第40話 妖怪とハーバー・ボッシュ

トコトコトコトコ……

そんな規則正しい駆動音が響いていた。

音源は原付である。相当使い込まれた中古車なのだろうことが伺える代物だ。

それに跨っているのは、フルフェイスヘルメットにライダースーツ姿の女の子。雛子だった。やけに厳重な装備なのは全身を覆っておかないと常人に見えないからである。

「じゃ、行ってみようか」

堤防の斜面に座った竜太郎の指示に従い、おっかなびっくり雛子は原付を前進させる。ぷすんぷすん。速度が安定しないしふらついている。河川敷を走る凶器が行く様子を、竜太郎は微笑みながら見ていた。

雛子がやっているのは運転の練習である。原付は先日購入した中古の代物だ。竜太郎のバイクは首なしライダーの一件で大破してしまった。その代わりである。249CCの代車が原付だとかなりのパワーダウンなのだが、財布の事情ともう一つの理由があって今の状態がある。

だいぶ先まで進んだ雛子が戻ってきたのを見て、竜太郎は拍手。

「かなり上達したよ」

「そ、そうですか……?まだふらふらして怖いんですけど」

「まあそのうち慣れるさ」

「これじゃあ、この間の戦利品。いつ乗れるようになるんでしょう」

「まあ気長にやっていこう」

雛子の言う戦利品とは、首なしライダーの1400CCのバイクのことである。あの怪物的車体は主人を失っても何故か消滅しなかった。いや、いったんは消滅したのだがまた出現したのである。鉈や制服のように出し入れできる雛子の所持品となったのだ。雛子が道路の脇に退避させ、しばらくするとバイクは消えた。主人の死体より早く消えたのにもそれほど不思議には思わなかったが、しばらく(竜太郎が学校で4階から落ちたよりも後だ)経ってからふとしたことでのだった。エンジンもかかるしたぶん壁面走行もできる。煙幕も。持ち主同様基本状態が透明の幽体に固定されたようだが、それ以外は元の性質を保っているように思えた。

「雛子ちゃんには死者にまつわる妖怪から、妖力の一部を奪う能力があるんじゃないかな。道具を奪うという形で」とは竜太郎の推測である。首なしライダーはもともと事故やトラップ(元となる都市伝説は複数ある)によって首を切断された後も走り続けるライダーであるから死者の妖怪の一種ではある。

戦力アップと言えたが、肝心の雛子にバイク運転の技術がない。よって雛子の練習用兼竜太郎の日常の足として原付が購入されて今に至る。1400CCが使いものになれば、今後の妖怪退治はそちらをメインの足にできることだろう。

そんなこんなで今日の練習は切り上げようとした竜太郎は、スマホの振動に気が付いた。見るとダイレクトメッセージが入っている。ファントマからだった。緊急らしい。

ざっと目を通した竜太郎は雛子を呼ぶ。

「どうしました?」

「ファントマからだ。トラブルに遭ったらしい」

雛子が画面を確認すると、こんな文面だった。

―――妖怪に襲われた。人間から、特撮ドラマのメタルヒーローみたいな姿に変身できる奴だ。幸い怪我人はボクを含めて誰もいないが、そいつは衆人環視の中で正体を現した。見ていた人間にはストリートショーという形でなんとか誤魔化せたとは思う。ボクを狙っていた、というか人間でないものを狙っている口調だったが、何者かは分からない。しばらく身を隠す。

内容を確認した二人は、すぐさま返信を打った。ややあってファントマからの再度のメッセージが届き安堵する二人。

いくつか言葉を交わし、互いの安全を祈ってやり取りを終える。

「妖怪を襲う妖怪か……」

「何者なんでしょう」

「現状じゃなんとも言えないな。ただ、備えはしておかないと」

ふたりは、練習を打ち切った。


  ◇


>>『変身ヒーローの妖怪、ねえ』

モニターに、そんなメッセージが浮かび上がった。

ネット上の会議室でのことである。コミュニティが主催している情報共有の場だった。ファントマからの連絡を受けてすぐに竜太郎と雛子は、メッセージを書き込んだのである。それで帰ってきたのが先の返答だ。狸のアイコンがついている。回答者はたぶん柴右衛門のはずだった。

現代になって妖怪もテクノロジーへの適応を余儀なくされた。最新技術にまつわる妖怪も増えつつある。以前竜太郎たちが遭遇した5Gのゾンビなどその最たるものだ。今時の妖怪は電車にも乗るしスマートフォンも使う。

>>『なるほど。怪事件としてちょっとだけ話題になってるな。この程度の規模で助かったが』

先方もネットを調べたらしい。SNS上でも軽井沢でファントマが襲撃された件は何件か上げられている。怪事件として。ストリートショーの録画に、ファントマの煙玉が炸裂した後が映っていなかったからである。正体を現した後のファントマと当のの姿が。今のところそれほど大きな騒ぎではない。起きている現象を見れば、あくまでもストリートショーの録画が失敗したというだけのことだ。画像的なインパクトがないのでそのうち忘れ去られるだろう。

>>『まあメディアの発達で同じものを多くの人間が知る機会が増えた。イメージを共有するようにもなったしな。知ってるか?"仮面ライダー"の視聴率は30%を超えたんだぜ』

「そんなに……」

雛子からすれば生まれる半世紀も前のことだ。びっくりするのも当然と言えた。

>>『人口も増えた。テクノロジーの進歩でな。ハーバー・ボッシュ法さまさまってわけだ。単純に考えればひとが増えると想いも増える。妖怪だって増えるって理屈だな。メディアやインターネット、印刷技術の進歩。その辺と合わさって妖怪が過去にないほど増えているのが現代だ。昔なら噂が流れ始めてから妖怪が誕生するまで何年もかかったもんだが、現代なら数か月と経たないうちに新しい妖怪が生まれてきやがる。俺の聞いた最短はネットの炎上だったかで、十日立たないうちに生まれたとかなんとか。もちろんほんとかどうかは分からねえけどよ』

「そうなのか……予想はしてたんだが」

>>『もちろん統計を取るなんて不可能だが、俺みたいに長く生きてる奴は肌で感じてるよ。妖怪の数がめちゃくちゃ増えつつあるってな。

それを鑑みれば、特撮変身ヒーローの妖怪が生まれたって驚くには値しない。だから議論するべきはそいつが何に突き動かされてるか、だ』

「動機か……」

ファントマが聞いた限りでは、どうやら妖怪そのものが攻撃目標らしいことが示唆されている。となればほかの妖怪も危険かもしれない。ターゲットとなるのが人間に危害を加える悪の妖怪ならばまだいいが、人間に対して中立だったり友好的な妖怪が狙われるのは竜太郎としても看過しかねた。

>>『ひとまず長野のコミュニティにはうちから連絡を入れといたほうがいいだろうな』

「長野にもここみたいなコミュニティがあるのか」

>>『ああ。それどころか日本中、世界中にあるぜ。地球上全体なら何万何十万人っているんじゃねえかな。こういうコミュニティに所属してる奴は』

「そんなに……」

>>『ま、俺たちは個性が強い。団体行動は得意じゃねえんだ。誰かリーダーがいたり命令したりってのは性に合わねえからな。気が向いたら助け合う、くらいのもんだ。ふらっと現れたかと思えばまた姿を消す奴だって珍しくはねえ。そんくらいの距離感なんだよ』

「なるほど。あなたたちらしい」

>>『世の中には悪党ばっかり集まったコミュニティや、人間の犯罪組織を隠れ蓑にしてる奴らなんてのもいるようだがね。そういう奴らはうまく隠れてて、なかなか網にかからねえ』

「恐ろしい話だ」

>>『まったくだ。けどまあ、今回の奴は一匹狼だろたぶん。少し頭が回れば正体を隠そうとするはずだしな。

そうそう。長野の方にはあんたのお友達のこともついでに教えとくよ。なんなら紹介してやってもいいが』

「そうだな。ファントマにも伝えておく。お願いするよ」

>>『よしきた。善は急げってな』

この時はまだ誰も考えてはいなかった。話題となっているメタルヒーローが、神戸に向かって移動しつつあることなど。

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