第7話 命を救われた安心感で。彼に依存しているのかもしれない。

『犯して殺してやる! 玉村たまむら!』


 血走った眼が。あたしを逃すまいと主張している。


 それなのに。


 あたし自身の姿が――襲撃者の瞳に映っていない。


 こんな事を考えるのは。心苦しいけど。


 憎しみの矛先は。


 誰でも良かったのだろう。


 、あたしが書いた記事が。


 犯行のきっかけになってしまった。


 と、自分なりにも。


 理解しているつもりだった。


 そして、ここから。


 あたしに向かって。


 鋭利な刃物を装備して襲って来る。


 いつもの流れである。


 悪夢が明晰夢めいせきむって。


 最悪だ。


 夢を操れるならさ。


 空を飛んだり、幽体離脱? をしたいのに。


『たま姉のむね肉は渡さない! もっちりなパンで我慢しろ! ぎゃああ!? 右手に刃物が!? 痛いよお、まつりちゃん!?』


 みか君が支離滅裂しりめつれつで。


 あたしの身代みがわりに負傷するのも。お決まりのパターン。


 夢の中だけど。


 ごめんね。


 せめて、現実世界では。


 みか君のたわむれに。付き合ってあげるから。





 そして。


 あたし――玉村たまむら 真実まみは。


 午前2時に目覚めるのだ。


 そう。例の丑三うしみつ時に。


「……まつりちゃん。らめぇ。ガーターベルトの衣装は刺激が。むにゃむにゃ」


 今回は。隣で寝ている――御門みかど はらえ


 通称みか君を。起こさずにんだ。


 どんな夢!? まつりんにコスプレでもさせてる!?


 叩き起こした方が良いの!? 


 相変わらず、対応に苦慮くりょしている始末。


 彼との病院での療養生活は。


 一ヶ月が過ぎた。


 あっという間だとも言えるし。


 こうして事件の悪夢を。繰り返しているせいか。


 昨日の事にも感じている。


 ただし。


 心因性しんいんせいの失声症には。


 いつまでたっても慣れない。


 ストレスが原因で。声を失うなんて。


 週刊誌の記者としても。当分、休業だ。


 やはり、会話は大事なのよ。当たり前だけど。


 いちいち、筆談みたいになるし。


 この状態が続くとなると。気が重くなる。


「ふにゃ!? 妖怪たかさき!? パンストでの絞殺こうさつを計画!? ぐるじい!?」


 うわっ!? びっくりした!?


 あたしもこんな感じに。うなされていたのかな?


「……ふあっ!? たまねえ? 自分も悪夢だお。たかさきに絞め殺されるにゃんて!」


 うーん。途中まで願望、欲望で。


 幸せな夢だったと思うけどな。


「水分ほきゅー、脱水注意らもん」


 眠気で少しよろつきながら。冷蔵庫に向かう。


 これもいつものルーティーン。


 みか君の左腕も。まだ包帯を巻き付けている状態だ。


 あの通り魔事件で負傷し。


 思ってた以上に、治りが遅いとの事だ。


 しかし、昨日から。少しずつだけれど、動かすリハビリを開始との事。


 だからと言って。いきなり酷使こくしさせる訳には。


 みか君にまかせず。


 あたしが飲み物を取りに行くべきだったな。


 肉体的には、問題無いし。


 五体満足だからこそ。


 せめて、彼の左腕代わりぐらいサポートしないと。


 実の所。


 みか君には感謝しているのだ。


 こんな状態のあたしが。


 もし、一人で。自室で療養していたら。


 きっと。おかしくなっていたかもしれない。


 毎晩の悪夢、睡眠不足、食欲不振等々。


 負のスパイラルが加速してさ。


 精神的にも不安定で。


 常軌じょうきいった行動を。


 例えば、自分のにつながる――


玉村たまむら君!」


 呼びかけに反応しようとしたら。


 ほっぺたが真冬日みたいに……冷たい!?


 危うく『ひゃあん!』とか。普段だったら、変な声が出ていたと思う。


「清涼飲料水のCMみたいだろ! えへへへ!」


 キンキンに冷やされた缶を押し付けたな!?


「撮影会でもしちゃう? 真実まみちゃん! こっちに目線を! ちょっと不敵な笑みでセクシーに!」


 えー? 深夜だよ? そんな気分じゃないし。


 ベッドを浜辺に見立てて。うつ伏せてさ。


 左腕で頬杖ほおづえとか。しないよ? 


 困った男の子だね。みか君は。


「ばっちりだよ! 良いよ! スッキリ青春! そして、缶を開けてからの……飲み干し! 頂きました! 撮影終了、お疲れちゃんです!」


 リクエストに応じてしまった!? 毒されてるよ!? あたし!?


「ぺっ! 赤のキャミソールに短パン娘が! さっさと寝なさい! 汗かいた? シャワーは?」


 え!? ちょ、おまっ!? 捨て台詞ぜりふ!?


 急に真面目になるな!? 母親か!?


 ルームウェア兼用けんようパジャマに文句あるの!? 


 以前は、げへへへ! してたのに!


 た、耐性が付いたのか!? それはそれで……腹立つぞ!


 乙女心は複雑でデリケートなのだ!


 色々と抗議をしたいので。両手でバツ印を作った。


「了解。ねみゅいから。ねる」


 それだけ言うと。再びベッドで就寝……しやがった!?


 あたしを構うのに飽きた!? 


 お姉さんに対して。急に興味を失うのは、いけないぞ!


 君は、そう言う所があるよね!


 ふうん。おざなりな態度するんだ。


 じゃあ、今夜は。みか君の右腕に。


 いつもより強く抱き着いて。寝てやるぞ! うししし!


「たまねえ!? 密着し過ぎ!? もっと自然な感じで!? 目覚めちゃうだろ!?」


 これも事件の影響で。


 何故か。みか君の右腕を抱き枕にしないと。


 眠れなくなってしまった。


 多分。命を救われた安心感で。


 彼に依存しているのかもしれない。


 色々と距離感もおかしいし。


 もはや、他人から。親族みたいな関係だ。


 しかも、一ヶ月間。


 それなりに、同棲どうせい生活を送れてしまった。


 この事実に対して。


 まつりんの反応が恐怖でもあるけど!?


 今度、ステーキをお供えしないと……色々とヤバい気がするぞ!?


かれて、疲れただけさ。あまり深く考えない事だね。玉村たまむら君」


 うん? 何か言った?……あたしも寝よう。


 おやすみ。また明日。


 いや。


 本日も、よろしくちゃん! なんてね。



 


 


 

 


 


 


 


 


 


 




 


 


 


 


 


 


 




 


 

 

 

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