第5話 妖怪ハンター

「なるほどな。そんなことが」

竜太郎は頷いた。眼前の見えない幽霊(自称)には邪悪な意図は感じられない。話した内容にも嘘はなさそうだ。今のところは、だが。

とはいえ、こんな展開は初めてだ。妖怪との戦いを始めても何年も経つが、竜太郎にとって妖怪とは狩るものであって、言葉を交わすものではなかったからである。それが幽霊だったとしても、やることは変わらない。人に仇為す者である限りは。

幽霊が人を殺している。

ここ数日ニュースになっている。警察官一家惨殺事件。保護された男の子も交通事故で死亡。さらに昨夜には二件目が起きた。本当に幽霊が犯人なら警察にはどうにもできまい。

いや。自分が挑んだとしても勝てるかどうかはわからない。綿密な調査と下準備をしたうえでようやく五分といったところか。話を聞く限り、物理的な暴力が通用する相手ではない。弱点を探らなければならなかった。

「それで……助けてほしいんです」

「その殺人鬼の幽霊をやっつける?」

「はい」

幽霊(自称)の声は少女のものに聞こえる。本当にそうなのかは姿が見えないからわからないが。案外狐狸の類が化けているだけかもしれぬ。

「……難しいな。刃物や銃が効く相手ではなさそうだ。投石もね」

「さっきの奴ですか?」

「ああ。あれは投石紐スリングだよ。旧約聖書でダビデがゴリアテを倒すのに使った道具だ。古くから使われている武器だな。僕が使っているのは、現在でもペルーあたりで牧畜民が獣除けに使ってる奴を真似して毛糸で編んだものだ。まあ日本じゃ資料がほとんどなくて編み方はオリジナルだけども。

銃刀法に引っかからなくて便利なんだよ」

「……あなた、何者なんですか?」

「ただの高校の非常勤講師だよ。それだけじゃ食べてくには給料が足りないんで、他にも仕事を掛け持ちしてる。

空いた時間で妖怪ハンターもやっているが」

「妖怪……」

「この世には常識じゃ計り知れないものがたくさんある。物理法則に反しているようなものも。そういったものを総称して、僕は妖怪と呼んでる。神も悪魔も妖精も都市伝説も宇宙人も。もちろん幽霊も。全部ひっくるめてね。ゲームでその辺の存在を全部"悪魔"と呼んでる奴があったな。ああいうノリだよ」

「そんなに、たくさんいるんですか……?」

「妖怪ハンターを始めてもう何年になるかな。君でたぶん9件目だ。そんなにたくさんはいないが、探せばいる。僕のような個人でさえ見つけられるからな」

「幽霊とか妖精って架空のものだって思ってました。証拠だってないですし」

「そうだな。だが実在する。君がそこにいるようにね。けれど証拠がない理由は単純だよ。そもそも妖怪は機械に写らないんだ」

「機械に写らない?」

「そうだ。さもなければこの、誰もがスマホやタブレットを持っている時代に一枚も妖怪を映した写真がないのはどういうことだ?というわけだな。実際僕も写真を撮ろうとしたことはあるが、一枚も写せたことがない」

「……」

「妖怪は形態も能力も性格も多様だが、根本のところでは同種だと僕は考えている。どいつもこいつも写真に写らない。同じ性質だ。今の地球上の生物が、ほぼ同じ塩基を元に構成されているようにね。だがそれだと、昔からいるようなやつはともかく近年出現したような都市伝説の妖怪はいったいどうやって生まれてきたんだ?という疑問が生じる。まあこれについても仮説はあるけどね」

「聞かせてください」

「いいだろう。

妖怪は、人の想いから生まれてくるんだ」

「想い?」

「そう。人間が『そこにいる』と信じることで、妖怪が生まれる。神を信じれば神が生まれるかもしれない。夜道で足音に震えれば、そこに妖怪を生み出すかもしれない。ものを大事に使っていれば付喪神になるかもしれない。

ましてや近年は書籍や雑誌、新聞。テレビやラジオやネット。SNSなんかで情報はたちまち拡散し、大勢の人の目に触れる。そいつを信じた人たちの想いで妖怪が現実に実体化したとしてもなんらおかしくないだろう?」

「じゃあ、幽霊も……?死ぬときの私の未練が、こうして形になったと?」

「可能性はあるが、断言はできないな。この理屈だと説明がつかない部分もあるから」

「なんですか?」

「それは、この世が幽霊だらけになってないということだ。未練を覚えて死ぬなんて当たり前だろう。けれど幽霊なんてほとんどいない。少なくとも、何年も妖怪ハンターをやっている男が今日初めて出会うくらいの数しか。

たぶん、妖怪は大勢の人が信じないと生まれないんだ。もしくはひとりあるいは少人数の想いであっても生まれるが、長い時間がかかる。死の一瞬の想いではなかなか幽霊は生まれないんじゃないかな」

「じゃあ、私は死んだ人間なんかじゃなくて、たくさんの人が思い描いた殺人の被害者の想像図、ってことですか……?」

「かもしれない。断言はできないよ。証拠がないからね。

気に病まない方がいい。

まあ、今は話を戻そう。その殺人鬼の弱点が分からないことには僕も手出しのしようがない。返り討ちにされるだろうな」

「あ。幽霊の弱点、私知ってます。お経とか祝詞とか。あと、お寺の敷地なんかに入れないんです。自分で試したから間違いないですよ」

「君の弱点が分かってもなあ。さっきも言った通り、妖怪が人の想いを反映して生まれてくるなら、同じように見える妖怪でも個体ごとに弱点は異なるはずだ。お経自体には特別な力はなくて、『誰それの幽霊はお経に弱いに違いない!』と信じる心を再現した結果、お経に弱くなったからだ。例えばその殺人鬼がキリスト教徒やヒンドゥー教徒なら?お経が効くと思うかい?」

「あー。それはそうですね……」

「だがまあ、そいつの宗教を調べる価値はあるな。というかその殺人鬼と同時に幽霊になったということは、君自身とのかかわりもひょっとしたら深いかもしれないのか。

調べてみるよ。名前を教えてくれるかな」

小宮山雛子こみやまひなこ、です」

「雛子ちゃんか。よろしく」

竜太郎が差し出した手。それは、不可視の手によってしっかりと握り返された。

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