第1話 婚約破棄された王女、暗殺者と出会う

クリステル・フォン・リーデェルはリーデェル王国の第一王女である。上に兄が1人居るが、顔を合わせる事はほとんどない。


兄は正妃の子で、クリステルは側妃の子だ。クリステルの母はクリステルを産んですぐに他界しており、父である国王はクリステルに興味がない。


そう誰もが信じている。クリステル本人すらも。しかし、国王はクリステルに興味がないように装ったのだ。何故なら、そうしないとクリステルも母のように暗殺されてしまうから。


クリステルの母は、正妃が手配した暗殺者に殺された。それを知るのは、手配した正妃の関係者と……国王のみ。国王は、クリステルを守る為に無関心を貫いている。


だから、クリステルは父の愛情を知らない。父の顔すら曖昧だ。使用人も冷たく、彼女を案じるのは無関心を貫く王と、密かに見守る影だけ。


影もクリステルの前には姿を現さない。


クリステルは、孤独だった。ただ勉強を教えるだけの家庭教師。口も利かず世話をするメイド。彼女に優しくする者は皆無だった。クリステルにつけられた使用人は全て王妃の配下だったし、クリステルに優しくすれば王妃の不興を買うと誰もが知っていた。出入りの商人すら、クリステルには冷たかった。


そんな孤独な少女時代を過ごしたクリステルも、年頃になり婚約者が決まった。婚約者は、隣国の第一王子ピエール。クリステルは、隣国に嫁ぐ事になった。クリステルが国から居なくなれば、王位を継ぐのは自分の子しか居ない。そう思って王妃が斡旋した縁談だが、クリステルを守りたい国王にとっても都合が良かった。国から出してしまえば、クリステルは王妃の魔の手から逃れられる。縁談はあっさりまとまり、クリステルには婚約者が出来た。


婚約者は、クリステルに優しく声をかけた。


クリステルは、初めて自分を大事にしてくれる婚約者に夢中になった。彼の望むままに、沢山の勉強をした。礼儀作法も洗練されて、クリステルは誰もが憧れる王女になった。


少しずつ……少しずつ……クリステルの評価は上がっていった。クリステルは婚約者の為にただひたすら努力しただけだった。婚約者に褒められる度に、クリステルは嬉しそうに笑った。


だが……それを快く思わない者も居た。


筆頭は、王妃と第一王子のヒューだ。クリステルの評価が上がり、国外に出すのは勿体無いとの声が出始めた辺りから、王妃の機嫌は悪くなり、ヒューは癇癪を起こすようになった。


それから、クリステルが一番認めて欲しかった筈の婚約者も、クリステルを疎ましく思うようになった。あまりにクリステルの評判が高くなり、プライドが傷付いたのだ。


「何故?! 何故婚約破棄なんだ?! 娘は其方にあれほど尽くしていただろう?!」


「ええ、そうですね。でも、彼女は女性なのに出来過ぎです。可愛げがない。あれでは王妃は務まりません」


クリステルは、あっさりと婚約破棄された。


「そうですか。分かりました」


婚約破棄を告げられたクリステルは、そう一言…呟いただけだった。国王は、娘にかける言葉が見つからなかった。


「あの子は、もう処分しましょう。」


国王が急いで国外の縁談を探そうとしている間に、王妃が動いた。王妃は、自分に仕える暗殺者の一家の1人を呼び出し、こう告げた。


「あの子がこの城に存在すると、ヒューが可哀想だわ。クリステル・フォン・リーデェルを殺しなさい」


「クリステル・フォン・リーデェル様がこの城に存在しなければ、宜しいのですね?」


「ええ、そうよ。ヒューが2度とクリステルの事で悩まないようにしてあげて。国王はヒューよ」


「かしこまりました。クリステル・フォン・リーデェル様を暗殺します」


王妃は、クリステルに付いていた影に残酷な命令を下した。


クリステルは既に生きる事を諦めていた。自分がどのような評価をされているか、分からない程子どもではなかったし、母の命を奪ったのが誰かも分かっていた。


使用人はクリステルに気を遣う事はない。噂話を聞けばすぐに推察できた。微かに父の気遣いにも気が付いていたが、自分と話す事のない父を全面的に信頼できる程、クリステルは大人ではなかった。


彼女が全面的に信頼していたのは、婚約者だけだった。だが、それも裏切られた。


彼女は全てを諦めていた。だから、彼女の前に現れた暗殺者に告げた。


「王妃様から手配された暗殺者かしら? 抵抗はしないから、出来るだけ苦しまないように殺してね」


美しく笑うクリステルは、死を受け入れていた。


「何言ってんだ。普通抵抗するだろ」


「普通は……ね。わたくしは普通ではないもの。わたくしを大事にする人なんてもう誰も居ないわ。死を望まれているなら、それも良いかなって。もう、疲れたの。さぁ、早く殺して」


「ちっ……」


首元に冷たいナイフが触れる。クリステルは死を覚悟し目を閉じたが、いつまで待っても死が訪れない。


恐る恐る目を開けると、暗殺者は自分の腕を切り、床に血を落としていた。クリステルが目を開けると、優しそうに微笑んだ。


「なっ、何してるの?! 怪我してる! 手当しましょう!」


「止血くらいすぐ出来る。なぁお姫様? どうせ死ぬつもりだったんなら、オレと生きてみねぇか?」

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