第36話 再会と親友

【神戸市内 安住家】


学校からの電話がかかってきたのは、娘の帰りが心配になるほど遅くになってからだった。

安住初音の名を持つ女性は、電話を受け取る。

『もしもし。こちらは北城大付属高校数学科の山中と申します。安住さんのお宅でよろしいでしょうか』

「はい。安住です。電話をかけようと思っていたんです。娘の帰りが遅くて」

『娘さんは無事ですよ。

実は……あなたのご友人がこちらにおられまして。言伝を頼まれました』

「友人?」

『はい。『美術室で初めて会った時のこと、覚えてるよね?最後に別れた時のことも』と』

「―――!それは」

『お心当たりがあるようだ。学校でお待ちしています。急いでください。彼女はもう、あまりに長い間待ちすぎた』

そうして、電話は切られた。

安住初音は取るものもとりあえず、外に飛び出した。


  ◇


学校に訪れると、誰もいないようだった。まだ暗くなって間もないというのに。

その光景に奇妙な不安感を抱いた安住初音は、素早く校門を抜けると玄関へ。そこでは男性の教員が待っていた。

「お待ちしていました。電話した山中です。ああ、靴はそのままで結構。こちらへ」

促されるままついていく。

そうして上った先、4階の光景を見て安住初音は絶句した。ミサイルを撃ち込まれたかのような、報道でも頻繁に見る光景がそこに広がっていたからである。

「娘さんと別の生徒が喧嘩をしまして。この有様です。かつてのあなたがどれほどの力を行使できたのかを鑑みれば、ご理解はいただけるかと思いますが」

「娘は。娘はどこです。無事なんですか!?」

「お母さん落ち着いて。電話でお伝えした通り無事です。関わった人間も。人間ではない者も全員。僕も娘さんに4階から叩き落されましたがこうして生きてます」

「―――!?」

「僕はただの人間ですが、あなた方の存在についてある程度知識があります。あくまでも本職は教員ですがね。

さあ。中へ」

入った先では、椅子に座った娘が寝かされていた。そしてその奥。壁に掛けられた一枚の絵画も。

安住初音はもちろん、その絵画に見覚えがあった。

絵は———絵の中にいるセーラー服姿の親友は、こちらを向くと口を開く。

『待っていたわ。長い間。あなたに会える日が来るのを』

「ああ———ああ。。そんな。どんなに手を尽くしても見つからなかったのに。どうしてここに」

絵に……本物の初音に歩み寄る、安住初音。

「僕は部屋の外で待っています。何かあったら呼んでください」

そんな教師の言葉も耳に入らない。

20年ぶりの再会は、こうして果たされた。


  ◇


「一件落着。ですかね」

真理の言葉に、竜太郎は頷いた。

「まあ、まだ分からないけどね。さすがにここまで暴れた後だ。絵のほうにもこれ以上何かするほどの力は残ってないだろう。

後は当人同士が決めることだ」

「ですかね……」

「しかし問題は後始末だな。これどうする?僕にはちょっとどうしようもない。どうにかできそうな知人はひとりいるにはいるが、今すぐ呼べる場所にはいない」

「あ。私の仲間呼んで何とかしてもらいます」

「そういえば言ってたな。仲間がいるって」

「はい。私みたいな怪異―――妖怪同士の互助会です。ちっちゃな地域コミュニティですけど」

「あるのか……やっぱり。存在は予想してたが今まで発見できなかった。接触して、助けを得たいと思ってたんだよ。

念のために聞くが、人間に友好的な組織かな」

「友好的なのは保証できます。組織……っていうほど大きくないし、結びつきも強くありませんけど。私みたいなのが人間に紛れて暮らすには解決しないといけない問題が多いんですよ。後は———人間に、目に余るような害を与える妖怪を懲らしめたり。自警団みたいなもんでもあります」

「妖怪の存在を人間から隠すためか」

問いかけに、真理は頷いた。真剣な面持ちで。

「はい。私たちは人間を恐れてます。人間に存在が露見することを。力や寿命、知識では人間を超える部分もありますが、数では人間にはとても及ばないからです。危害を加えられた彼らが暴徒と化し、私たちを狩り出したら?そうならないためにも、人間に危害を加える妖怪を放っておけないんです。もちろんそれだけじゃあありません。あなたのような人間と共存していくためにも必要だ、と。年配の方たちが言ってました。私たちのことを知る人間が、秘密を共有してくれるために必要なのは信頼関係だから、と」

「そうか。よかった。僕は君たちの存在を予想していた。妖怪の痕跡を消す者がいなければ今の世界は維持できないんじゃないかってね。それが邪悪な意図でないことにほっとしている。妖怪がらみの事件に今年度だけでもう、8件も遭遇した。これも含めてだけど」

「……は、8件!?今年異常に事件が少ないなってみんなで話してたんですけど、ひょっとして先生全部解決してたんですか!?」

「そんなに異常だったのか……」

竜太郎は頭をぽりぽり。自分で気づいてはいたが、雛子が来てからの事件の遭遇率は異常だった。妖怪のコミュニティ基準でもやはりおかしいらしい。

「先生のことは近いうちに是非、招待したいです。仲間にも紹介したいですし」

「その時はうちの助手も連れて行っていいかな」

「ええ。歓迎します」

「ありがとう。

さて。あっちでも話は終わったようだ」

竜太郎が美術室の中に視線を向ける。随分と風通しが良くなったそこでは、二人の女性の再会の決着がつきつつあった。


  ◇


「あれは事故だった。約束の最後の日。あなたに体を返す日、私は車に轢かれたの。死ななかったけれど、長い間植物状態になっていた。目が覚めた時、真っ先に気になったのはあなたのことだった」

かつての七瀬初音。今は安住初音と呼ばれる肉体を持った女性は語る。親友と別れて以来の半生を。

「目覚めてもすぐには動けなくて、リハビリを長いことしたわ。回復して、ようやく退院の許可が出た後学校にいった。美術室に。けれどあなたはもう行方が分からなくなっていたわ」

『それでずっと現れなかったのね……』

「ごめんなさい。どれだけ手を尽くしてもあなたの行方は分からなかった。あなたをよそに運び出した先生は別の学校に移っていて、訪れてみたら病気でもう亡くなっていた。そこで手がかりが途切れたの。何の力もない今の私じゃあどうにもできなかった。

そうしているうちに月日は流れた。私は人間として生きることを決めた。勉強した。就職して、そして恋に落ちた。結婚して娘を産んだ」

『そっか。私の両親はどうなった?』

「ふたりとも元気。兄弟も」

『安心した。みんな元気なのも。あなたが幸せそうなのも』

「幸せ……なのかな」

『たぶんね。裏切ったんじゃないなら、いい。それだけが気がかりだった。あなたはその身体で自分の人生を生きて。旦那さんと、娘さんもいるんだから』

「そんな。それじゃ、あなたは」

『20年この姿で生きてきた。残りの人生をこれで過ごすのも悪くないって思ったの。あなたは?」

「……ごめんなさい。そう言ってもらえてほっとしてる」

『謝らなくていいよ。話ができてうれしかった。娘さん、大事にしてあげて』

それで終わりだった。安住初音は意識を失った娘を抱き上げ、七瀬初音は瞼を閉じてただの絵に戻る。

「終わりましたか」

「はい。先生。ありがとうございました」

山中だったか。そんな名の教員の手助けを受け、娘を連れて安住初音は、その場を後にした。

学校を舞台にした事件は、こうして終わった。

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