第43話 学校襲撃

【北城大附属高校職員室】


『そうなんだ。大変だったね』

竜太郎は、メモ用紙に浮かび上がった文字に目を通した。

ごくありふれたメモ用紙である。隅っこにかわいらしいキャラクターが描かれているのが唯一の特徴か。そいつの口から吹き出しが、先程の言葉が勝手に書き込まれたのである。鉛筆やペンを使ってのことではない。妖怪が持つ超自然的な力によって。

七瀬初音の仕業である。

学校内のほぼ全ての絵が彼女の支配下だ。こうしてメモ用紙を介して会話するくらいなんてことはない。話し相手になれる人間が現れて嬉しいらしい。彼女も妖怪コミュニティの存在を知り、真理を通じて接触している。学校から動けない身だが参加を決めたようだ。

話題は、先日のファントマ襲撃から始まり昨夜幕を閉じた、メタルヒーロー撃破までの顛末である。

竜太郎の返事はメモ用紙への書き込みだ。

「とりあえず解決してよかったよ。僕が事件の顛末を聞いたのは起き出したときだ。シャワーを浴びてそのまま出勤してきた」

なので雛子も学校に一緒に来ていたりする。先に彼女だけ帰ってもらってもよかったのだが、せっかくだということでやってきた。今は美術室にいるはずだ。どうせ人間には見えない。学校の七不思議が臨時で増えるだけのことである。

『迷惑な人だよね。家族が殺されたのはかわいそうだけど、それで出した結論が逆恨みじゃない』

「まったくだ。残念な結果になったが同情はできないな。危険な武器と能力を振り回して大勢のひとを危険に晒した。よくもまあ、本人以外の死人がでなかったことだよ」

元が人間の七瀬初音もそうだが、竜太郎の意見も手厳しい。自分が襲われているし、あの分では放っておけば普通の人間を殺しかねない。もとが普通の人間だろうが妖怪の危険な力を使って他者を傷つけた以上、東慎一が殺害されたのもやむを得なかった。彼の力は下手な重火器以上に強力だ。様々な特殊能力とそして妖怪が機械に写らないことを鑑みれば、戦車や戦闘ヘリとも渡り合えるだろう。武器を使う覚悟が足りなかったとしか言えない。

「まあ、今日は仕事が済んだら帰って寝るよ」

『お疲れ様』

竜太郎は朝から寝不足である。慣れない仮眠室で寝たからやむを得ない。今日は弁当も用意できなかったから昼は学食を使おう。などと考えながら仕事を続ける。

平和な日常がひと時、戻っていた。あくまでも、ひと時だけ。


  ◇


【北城大付属高校前】


山肌に張り付くような、ごくありふれた高校だった。

摩耶山に位置する住宅街の合間を抜けた先。1400CCのバイクを降りた東慎一は、高校の校舎を見上げる。ここに奴がいるのだろう。ベルトを操作し双眼鏡を取り出す。中を透視する。いくつもの反応があった。妖怪の数が三。偶然ということはなかろう。山中竜太郎の仲間の妖怪に違いなかった。

好都合だ。人間ひとりと妖怪3匹程度ならなんとでもなる。昨夜のように7,8体もの妖怪から集中攻撃を受けるならともかく、各個撃破するならたやすい。

バイクをカードに収めると、東慎一は侵入経路を探し始めた。


  ◇


移動教室から戻ってくるときのことだった。真理が廊下の先に立つ、その男性の存在に気付いたのは。生徒の父兄?

一瞬見逃しそうになり、相手の顔を確認する。

―――嘘。

そこにいたのは昨夜死んだはずの男。いや。死んでいなかったのだ。生き延びて復讐しに来たに違いない!!

そこまでの判断をするまでに時間がかかりすぎた。あまりに貴重で致命的な時間が。

東慎一が、ベルトを装着する。

「―――変身」

強力なパワーフィールドが発生した段階で、ようやく他の生徒たちも異常に気が付いたようだった。これほどの大勢の前で正体を晒すとは。

真理にできたのは、隠さなければという本能にも近しい衝動に突き動かされることだけ。思念の手を伸ばし、手近なありったけの回路に干渉する。防火扉。非常ベル。火災報知器。電灯に過電流を流して破裂させる。

「「きゃあああああ!?」」

悲鳴とともに生徒たちが身を庇う。その間に防火扉が東慎一の姿を隠した。決定的な瞬間は目撃されていないことを祈るしかない。少なくとも、ヒーローのコスプレをした男が侵入してきたのと男が突然変身したのでは生徒たちに与えるインパクトはけた違いだ。

壁によりかかる。そこに張られたポスターに語り掛ける。相手が聞いているに違いないと信じて。

「七瀬さん、先生に伝えて。東慎一が侵入してきた!」


  ◇


校内の異常はもちろん、竜太郎も把握していた。突然非常ベルが鳴り出したのだから当然ともいえる。

「なんだ?」

『侵入者よ。学校の中に例の東慎一が侵入してきた』

疑問に答えたのは七瀬初音。

「!?どこだ」

『新校舎の2階。網野さんが襲われてる』

「なんてこった。助けに行く。七瀬さん、雛子ちゃんを現場によこしてくれ。それと学校から人間を追い払えるか?」

『やってみる。急いで』

ボディバックを身に着ける。投石紐を手にする。手の甲に油性ペンでのらくがき。走り出す。他の職員室の先生方も浮足立っている。そこにすぐさま、教頭の声が飛んだ。避難誘導指示だ。統率の取れた動きを始める教員たち。七瀬初音の人払いの結界に違いなかった。この妖術は人間の心理にほんの少しだけ干渉し、そこから離れなければという状態にさせる。今回は避難誘導とそれに従う生徒たちという形で結実したに違いない。校内放送が響き渡った。『不審者が新校舎に侵入しました。生徒の皆さんは先生の指示に従って避難してください』その中を走る。渡り廊下を抜けて急ぐ。

竜太郎は、走った。


  ◇


「避難して!」

真理の言葉に、他の生徒たちが整然と移動を始めた。まるで避難訓練のように統率が取れている。人払いの結界の力に違いない。

波を引くように消えていった他の生徒に安堵しながら、真理は近くの教室へアクセスした。そこに存在し、電源が入っているいくつものタブレットやスマートフォンとリンクする。校内Wi-Fiを通じて外からもパワーを呼び込む。そいつをまとめ上げようとした段階で、眼前の防火扉が

二度三度と切り裂かれ、ボロ雑巾のように破壊された防火扉に真理は恐怖した。何という威力か。あれで切られれば、妖怪であろうともひとたまりもない。

そうして、レーザーブレードを携えたメタルヒーローが姿を現した。

「あなたが殺したいのは私でしょう!?さあ。こっちよ!」

背を向けて走る。振り返りつつ。助けが来ることを信じて。案の定ついてきた敵手を狙って念じる。思念の手でを振り回す。

廊下を突っ込んで来たメタルヒーローは、真横の扉を突き破ってきた幾つものポリゴンをまともに喰らう羽目となった。

「ぐはぁっ!?」

窓枠に激突して引っかかった格好のそいつに対して、真理は強く念じる。何十キログラムもあるポリゴンがいくつも押さえつける。動きを封じた。さらに、思念の手で武器をくみ上げる。フルパワーだ。狙うは形態転換フォームチェンジ直後。

果たして。狙い通り、メタルヒーローはカードをベルトに挿入。形態転換フォームチェンジを開始した。生じたバリアーに弾き飛ばされていくポリゴン。

まさしくそのタイミングで、真理はフルパワーを絞り出した。教室内部で形成されつつあった巨大な構造物を、大急ぎで完成させたのである。

バリアーが消失し、メタルヒーローの次なる姿が露わとなる。

それを確認する間すら惜しんで、真理は攻撃を命じた。

「―――やれ!!」

次の瞬間。教室と廊下を隔てるすべての壁と窓と扉を破壊し、巨大な暴力が襲い掛かった。トラック並みの図体と質量を備えたひとつ首の竜が、メタルヒーローをとしたのである。

恐るべきことが起こった。

メタルヒーローが取ったのはゴリラのように膨れ上がった倍力形態パワーフォーム。圧倒的な剛腕に任せて、竜の首をまともに受け止めたのである。

「うそ……」

渾身の妖術を防がれた真理は絶句した。敵の妖力は自分を圧倒していると悟ったからである。これでダメならば自分では勝てない。

徐々に破壊されていく竜の頭部。それは、倍力形態が力を最大限にすると同時に砕け散る。

術に全力を注ぎこんでいた真理はへたり込んだ。逃げなければならないが、体が動かない。ダメだ。こんな奴をどうやって倒せばいい?

メタルヒーローの手が伸びる。もはやレーザーブレードすら不要だろう。こいつの腕力ならば、それだけで真理を殺せる。

真理の首が掴まれた。そのまま体を持ち上げられる。息ができない。苦しい。このままなら死ぬ。が剥げ落ち始める。プログラムコードが浮かび上がった人型のノイズ、という真理の真の姿が明らかとなる。

もう駄目か。そう思えた時だった。メタルヒーローの後頭部に、強烈な一撃が命中したのは。

倍力形態の分厚い装甲に阻まれダメージはないが、メタルヒーローは振り返る。

廊下の向こう側。そこに立っていたのは、投石紐を構えボディバックを身に着けた竜太郎。真理を初めて助けた時と同じ格好で、彼はそこにいた。

「そこまでだ。うちの生徒を放せ!」

竜太郎は、第二射を構えた。

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