第44話 妖怪ハンターvs妖怪ハンター

メタルヒーローに変じた東慎一は、背後へと振り返った。廊下の先にいるのは山中竜太郎。憎き人類の裏切者。ここでも妖怪を助けようというのか。

「生徒?この化け物がか?見ろ、こいつの姿を。こいつのどこが人間だ?」

「人間だとは言っていない。生徒だと言った。妖怪で生徒。何ら矛盾しない。教師がそれを助けないで誰が助ける?」

あざ笑う東慎一に対して投げかけられた返答は、至極大真面目なもの。それが、逆鱗に触れた。

「いいだろう。放してやろう。こいつの首をへし折った後でな!!」

昨夜の女妖怪の首を掴んでいた手に力を込める。ミシミシと音がし始める。この間合いでは山中竜太郎には何もできない。己の無力さを味わうがいい。

そこに天井を女が降ってきたのを、メタルヒーローは認識することができなかった。手首に衝撃が走る。

「―――!?」

女妖怪を取り落す。そちらを見る。昨日家にいたエネルギー体の女がそこにいた。鉈を携えたそいつは、床に落ちた女妖怪を抱きかかえるとそのまま。1階へと消えていく。―――3階の床を透過し、天井から飛び降りてきたのか!?

逃げられた。またしてもしてやられた怒りに燃えるメタルヒーローは、再び振り返った。

そこへ投石の第二射。効かない。効くはずがない。奴の武器は投石だけ。人間、いや、弱い妖怪でも殺すことはできるだろうが、倍力形態パワーフォームの重装甲には通用しない。女の鉈さえ損傷らしい損傷を与えられなかったのだ。と加速する。この形態は動きが鈍い。問題ない。人間に追いつくくらいは造作もない。ましてや逃げるそぶりすら見せない相手には。第三射が肩で砕けた。第四射。無駄なことを。距離が半分詰まった。もうすぐ奴に手が届く。殺せる。そこで顔面に五射目。これで最後だ。

そう、思った時だった。視界が真っ黒に染まったのは。

「―――!?」

そこへ、足元に第六射。床で拡散した油が、メタルヒーローの足をスリップさせる。

メタルヒーローは転倒した。滑った巨体が転がったのは竜太郎の足元。

「力に頼りすぎるから、そうなる。お前は心構えが足りないがそれだけじゃあない。頭の方も足りていない」

山中竜太郎の挑発。頭に血が上る。怒りと恥辱で震えながらも現状を分析する。

―——これ見よがしに投じてきた最初の石は囮だったのだ!ペンキと油瓶を投げつけるための!!

そのことに気付いたメタルヒーローは、腕を振り回した。周囲で飛び下がる気配。立ち上がる。すべりそうになる。見えないままに壁を支えにする。窓枠にもたれかかる。カードを取り出し、次なる形態フォーム変換チェンジする。

そうして、メタルヒーローは足の爪を床に突き立てた。油などもう関係ない。野獣ランペイジ形態。全身に様々な獣の意匠を備えた有機的なコンバットスーツのパワーがあれば、眼前の人間を殺すなど造作もない。例え視覚が封じられていたとしてもだ!

蝙蝠の超音波感覚エコロケーション。獲物を逃がさないオオカミの嗅覚。何十キロも離れた場所の振動を感じ取るゾウの触覚。蛇の赤外線知覚。

いける。敵が発している振動。熱。呼気。フェロモン。いずれもはっきりと存在を主張している。勝てる。

確信したメタルヒーローは突っ込んだ。そのまま拳を振りかざし。

「―――!?」

天地が逆転、どころか頭部に強烈な衝撃を受けたのは、メタルヒーローの側だった。何だ。何が起きた!?

「確かに僕の腕力じゃあお前のスーツは破壊できない。だがしょせんそれは鎧でしかない。投げ飛ばされた衝撃を吸収しきれるもんじゃあない。頭がくらくらするだろう?お前の質量と勢いを利用して、頭から柱にぶつけた。それだけのことだよ。頭を打ってはいけません。学校で習わなかったのか?それとも交通教習かな」

「貴様ぁ……!」

「それと年長者には敬意を払え。僕の方が年上だ。お前が今年から妖怪ハンターを始めたのなら、キャリアでも僕の方が上だ。先輩だぞ」

「……殺す!!」

敵がなぜ長々としゃべっていたのか考える余裕はメタルヒーローには存在しなかった。すり足で移動していた敵手に対して襲い掛かる。そこへ、反撃が来た。廊下の机に置かれた機械が投げつけられたのである。馬鹿が!

そう思ったのも、パンチで機械を砕くまでのことだった。内部から吐き出されたのは大量の粉末。これは!?

嗅覚がダウン。微細な昆虫も捉えられるエコロケーションが混乱に陥った。そこにかしゃ。という金属音と、続けて液体を頭からぶちまけられる感触。缶飲料の中身をかけられたのだ、と気付いたときにはもう遅い。顔面に付着した粉末の層が水を含んだことで熱を遮断し、赤外線視覚が失われた。

「黒板消しクリーナーだよ。ただのね。チョークの粉だ」

「……おのれ!!」

立ち上がる。見えない。振動を手繰って敵を見つけ出そうとしたところで、更なる衝撃が襲った。物理的なものではない。その逆、敵の気配が消えたのである。呼吸。心臓。わずかな足運びに至るまで完全にする敵手。

それが恐るべき水準に達した忍びの技術によるものだ、とメタルヒーローは悟った。

生半可な覚悟ではもはや勝機はない。だから彼は、銃を抜くと自らの顔面に突き付けた。

発砲。

強烈な衝撃が頭部を襲い、そしてスーツの表面に張り付いていたチョークやペンキが根こそぎ消し飛ぶ。もちろんそんなことをすれば無事では済まない。顔を覆っていたマスク部分の一部が砕け、生身の右目が露出したのである。

敵を探す。どこだ!?

答えは、廊下の向こう側から来た。石礫が投射されてきたのである。露出した右目目がけて、正確に。

それを手で受け止めるメタルヒーロー。

光線銃を抜く。突き付ける。反撃を撃ち込む。山中竜太郎が角の向こうに消えた。

廊下に着弾し、火花を散らす光弾。

奴を追おうとして身を縮める。頭上を再び石弾が飛んで行った。スーツに守られていない目に喰らえば無事では済まない。厄介な!

盾になるものを召喚する。ベルトに装填したカードは1400CCのバイク。身を低くする。カウルに石が激突。問題ない、耐えられる。

銃をレーザーブレードに持ち替え、バイクにまたがる。アクセルを吹かす。

奴が踵を返したのと、バイクが発進したのは同時。

東慎一は、敵めがけて突っ込んだ。


  ◇


『あれどうするの?』

「七瀬さん、時間を稼げるか!?調理室に向かう」

『調理室?なぜ?』

「爆破する。そのために奴の嗅覚を封じたい。追い詰められれば奴はバリアーを使うために形態変換フォームチェンジするはずだ」

『―――了解。やれるだけやってみる』

渡り廊下を半ば渡り終えた時点で、竜太郎は振り返った。背後から向かってくるのは1400CCのモンスターバイク。カウルを盾にして右目の損傷を補っている。左手にはレーザーブレード。追いつかれればズンバラリンだ。回避の余地はない。

そこまでを一瞬で確認し、竜太郎は走る。階段を駆け下りる。七瀬初音に告げた通り、1階の調理室が目当てだ。あそこにある様々な物質を駆使すれば、爆発を起こすことができる。メタルヒーローの装甲にも通用するかもしれない。

下り切ったところで、背後から光。レーザーブレードだと悟った時には、敵はもう間近まで迫っていた。伏せる。それで回避できる攻撃ではない。構わない。竜太郎が避けたのは、階段の先に張ってあったポスターから飛び出してくるイラストレーションであったから。

七瀬初音の妖力によって飛び出してきた巨大なボートの落書きが1400CCと真正面から激突。天地をひっくり返すほどの衝撃を与えた。搭乗していたメタルヒーローは弾き飛ばされて階段に吹っ飛ぶ。それを尻目に竜太郎は走る。調理室のプレートが目に入った。引き戸を引く。、鍵がかかっていない!!おそらく教科担当の教師が開けたまま避難したのであろう。

竜太郎は、調理室へと飛び込んだ。


  ◇


「おのれえええええええ!!」

メタルヒーローはレーザーブレードを振り回した。押し寄せてくる何体もの敵は立体化した絵画だ。人間大から虎ほどもある図体の奴らは人間からすると厄介だろう。しかし強力に武装し装甲で守られたメタルヒーローにとっては有象無象でしかない。薙ぎ払う。ひき千切る。蹴り飛ばす。先の二体の女妖怪とは違う。三体目に違いない。邪魔ではあるが、邪魔なだけだ。時間稼ぎでしかない。山中竜太郎を殺したあとで始末してくれる。全身にしがみついてくる絵は十を超える。しがみつかせたのだ。あらかじめ手にしておいたカードをベルトに装填する。バリアーが発生し、絵が弾き飛ばされて消滅していく中、メタルヒーローは野獣ランペイジ形態から基本形態へと形態転換フォームチェンジした。とはいっても頭部の損傷はそのままだ。

左目に残ったセンサーで透視する。奴が逃げた左を重点的に探す。いた。すぐそこ、調理室と書かれた教室にいる。通り過ぎたところを奇襲でもするつもりなのだろうか。だとすれば愚かだ。

入った教室は暗幕が引かれ、粉が空気中を散乱していた。小麦粉だろうか?密度は高いが視界を完全に遮るほどではない。教室の構造は調理もそれ以外の被服などもどちらもできるタイプ。調理スペースから小麦粉を持ってきたのだろう。周囲をサーチ。奴を探す。

調理室の奥で、敵は待っていた。

メタルヒーローは、追い詰めた敵に対して口を開く。

「逃がさんぞ。山本竜太郎」

「逃げてなんかいないさ。お前に相応しい墓地を用意していただけだ」

「減らず口を。お前を始末し、他の妖怪どもも殺してやる」

「またそれか。殺す殺すって。お前の頭にはそれしかないのか。そんなに強い力があると、恐怖の感覚もないんだろうな」

「……なんだと」

「僕は怖い。妖怪と戦うのが。毎回、二度とこんなことはごめんだと思う。だがやってる。家族を亡くした後、神前で誓ったからだ。百匹の人に仇為す妖怪を退治するって」

「ならばなぜそうしない。妖怪どもとなれ合いやがって!」

「妖怪たちと仲良くやっていくのが誓いを達成する最善だからだ。僕にはお前のような無敵の力はない。昨晩、七人もの妖怪に狙われてどうやって生き延びたのか知らないが、僕には絶対に無理だ。間違いなく殺される。だから僕は用心深くなった。避けられる戦いは避けるようになった。そうすることで生き延びられるようになった。恐怖が僕を強くしたんだ。死にたくないという想いが。死の危険と隣り合わせで戦っている。そんな毎日が変わったのは雛子ちゃんを拾ってからだ。彼女の存在は、他にも善良な妖怪がいる可能性を示唆していた。仮に妖怪の半分が人間に対して敵対的でなかったとしよう。この時点で戦うべき敵は半分に減る。簡単な話だ。それだけじゃあない。雛子ちゃんが僕を手伝ってくれるようになって、格段に楽になった。一人で抱え込まなくてよくなったし、彼女は強かった。戦いを生き延びられる可能性が大幅に上昇したんだ。ひょっとすると誓いを果たした上で寿命を全うできるかもしれない。彼女の存在に、僕は希望を見た」

「……!」

「人間に友好的な妖怪たちのコミュニティの存在を知った時は、内心で小躍りしたね。彼らは目に余る悪事を働いた妖怪を懲らしめ、退治すらしていた。これがどういうことかわかるか?人間に危害を加える妖怪と戦っていたのは自分たちばかりではないと分った。世界は自分が死んだ後も続いていくが、自分の行ったことはいつか誰かが受け継いでいくと知ったんだ。報われた」

「報われただと?そんなものが報いであるものか!!ふざけるな!!」

「ふざけてはいない。ふざけているのはお前の方だ。日々妖怪は生まれてくる。人間の想いが彼らを生み出すんだ。人類を滅ぼさない限り妖怪を根絶することなんてできはしない。その日までお前は戦い続ける気か?正気じゃあない」

「俺が正気かどうかは俺が決める。お前は関係ない!!」

「いいや。関係があるね。お前は悪の妖怪だからだ。僕が狩るに相応しい敵だ」

「―――俺が、妖怪……?」

「自分の姿を見てみろ。その力もそうだ。人間がそんな力を振るえると思っているのか?その変身ベルトが器物の妖怪なのか、お前自身が怨念で妖怪と化したかまでは分からないが。妖怪の力で戦うお前はとっくに妖怪だよ」

「違う!俺は人間だ!!妖怪を殺す者だ!!」

激昂したメタルヒーローは銃を抜くと狙いを定めた。引き金を引こうとした瞬間には奴は背にしていた扉に体からぶつかり逃げていく。構わず引く。光弾が発射され、室内に充満していた都市ガスと小麦粉と酸素の混合物に―——竜太郎が用意していた最後の罠に、点火する。

大爆発によって、調理室は吹き飛んだ。

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