第41話 待ち伏せ
平凡な一軒家だった。
無精ひげの男は、遠方からそれを見つめる。近くの山の展望台からそこを観察していたのである。手にした絵ハガキや、スマートフォンの地図アプリと何度も参照しながら。
もちろん、場所が分かったとしても道具なしに細部を観察することなどできるはずもない。距離がまだ遠い。
だから男は、このための用意を始めた。
カバンの中をあさる。ごそごそと。中にあったベルトの手触り。それを操作すると、空中に変化が現れた。ここではないどこかから開いた空間の穴を通じ、機器が転送されてきたのだった。
そいつをつかみ取る。外見上は特撮ドラマの小道具のようなメカニカルな双眼鏡である。しかしそれは小道具ではない。現実に機能する不可思議な器物なのだ。
双眼鏡を覗き込んだ男の視界には、ズームアップされた一軒家の内部が見えた。そう。透視されていたのである。それどころか、そこに存在する不可視のエネルギー体。一般人ならば幽霊と呼ぶであろうそいつの姿を注釈付きで捉えてすらいた。
「ビンゴ、か」
エネルギー体は女に見えた。恐らくハガキの小宮山雛子だろう。となればもう一人、男がいるはず。山中竜太郎。揃ったところで始末してくれる。
無精ひげの男を突き動かすのは復讐心だった。妖怪によってすべてを失った。その代償を支払わせてやる。妖怪を根絶やしにすることで。妖怪の実在をいくら訴えてもまともに取り合わなかった人間たちも同罪だ。衆人環視の中で奴らの実在を証明してやる。それでもなお、邪魔するものはみんな殺す。
無精ひげの男は誓いを再確認すると、竜太郎の帰還を待った。
◇
「山中竜太郎だな」
呼び声に、竜太郎は立ち止った。
時刻は夕方。家の門扉の前でのことである。
「はい?そうですが。どちら様?」
道端に立っていたのはごく普通の男。無精ひげが生え、背負っているのはカバン。服装はややよれているがカジュアルなもの。登山靴を履いているくらいか。どう見ても普通の人間である。もっとも、普通の男は家の前でアポもなしに会ったことのない相手を待ち構えたりしない。
警戒心を募らせる竜太郎。それに対して、男は手にしたハガキを投げた。
「そこに書いてあるのはお前の名だろう」
竜太郎はいつ襲い掛かられてもいいようにしながら、ハガキを拾い上げて素早く確認。宛名は確かに山中竜太郎と書かれている。それだけでなく、雛子の名も!
裏を見る。書きかけであることを確認し、竜太郎は相手に問いかけた。
「これをどこで?」
「お前の仲間の妖怪からだ」
「―――!」
竜太郎は、平静を保つので精いっぱいだった。こいつはファントマを襲った奴か!
しかし場所が悪すぎる。衆人環視の中で襲い掛かってくるような相手だ。住宅街で戦うことになればただでは済まない。ましてや自宅前である。
「なんのことかわかりませんね。確かに知り合いが書いたものかもしれませんが、落としたのを誰かが拾ったとも考えられる。違いますか」
「白を切るつもりなら無駄だ。これが何なのか、お前なら知っているだろう」
無精ひげが続けて投げつけたものを受け止めて、竜太郎は怪訝な顔をした。縛り上げられたぬいぐるみ?
疑問はすぐに氷解する。何故なら、その青い犬のぬいぐるみはもがいたからである。まるで人間のように。ファントマの人形に違いない。
「―――!」
「長野で出会った妖怪の手下だ。そのハガキを持っていた。健気にも、守ろうとしてな」
「……何が目的だ」
「すべての妖怪を殺す。手始めにお前と、家の中にいる奴からだ」
竜太郎は踏み込んだ。荷物を投げ捨て、左のパンチを囮に相手の足を踏みつける。避けられたのも構わず連続攻撃。相手の膝蹴りを足でブロックし立て続けのパンチを左右から浴びせる。変身されては勝ち目がない!距離を取られたら終わりだ。竜太郎は人間に過ぎないのだから。
足を取る。引きずり倒す。蹴りを入れる。転がって逃げようとする相手のカバンを蹴飛ばす。
「雛子ちゃん!」
叫ぶ。家の中まで聞こえたはずだ。すぐに助けが来るだろう。周囲の家からも家人が出てくるだろうが。今は敵を倒さなければ!
ポケットから取り出した投石紐に、同じく取り出した缶コーヒーを装填する。これで問題ない。威力は十分だ。距離を取ろうとする敵手が起き上がるところへ一撃を投げつける。
弾丸は、無精ひげの男の腿を打つに至った。
「―――!?」
立ち上がりかけた男は再び跪いた。効いている。行ける。第二射を放つべく準備を整え。
無精ひげの男は、そこで予想外の行動をとった。左手を持ち上げたのである。まるで何かを呼ぶように。
反射的に竜太郎は振り返った。そちらに転がっているカバン。敵の持ち物を視界に入れたのである。
そこから飛び出してきた物体を目の当たりにし、竜太郎は己の敗北を悟った。
何故ならばそれは、無精ひげの男目がけて飛翔する玩具の変身ベルトであったから。
第二射が放たれると同時に、ベルトが装着される。
「―――変身!」
閃光が走った。強力なパワーフィールドが弾丸を弾き飛ばす。ベルトから飛び出し巨大なカード状に具現化したそれは、反転すると無精ひげの男を飲み込む。フィールドが通り過ぎた時にはもう、変身は完了していた。
メタリックなアーマーに身を包んだ無精ひげの男。いや、その面影はもはやない。頭部もヘルメットに覆い隠され、二つの目がバイザーの奥で光を発するのみだ。
腿に打撃を受けたはずのそいつは、何事もなかったかのように立ち上がる。スーツの力か、それとも並外れた回復力を持つのか。どちらにせよ歩行能力の低下は認められない。
明らかに戦闘力の向上した敵手に、竜太郎も攻めあぐねた。体に直接携帯していた弾丸は今の二発で終わりだ。かといって格闘が通用するとは思えない。
そんな事情を知ってか知らずか、無精ひげの男が変じたメタルヒーローは腰から剣を抜いた。柄しかないそれが掲げられた瞬間、光の刃を形成したのである。レーザーブレードと呼ぶべきだろうか。
レーザーブレードが、竜太郎に対して振るわれる。まさしくその瞬間、敵対するふたりの男は重厚なエンジン音を聞いた。
「―――!?」
玄関と塀を透過して突っ込んで来た巨大な質量を、予期していた竜太郎は転がって回避。対するメタルヒーローはその判断ができなかった。まともに激突したのである。
それは、バイクだった。1400CCの、首なしライダーが乗っていた代物がメタルヒーローに体当たりを敢行したのだ。ぶつかる瞬間に実体化を果たしながら。
必殺の一撃は見事に命中すると、メタルヒーローを向かいの家の塀に叩きつける。
「……あいたたたた……」
近くから聞こえてきた声に、竜太郎は駆け寄った。見えないが雛子がいるはずだ。
「雛子ちゃんか。助かった」
「無事ですか?ヤバそうだと思ってバイクぶつけてみたんですけど。あれ、何者ですか?」
「ファントマを襲った奴だ。ひとまず逃げよう。場所が悪すぎるし、人に見られたらここで暮らせなくなる」
「わかりました。こっちです」
荷物を拾い上げる。住所どころかスマホまで奴に奪われたらえらいことになる。ついでにファントマのぬいぐるみも。伸ばした手が握られた。雛子の持つ透明化の力が付与される。これで無事に逃げ延びられるだろう。
そのはずだったが。
「……やってくれたな」
その声に、竜太郎はゾッとして振り返った。メタルヒーローはバイクを投げ捨てるとこちらを見たのである。透明になっている雛子と竜太郎を!
更に。
「……カード?」
メタルヒーローが取り出したのは
効果は覿面だった。バイクがその中に吸い込まれていく!!
「うそ……」
呆然とする雛子の前で、敵手はカードを振り下ろした。ベルトのバックルにあるくぼみに、ちょうどそれが収まる。
かしゃっ。
駆動音とともに、ベルトが発光。そこからバイクが再び飛び出した。跨るメタルヒーロー。
1400CCバイクが、敵に奪われたのだ。
メタルヒーローはバイクのエンジンを吹かすと、こちらに車体を向けた。
「―――逃げるぞ!」
雛子が幽体化の力を竜太郎に及ぼした。二人して隣家を突っ切る。走る。そうする間にも甲高いエンジン音が響いている。道路に出た時点で、横から突っ込んでくる1400CCの巨体を二人は認識した。奴は建物を突っ切ることはできなくとも、バイクで回り込めるのだ。
「川へ!!」
ふたりして走る。走る。とにかく全力で最短距離を。家々を突っ切り、庭を走り、物置を通り、幽体の利点を最大限発揮して疾走する。その後をバイクは追跡してくる。どうやっているのか、こちらの正確な位置を確認しているようだ。どこかの家にとどまれば建物ごと破壊してくるかもしれない。
前方に堤防が見えてきた。駆け上がる。背後からエンジン音が迫ってくる。まずい。距離がどんどん詰められる。堤防を駆け降りる。そこそこの幅がある川が目に入った。水量は十分。先日雨が降って増水している。
水面へと、二人は踏み込んだ。
まるで硬い地面のように、水は二人の体重を支える。水上歩行。雛子が備える、普段あまり使う機会のない妖力。
ある程度進んだところで、凄まじい水音が響き渡った。
振り返ってみれば、突っ込んで来たのだろうバイクが沈んでいくのが見えた。跨っていたメタルヒーローも。水面を走るふたりを見て水深を見誤ったに違いなかった。
「―――行こう」
竜太郎に促され、雛子は前進を再開する。
敵をその場に残し、二人は無事に逃げ延びた。
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