第7話 暗殺者は王女の髪を整える

ジルは、布と鋏、お湯と様々な染料を持って部屋に戻って来た。


「クリス、髪を整えても良いか? そのままだと街に出たら目立つから。髪色も変えようぜ」


「分かったわ。確かにわたくしの髪は珍しい色だものね」


「本当は勿体ねぇなあと思うんだけどな。見つかったら困るから。鬘も用意してあるから、色変えたくなければ鬘にするか?」


「ううん、鬘は取れやすいもの。ジルと一緒に居られるなら、髪色なんてなんでも……あ、でも、選べるならジルと同じ髪色が良いわ」


そう言って笑うクリステルに、 ジルの鼓動が早鐘を打ちはじめる。


「クリス、オレを信用するの早くねぇか?」


誤魔化しながら、ジルはクリスのバラバラになった髪に鋏を入れ始めた。クリステルは無警戒にジルに身を任せており、ますますジルの心臓は早鐘を打つ。


「どうせ死ぬなら最後にもう1回だけ人を信用してみようと思って。それに、ジルがあの時のお兄さんなら信じて良かったと思うわ。わたくしからの願いは1つだけよ。裏切るならわたくしを殺して。暗殺者なら殺すのは得意でしょう?」


「そうやって無駄に死のうとするのやめてくれよ。オレはクリスを手放す気はない。分かってると思うけど、国王に頼まれたからクリスを助けた訳じゃねぇからな?」


「え……違うの?!」


「……マジか。分かってなかったか……。言ったろ? オレはクリスが欲しいって。なぁ、男が女にそんな事言うって事は、どんな意味なのか分かるだろ?」


途端に、クリステルの顔が真っ赤に染まる。


「えっと……それはつまり……」


「オレは、クリスが好きなんだ。あん時オレを助けてくれた小さなお姫様が大人の女性になって、いつの間にか惹かれていた。姫さんだし、婚約者との仲も順調そうだって安心したのに、なんかムカムカしてた。あの婚約者、王妃が手配しただろ? 嫌な予感がして暗殺の仕事ついでに調べたら、あいつ隣国では何人もの女性を孕ませてるプレイボーイだったんだ。こんなクソ男と婚約させんのかって国王に直訴したら、嫁ぐ時にオレが攫ってしまえば良いって言いやがった。国王がだぜ?! そん時からだな、クリスが好きだって自覚したのは。だから、婚約破棄されて即暗殺しようとした王妃にはムカついたけど、チャンスだって思ったんだ。国王から許可をぶんどって、クリスを攫った。国王もひたすらクリスを見守ってたオレなら大丈夫だろうって信じてくれた。こんなチャンス逃すわけ無いだろ。まさか、クリスから殺してくれって言われるとは思わなかったけど、オレの計画は成功だ。もうクリスはオレから離れられると思うなよ? 死ぬのも禁止だ。クリスが死ぬならオレも死ぬぜ?」


「それは駄目!」


「なら、ちゃんと生きてくれよ。オレと、一緒に」


「分かった。ジルがわたくし必要としてくれるのなら、生きるわ」


「やったぜ。少なくとも、あのクソ婚約者よりクリスを大事にするぜ」


「そっか、ジルは影だから見てたのね。うすうすは気がついていたの。わたくしは彼に夢中になってしまったけど、彼は夜会で令嬢をエスコートするように女性の扱いを心得ていただけだったのよね。何も出来なかったわたくしに、婚約者ならこれくらい出来て当たり前だと言うから頑張って様々な事を身に付けたのだけれど……どうもそれが気に入らなかったみたい。段々冷たくなって……最後には捨てられてしまったわ」


「まだ、アイツの事好きか?」


「どうかしら……そもそも好きだったかも……もう分からないわ。わたくしは初めて自分に優しくしてくれた人に夢中になっていたけど、わたくしに最初に優しくしてくれたのはジルだったのよね。それから、お父様も……。そう考えると、あの人の事はもうどうでもいいわ」


「オレ、あいつ大嫌いだ。クリスに対する態度も、礼儀だけはわきまえてるけど冷たいし、要求するばっかりでクリスになんにもしてやらなかったじゃねぇか。あんなの、婚約者の態度じゃねぇよ」


「そうなの? 彼は無視せずわたくしとお話してくれたわ」


孤独だった王女は、まともに会話をしてくれるだけで善人認定してしまう。ジルは、危なっかしい王女様が心配で仕方なかった。


「話なんて、オレがこれからどれだけでも聞いてやる。欲しい物も、出来る限り手に入れてやる。だから、オレと一緒に居てくれよ」

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