始する。

死を賭した追いかけっこが始まった。


  ◇


【北城大付属高校 教室】


「授業終わったー!」

1学期最後の授業が終わった真理は喜びを溢れさせた。今学期は大変だった。学校で絵画とか変身ヒーローに襲われたり、期末テスト中だというのにブラジルからやってきた犯罪組織と死闘を繰り広げたり。だがそれももうすぐ終わる。今日の授業は午前中だけ、明日は学年集会。明後日には終業式。夏休みはもう目の前だ。今年の夏休みは何をやろう。これまで事件続きだったのだ。さすがに平和になるに違いない。

『そうしたらしばらくお別れだね』

開きっぱなしだったノートに浮かび上がるそんな記述。美術室にいる七瀬初音のものだ。

「そういえばそうだね。七瀬さんは寂しくないの?」

『へいき。夏休みといっても美術部の子は来るし』

「そっか。ま、私もあと二日は来るから。それに部活はあるし」

荷物を片付ける。この後ショートホームルームを経て掃除だ。それが終わったら部活に行かねばならない。

夏休みに浮かれていた真理は、気付かなかった。彼女の過去の名を知る者が、新たな事件と共にやってくるということを。

カバンに一通りものを仕舞い終えた彼女は、クラスメイトと雑談に興じていた。


  ◇


「はーい。あずまさん。体起こしますねー」

看護師は、患者の体をゆっくりと支えた。そのままベッドに上体を起こさせる。

ぽかん。とした表情のまま反応もしない男の名を東慎一。何でも学校に侵入して傷害と殺人未遂を起こした凶悪犯罪者らしいが、今の様子からそれを言い当てられる人間はいないだろう。今の彼は外界に対してほとんど興味を持たず、食事にも介助が必要な心神喪失者だ。警察でも逮捕したはいいが手に負えなくなり、この病院に入院させたという経緯がある。元々数年前に妻子を亡くしてからおかしくなっていたとも。周囲の人間がまともに取り合わなかった結果、ここまで病状が悪化して犯罪を犯したというのであれば酷い話だ。

「ごはん食べましょうねー」

病院食を食べさせる。看護師の言うことにはおとなしく従うから、その意味ではこの患者は楽だった。

やがて食事が終わると、看護師は片付けを済ませて病室から出ていった。

その間も、東慎一は何ら反応を示さない。そのままならば、ずっとそうしていただろう。

しかし。

病室の隅に設置されていた医療機器が突如、異常を示した。スパークを発したかと思うと、輝き始めたのである。

明らかな緊急事態にもかかわらず、なおも東慎一は無反応。

そうこうしているうちに、輝きは収束。室内を走査すると、唯一の人間である東慎一を特定し、そしてそちらに向けて

強力なビームを胸板に受けた東慎一は、そのままベッドに倒れ込む。

病室に、静寂が戻った。

やがて、微動だにしなかった東慎一の手が震えた。かと思うと、彼の全身が動き出し、そしてゆっくりと起き上がったではないか。

そうして、東慎一は目を開いた。そこに宿っていたのは先ほどまでとは違う、明らかな意思。

彼は立ち上がると、室内を見渡した。

―――ここはどこだ。人間の世界の、病室のようだが。

周囲を探るべく感覚を研ぎ澄まそうとして―——頭からぴょこん。と飛び出したのは、一対の尖った耳だった。狐や狸のそれに似た形状だが、大きい。掌くらいはあるのでは。

慌てて両手で耳を抑えると、普通の頭に戻る。もちろん、人間の頭でそんなことが起きるわけがない。東慎一の内側に妖怪が宿り、操っているのだ。

―――彼女の気配を辿ってきたが、こいつにたどり着いた。ということはこの男は彼女に繋がる手がかりに違いない。

そう確信した妖怪は———東慎一に宿った小妖怪"ゴンザ"は、部屋を出ようとして思い直す。ここは病院のようだ。ということはこいつは患者であり、いなくなったら人間が騒ぎ出す。そうなっては困る。

人間の認識を狂わせる術をかけた"ゴンザ"操る東慎一は、今度こそ部屋を出た。

闇の女帝を探し出すために。

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