第16話 魔族と少年

その後「ねぇ、あなた……」

「なんですか?」

「今日は久しぶりに一緒に寝ましょう」

「いいですよ」

そうして僕達は一つのベッドの中で眠りについた。

「お休みなさい、私の旦那様……チュッ♡」

「お休みなさい、僕の奥さん……チュッ♡」

そして朝になると僕は愛する妻と一緒に朝食を食べて仕事に向かった。

その日を境にソフィアさんの仕事は以前ほど忙しくなくなった。

というのもソフィアさんが妊娠したからだ。

もちろん相手は僕なので間違いはない。

それからしばらくして僕達の間には男の子が生まれた。

名前は『レイス』と名付けた。

生まれたばかりの時は小さく弱々しい存在だったけど、成長するにつれてどんどん大きくなっていった。

そしてついに4歳になった頃、レイスは僕(アベル)とソフィアさんの愛情を一身に受けながらすくすくと育っていった。

しかしある日のこと、いつものように家族3人で家でのんびりしている時のことだった。

突如として家の中に魔族が現れたのだ! しかも現れた魔族はなんと魔王サタンの側近である四天将の一人だった。

僕は咄嵯に臨戦態勢を取るが、隣にいたソフィアさんが突然叫び声を上げた。

「きゃあああぁっ!?」

すると次の瞬間には彼女の体が黒い霧のようなものに包まれてしまった。

「ソフィアッ!!」

僕は慌てて彼女に駆け寄ろうとするが、それを阻むように目の前に現れたもう一人の四天将によって阻止された。

「お前の相手はこの俺だ!」

「くそぉー!!邪魔をするなあぁっ!!」

僕は怒りに任せて剣を振るうも、目の前にいる男はニヤリと笑みを浮かべると手に持っていた杖をこちらに向けてきた。

「喰らえ、『ダークネス・アロー』!!」

放たれた闇の矢をなんとか回避する。

しかしその直後、背後からまた別の攻撃が迫ってきた。

「ぐわあっ!?」

振り返るとそこには先程まで部屋の隅で縮こまっていたはずのレイスが立っていた。

どうやら今の魔法はレイスによるものらしい。

だがまだ幼い子供のはずなのにその威力はかなりのものだった。

「このガキィ……よくもやってくれたな!」

男が激昂して再び攻撃を仕掛けてくるが、僕はそれよりも早くレイスを抱え上げるとその勢いのまま壁際まで移動した。

そしてそのまま壁に押し付ける。

「ぐへぇっ!?」

さすがにこれには耐えられなかったようで、男は情けない悲鳴を上げていた。

それを見た僕はすかさずレイスを抱きかかえたまま男に向かって走り出した。

「クソォッ!!」

男が悪態をつくと同時に手元にあった杖を振り下ろしてきたが、僕は間一髪のところでそれをかわすと男の顔面を思いっきり殴りつけた。

「ぶべらぁっ!?」

男は鼻血を出しながら床の上に倒れ込んだ。

僕はそんな彼の体を足で押さえつけると、剣を突き付けた。

「動くんじゃないぞ?少しでも動いたら殺す」

僕の言葉を聞いた男は恐怖のあまりガタガタと震え始めた。

一方その頃、ソフィアさんの方にも異変が起き始めていた。

なんと今度はソフィアさんの体の周りに黒い霧のようなものが発生し、それが徐々に人の形を成していったのだ。

やがてそれはソフィアさんの姿になった。

ただその姿は明らかに普段とは違うものだった。

肌の色こそソフィアさんと同じものの、顔つきは完全に別人のものになっていた。

まるで鬼のような形相をしている。

僕は咄嵯にソフィアさんの形をした何かに対して斬りかかった。

しかしどういうわけか僕の攻撃は全てすり抜けてしまい、逆に相手の攻撃を受けてしまうことになった。

「ぐわぁっ!?」

幸いなことに大きなダメージを負うことはなかったが、それでも痛みがないわけではないので思わず苦悶の声をあげてしまった。

それを見てソフィアさんの姿をしたものが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「フハハッ!残念だったなぁ、俺の攻撃はお前には当たらないぜ?」

「…………」

「なんだぁ?ビビッちまって声も出ないか?まあ無理もないよなぁ、なんせ相手はあの魔王サタン様の側近だからなぁ」

「…………」

「おい、何とか言ったらどうだ?」

「うるさい」

「は?」

「いい加減黙れと言っているんだ。耳障りだ」

「てめえ……舐めた口きいてんじゃねえぞ!!」

僕が冷たく言い放つと、相手は額に青筋を立てて怒鳴り散らしてきた。

しかし僕は全く動じなかった。

「お前が何者か知らないけど、とりあえず消えてくれ」

「何を言って―――」

次の瞬間、相手の背後に回った僕は思い切り蹴り飛ばした。

するとそいつは勢い良く吹っ飛んでいき、家の外にある庭の木にぶつかった後、地面に落下していった。

するとその直後にソフィアさんを覆っていた黒い霧のような物が綺麗サッパリなくなった。

同時にソフィアさんも意識を取り戻したらしく、目を覚ました彼女はすぐに自分の体の調子を確認していた。

僕はそんな彼女に声をかけた。

「大丈夫ですかソフィアさん」

「はい、私はなんともありませんが……あなたは平気なんですか?先程はかなり酷い怪我をしていたように見えましたけど……」

「これくらいなんてことないですよ」

実際問題、僕が受けた傷は既に完治していた。

これも全て魔王サタンから貰った『不死身スキル』のおかげである。

ソフィアさんが無事だったことにホッと安堵していると、部屋の外から大きな音が聞こえてきた。

慌てて部屋から出てみると、そこには一人の魔族が倒れ伏していて、その周囲には何本もの木が倒されていた。

どうやらあの魔族がやったようだ。

するとその時、家の中から誰かが出てきた。

それはなんと先程の魔族だった。

「くそっ、油断した……。まさかこんなに強い人間がいるとはな」

「お前が俺の妻を操ってあんなことをしたのか?」

「そうだ。俺は四天将の一人にして闇の大精霊の加護を受けた者、名はデミウルゴスという」

「なるほど、お前の名前は覚えておくことにしよう。それで?どうして俺達の家にいきなり現れたりしたんだ?」

「フンッ、そんなことは決まっているだろう。お前ら夫婦の命を貰うためだ」

「命だと?ふざけるのもいい加減にしろ!!」

「ふざけてなどいないさ。これは真面目な話だ。それに……本当はわかっているんじゃないか?」

「……どういう意味だ」

「お前も薄々感じているはずだ。この世界に漂う邪悪な気配にな。お前だってこの世界がこのままで良いと思っているはずないだろう?」

「……」

確かにこいつの言う通りかもしれない。

僕自身もこの世界の異変には気付いていた。

しかし、だからといってソフィアさんを殺すことなどできない。

「仮に僕がここでお前を殺したとしても、また別の奴が襲ってくるだけじゃないのか?」

「その心配はないさ。何故ならお前は今日死ぬからだ。今頃他の仲間達はお前の大切な人達を殺していることだろう。もちろんお前の嫁も含めてな」

「っ!?貴様ぁっ!!」

僕は怒りに任せて剣を振るおうとするが、それを察したデミウルゴスによって阻止されてしまった。

「おっと、そう簡単には殺させないぞ?まずはお前の大切な女共の無惨な姿を目に焼き付けることだな!」

「クソッ!」

僕は悔しさに歯噛みしながら、その場に立ち尽くしていることしかできなかった。

ソフィアさんも僕と同じように唇を強く噛んでいた。

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