第45話 必殺技

【北城付属大高校 調理準備室】


「あいたたたた……」

竜太郎は起き上がった。爆発に備えはしたもののひどい目にあった。

壁に張り付けられた栄養バランスのポスターを見る。七瀬初音からの言葉が浮かび上がっていた。

『大丈夫?』

「生きてるよ。死ぬかと思った。都市ガスは匂いがつけられてるから、あいつが野獣形態のままだったら気付かれたろうな。助かったよ。出しっぱなしにしたガスや小麦粉がうまいこと空気と混ざるまでおしゃべりしてくれた点も含めて。

とどめを刺してくる」

『気を付けて』

ポスターに手を振り、竜太郎は準備室を後にした。


  ◇


【調理室】


「う……」

メタルヒーローは。いや、東慎一は生きていた。全身の装甲はひび割れ、中の肉体もすさまじい衝撃で大ダメージを受けていたが。特にマスクが砕けていた右目の周りがひどい。そちらの視力がほぼ失われている。

それでも東慎一は立ち上がった。机に手をかけ、何とかして体を支えたのである。

そこへ、衝撃が来た。

「―――!?」

見れば、机の上に仁王立ちした山中竜太郎の姿。奴は投石を何度も繰り出してくる!

ダメージを受けた装甲ではもはや受け止めきれない。一発。二発。頭部がぐらぐらする。身を庇う間に奴は机伝いに跳躍を繰り返し接近してくる。迎え撃つべく、顔を庇った手を構え直した時。東慎一はそれを見た。

大きく跳躍し、飛び蹴りの姿勢でこちらに突っ込んでくる山中竜太郎の姿を。

まるで変身ヒーローの必殺技のようなそれに、東慎一は一瞬見惚れた。

攻撃が、直撃する。

まともに飛び蹴りを喰らった東隆一は吹っ飛んだ。悪の怪人のように、完膚なきまでに。

地面にバウンドし、動きが止まった段階で。山中竜太郎がそこに立っていた。銃を取る。残された力を振り絞り、銃口を相手に向けようとして踏みつけられた。

「ぐはっ!?」

「お前の力は危険すぎる。破壊させてもらう」

跪いた山中竜太郎は、踏みつけた銃口の先を動かした。それは変身ベルトのバックル。さらに、銃を持つ東慎一の右手の指に、手を添えたではないか。

何をするつもりか気が付いた東慎一は叫んだ。

「やめろ………やめろおおおおおおおおおお!!」

「断る」

山中竜太郎は、引き金を引いた。東慎一の人差し指を動かすという形で。

光線銃が放たれ、ベルトのバックルに直撃する。それは完璧な破壊力を発揮し、標的を粉々に粉砕するに至ったのである。

山中竜太郎が立ち上がる中で、東慎一の変身は解けていく。力の源を失ったが故であった。レーザーブレードや銃も散らばったカードの中に吸い込まれてただの絵になり果てる。

「こいつは返してもらうぞ」

カードの一枚。1400CCが描かれたそれを拾い上げた山中竜太郎は、冷酷極まりない目で東慎一を見下ろした。

「これでお前は力を失った。後は警察がやるだろう。ただの人間の犯罪者として裁かれろ、東慎一。愚かな妖怪ハンターのなり損ない」

「あ……う……」

「もう会うことはないだろうが念のために言っておく。次に僕たちの前に姿を現したら殺す」

それだけ告げると、山中竜太郎は去っていく。

後には、ただの人間だけが残された。

「ああ……あああああ……あああああああああああああああああ!?」


  ◇


【旧居留地東洋海事ビルヂング "季津菜"】


「……つ、疲れた」

竜太郎はたまり場のテーブルで突っ伏した。警察の事情聴取からようやく解放され、病院での治療も受けたからである。大変だった。逃げ遅れた生徒(真理のことだ)を助けて侵入した不審者と大立ち回りした挙句何とか逃げ出した。というストーリー(いや事実だが)を事実と作り話を交えて話す羽目になったし、全身がズタボロで病院で治療を受けたのもある。今回は労災がつくらしい。危険を顧みず生徒を救ったことで、校長から金一封も。

東慎一は警察にお縄となった。不法侵入の上に爆発物まで用いた形跡があったからである。おまけに殺人未遂だ。真理の戸籍は本物であり、彼女は法的には間違いなく人間である。それを殺しかけたのだから当然ではあった。教室の壁を吹っ飛ばしたのは真理だし調理室は竜太郎がやったのだが、その辺も全部彼に被ってもらわねばならない。妖怪の真実を隠すためには。

雛子も横でダウンしているらしい。見えないが。

「ほんと、大変でした」

「あ。そうそう。バイク取り返しておいたよ」

テーブルの上に出されたのはカード。出し方が分からないのでひとまず懐に入れっぱなしだった奴である。

手に取った雛子は怪訝そうな声を出した。

「これ、どうやって出すんでしょう」

「そういえばそうだな。あのベルトは壊したし」

と、そこで。カードが激しく発光。光は雛子の方に吸い込まれていく。それが収まった時、カードは空白の絵柄になっていた。最初にバイクを吸い込んだ時のように。

「……戻った?」

「たぶん。あいつが力を失ったことで雛子ちゃんが所有権を取り戻したんだろうな」

「ちょっと、出せるか試してきます」

「ああ。行っておいで」

とてとてとした足音をと、竜太郎は顔を上げた。

「大変だったな」

スーツを着た中年男性が立っている。確か昨晩、東慎一を討伐に行った常連たちのひとりだった。

「皆さんのおかげで何とかなりました。感謝してもしきれません」

「ま、困ったときはお互い様だ。俺たちもここ何か月か、事件が少なくて楽ができた。あんたがいろいろ解決してくれてたおかげでな」

「そう言ってもらえるとありがたい。あなたはええと」

「火伏だ。火伏次郎ひぶせじろう

「山中竜太郎です。よろしく」

挨拶を交わすふたり。

それがすむと、火伏は元の席に戻っていった。

「……しかし、この調子で事件が起きると体がもたないな。さすがにしばらく休むか……」

竜太郎は、注文した料理が来るのを待った。


  ◇


「何のつもりで高校なんぞ襲ったんだ?え?言ってみろ」

沢田刑事はいらついていた。取り調べ中の被疑者がまともに受け答えをしないからである。

「……どうせ言っても信じまい。お前たちはいつもそうだ。真実から目を逸らし、あまつさえ奴らの味方をする」

「ああそうかい。女子高生の首をへし折りかけるような真実ならこっちから願い下げだね。かわいそうに、お前に襲われた女の子は重傷だ。危うく死ぬところだったんだぞ。それを助けにいった教師だってもう結構な歳だってのに、ボロボロになって」

「そうか……死ななかったのか。残念だ」

「てめえ」

激昂しかけた沢田刑事の肩を、同席していた先輩刑事がポンポン。今は暴力的な取り調べはご法度だ。こちらの両手が後ろに回る。

「東慎一さん。血の気の多いうちの奴が申し訳ない。けど、言動には気を付けた方がいい。あんたの一言一句を俺たちは見ている」

「……」

取り調べはそれから何時間も続き、そしてひとまず今夜は終了となった。


  ◇


じ……じじじ…

警察の留置施設で、東慎一は顔を上げた。

すでに夜半は過ぎている。通路は灯りがともっており、警察官がよく見える位置で見張りをしていた。どう考えてもここから逃げるのは不可能だろう。

ちらつく灯りを見上げながら、これからのことを考える。

犯罪者として裁判にかけられるか、狂人として病院に閉じ込められるか。どちらにせよ先は暗い。構わなかった。どうせ元の木阿弥に戻っただけだ。それよりも、未来のことを考えた方が有益だろう。ツールを———あのベルトを発見するのに四年かかった。刑務所から出た後、また探そう。己に相応しい武器を。運命が導けばきっと出会えるに違いない。そうして復讐するのだ。妖怪ども。そして、妖怪に味方する人間たちに。手始めはもちろんあの山中竜太郎だ。

闇の中、昏い喜びを噛みしめている東慎一はふと。気が付いた。これは———霧?

見れば、入口の向こうからそれは流れ込んできている。見張りの警官は立ったまま白目を剝いていた。意識を喪失している。いや、他の房に入れられた被疑者たちもだ!

そこで、ちらついていた電灯が一斉に落ちた。非常灯のみが灯りとなる世界にひとり、東慎一は取り残された。

「……っ。これは……」

額を脂汗が流れ落ちていく。それが目に入っても、東慎一は微動だにしない。霧の向こうから聞こえてくる足音の主を確かめようと必死だったからである。

やがてそいつは姿を現した。鉄格子を霧のように難なくすり抜けて。

それは、幽鬼だった。青白い肌は透き通り、体の向こう側が見通せる。信じがたいほどに美しいが、あり得ないほどに血の気のない、ボロボロの服をまとった鋭い爪の女が入り込んできたのである。

そいつは冷酷極まりない目で、東慎一を見下ろした。

「―――っ!?」

振るえる東慎一は身動きができなかった。初めて妖怪と出会った時のような恐怖が全身を満たす。己を守るベルトはもはやない。それどころか逃げ道すら。

この時初めて、東慎一は思い出していた。人間が、妖怪に狩られる弱い存在だと。

女は口を開いた。

『……うちの若いたちを殺そうとしたのはお前ね』

「あ……ああ……あああああ」

『答える必要はない。見ればわかる。お前は、自分が何をしたか理解しているの?』

「………っ」

『していないんでしょうね。反省もしていない。憎しみに囚われた狂人』

その言葉が、東慎一の恐怖心を一時忘れさせた。

「お……俺は狂ってなんかいない!狂っているとしたらこの世界だ!!」

『そう。哀れな男。100年前なら殺していたところだけど。生かしてやることにする。お前を倒したひとがそう判断を下したのだもの。けれど、私は彼ほどやさしくない』

女は告げると、東慎一と視線の高さを合わせた。自らしゃがみ込み、その手を伸ばしたのである。

指が、肌を撫でていったのに東慎一は悲鳴を上げそうになる。冷たい。信じられないほど!!

『お前のその妄執。復讐心。お前を支える力のすべてを私は奪う。お前の根幹にあるもの。妻と子が死ぬ瞬間の記憶を吸い尽くすの。お前はもう立ち上がれない』

「や……やめろ。やめてくれ。やめるんだ。そんなことをされたら俺は……!!」

女が口を開く。その犬歯が異様に鋭いことに、東慎一は恐怖する。

服をずらし、むき出しになった肩口へ、女がその牙を埋めた。

「やめろおおおおおおおおお!」

噴き出す血潮が、女の喉を潤していった。


  ◇


「おや。オーナー、おかえりなさい」

深夜になってビルに帰還した花園千代子は、片付けをしていたシェフに片手を振った。

「今夜はどうします?」

「何か軽いものを。ちょっと胃もたれするものを飲んだから」

「わかりました」

今年70になるというシェフは人間だ。だいぶ前。不況で店を失い、浮浪者となっていた彼を拾ったのは千代子である。このビルには何人もの人間が必要だ。妖怪や、術で使役されたたちだけでは回らない。

「それでどうでした。噂の変身ヒーローってやつは」

「つまらない男だった。覚えておく価値もないわ」

「ははっ。オーナーのお眼鏡にかなう男なんているんですかね」

「たまにはいる。あなただってそう。私のパートナーになれるほどの男だと……まあ何十年にひとりだけど」

「ありがたいお言葉だ。今夜も腕によりをかけますよ」

「ありがと」

ひとのいなくなった店内を見回し、花園千代子は物思いにふける。

と、そこで。

「あら」

隅に置かれた見慣れないぬいぐるみを発見した千代子は、それを抱き上げる。

「きゅ?」

しゃべった。ぬいぐるみが。それどころか、四肢をばたつかせたではないか。テーブルの上に置いてやると、頭をぶるぶる。二足歩行する、青い犬のぬいぐるみである。

正体を知りたくなった千代子は、シェフに声をかける。食堂のことは彼に聞くのが一番だ。

「ねえ。この子は?」

「ああ。山中さんたちが置き忘れてったんですよ。悪さするでもなし。今度来た時に返せばいいかなって」

「なるほどね。

あなた、置いてけぼりをくらったの?」

「きゅ」

首を傾げるぬいぐるみ。

「そう。悪いご主人ね。後で私の部屋に来る?」

「きゅぅ」

心なしかうれしそうなぬいぐるみを、千代子は優しく撫でる。

そうして、夜は更けていった。

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