第2話 王女は、暗殺者に攫われる

「え……?」


呆然とするクリステルに、男は優しく微笑んだ。


「悩むくらいには生きる気力があるらしいな。この城から出してやるし、危険からは守る。王妃はアンタが城にいなければ良いって言った。ここに血痕があんだろ? アンタのドレスの欠片やアクセサリーでも落としておけば、死んだとして国王が処理してくれる。城に近づかなきゃ、自由に生きられる。それとも、もう生きるのは嫌か?」


クリステルは、男の視線に促され、誰にも言わなかった本音を漏らした。


「死にたく……ない……生きて……いたい……誰かひとりで良い。わたくしを必要としてくれる人が欲しい」


クリステルは、絞り出すように呟いた。


「じゃあオレと行こうぜ。オレは、アンタが欲しい」


「わたくし……誰にも必要とされてない……んじゃ……」


「そんな事ねぇよ。姫さんの身に危険が迫ってるって分かった国王がオレを手配したんだ。オレの一家は代々王妃の実家に仕える暗殺者だ。国王より王妃の命令を聞く。けど、オレだけは違う。オレは、姫さんを優先する」


「どうして……?」


「ゆっくり説明してやりてぇけど、あんまり時間がねぇんだ。兄貴達が帰ってきたら姫さんは殺されちまう。生きる気があるなら、ドレスをちょっと切って置いといてくれ。姫さんのドレスは特徴があるから、少しで良い。後は国王が上手くやってくれる。すぐ代わりの服は用意してやるからよ」


そう言って男はクリステルにナイフを手渡した。その男は、今までクリステルが見た事のない目をしていた。蔑む訳でもなく、無関心な訳でもない。元婚約者が優しくしてくれた時に似ているが、どこか違う。どこかで見た気もするが、どうしても思い出せなかった。


クリステルは少しだけ男に心を開き、気になる事を聞いた。


「本当に……助けてくれるの?」


クリステルの問いに、男は優しく微笑んだ。


「ああ、助けてやる。だから、オレに攫われろ。それに、王妃は姫さんがこの城から居なくなれば良いって言ってたぜ」


「嘘、あの人がそんな生温い事を言う筈ないわ」


「クリステル・フォン・リーデェル様がこの城に存在しなければ良いのかって聞いたらそうだって言ったぜ。ま、誘導したっちゃしたけど。だからオレは姫さんの暗殺する仕事を請けてすぐ国王の元へ行った。姫さんが生きてさえ居れば良い。頼むから助けてくれって国王は泣いてたぜ」


「本当……?」


「本当だ。詳しくは後で説明してやる。姫さんがオレに攫われてくれりゃあ、あとは国王が上手く処理してくれる。姫さんが王女として死ねば良いだけなんだから、王妃も満足する。あんな王妃と、兄の為に死ぬ事はねぇよ。ここに未練はねぇだろ?」


「ないわ」


「死ぬなんて勿体ねぇよ。だったらオレに攫われたって良いだろ」


ぶっきらぼうな言い方ではあったが、今まで感じた事のない優しさを感じたクリステルは、生きる事を選択した。


「そうね。わたくしが王女でなくなって、お兄様の邪魔をしなければ良いのよね」


クリステルは、意を決して、自分の長い髪を切り捨てた。


「おまっ! 何やってんだよ!」


「髪が無くなれば、わたくしが生きていると疑われても、王女に戻る気は無いと王妃様が判断してくれるわ。ドレスやアクセサリーを残すだけじゃ、追手がかかるかもしれない。けど、髪なら……」


「そりゃあ、高貴な女性が短髪なんてあり得ないから、王族として生きる気はねぇって分かるし、生きてるとバレても追手はかかんねぇだろうけどよぉ。あーあ、勿体ねえなぁ」


「良いの。それとも長髪のわたくしでないと攫う価値はないかしら? それなら今すぐ殺してくれる?」


「いや、別に髪の長さなんてどうでも良い。それより良いのかよ? 見知らぬ男をそんなあっさり信用して。国王の話も嘘かも知れねぇだろ?」


「どうせ死ぬつもりだったんだもの。構わないわ。その代わり、わたくしは貴方を信用してついて行くの。攫って余所に売り飛ばすつもりなら今すぐ殺して下さる? 一応自決用の毒は持ってるから誰かに売り渡されるならすぐ飲むわ。だからわたくしを売るのは無理よ。それから、わたくしが邪魔になるような事があったらちゃんと言ってね。責任持って……」


「もういい!」


「どうしたの?」


「オレは……クリステルを手放すつもりはない。攫われても構わないって言ったのはクリステルだ。逃げようとしても、もう逃さねぇ。その代わり、絶対幸せにしてやるよ」


そう言って、男はクリステルの意識を刈り取った。

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