第6話 暗殺者は狼狽える

しばらく暖炉を見つめ、涙が落ち着いてきたクリステルは、部屋のドアを開けた。ジルが居ない事が不安で仕方なかったからだ。


「ジル……どこに居るの?」


ジルは、ティーセットを抱えて部屋のドアの前に座り込んでいた。


クリステルは、ジルを見つけると花が咲いたように笑った。


「クリス、オレはずっとここに居たぜ。ドアを開けようとしたけど、もう少しゆっくり手紙を読みたいだろうと思ってな。もう大丈夫か?」


「え……ええ、ありがとう」


ドアを開けようとしたらクリステルの泣き声が聞こえたジルは、落ち着くまではひとりにしておこうとドアの前で待っていた。


「お茶を淹れるよ。中に戻ろうぜ」


「ありがとう」


ジルの顔を見るだけでクリステルはとても安心していたのだが、クリステルは安心した経験がないので安心しているとは気が付かった。


ジルと居ると今までにない心地良さがあった。婚約者と居ても、こんな感情になった事はなかった。


ずっとこの人と一緒にいれたら良いのに。


クリステルは、そう思って思わず呟いた。


「ジルと一緒に居ると心地良いわ」


お茶を淹れていたジルは、とても驚いた顔をした後、ティーカップをクリステルに渡しながら美しく笑った。お茶は、念のためジルが毒味してある。クリステルは公式な場以外では毒味などされた事がなかったから、ジルの気遣いがとても嬉しかった。


「そりゃ光栄だな。これからはずっと一緒だから、安心してくれ」


「安心……?」


安心という言葉の意味は知っていても、経験のないクリステルはジルの言葉を聞いて固まってしまう。


「何だよ? オレと一緒なら安心するって事じゃねぇのか?」


冗談混じりに笑いながら、ティーカップにお茶を淹れるジルの手つきは、まるで洗練された執事のようだった。


「……そっか、これが、安心って事なのね。確かにさっきジルが居ない時はどこか不安だったのに、今はそんな気持ちが一切ないわ。心地良くて、まるでお布団の中にいるみたい。ううん、寝てる時も気を張ってたから、お布団の中に居るより心地良いわ」


クリステルの言葉を聞いて、ジルは顔を真っ赤にした。淹れていたお茶がティーカップから溢れ、テーブルクロスに染みを作った。


「ジル! お茶! お茶!」


「ああ……悪い。テーブルクロスの替えを貰って来る……」


警戒されると思っていた王女から、あっさり信頼を勝ち得て、一緒に居ると安心するとまで言われたジルは有頂天だった。


クリステルの無警戒な笑みはジルの心を射抜き、ますますジルはクリステルを手放せなくなった。


「あれは……反則だろ……」


テーブルクロスの替えを貰いながら、ジルは呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る