第13話 ジークと少年

「うーん、なかなか良い感じに戦えるようになってきたかな」

 あれから数時間後、僕は訓練所の片隅にある休憩スペースにて休んでいた。

 あの後は結局三人全員を相手にして模擬戦をすることになったのだけれど、結果はこちらの勝利で終わった。ただ三人ともかなりの実力者であり、正直かなりギリギリの戦いを強いられた。それでも何とか勝利を収めることができたのだから、やはり魔法の威力を上げるというのは凄まじい効果があるようだ。

 それにしてもまさか勝てるとは思わなかったな。最初の二人はともかくとして、最後の一人なんかは本当に強かった。流石は冒険者というべきか、戦い慣れしていたように思える。

(まぁ、とりあえず今日はこれくらいにしておこうか)

 そう考えて立ち上がったその時、不意に背後から声をかけられた。

「よぉ、久しぶりだな」

 振り返るとそこには見覚えのある冒険者の男がいた。確か名前は……そうだ、ジークさんだ。以前ギルド内で絡まれた時に助けてくれた男性である。

「はい、お久しぶりです」

 僕が挨拶を返すと彼は少し驚いたような表情を浮かべる。何か変なことでも言ってしまっただろうか? そんなことを考えていると、ジークさんは何やら感心した様子で話しかけてきた。

「なんだ、随分礼儀正しいじゃないか。もっと生意気な態度をとるもんだと思っていたぜ」

 どうやら以前の僕の態度に対しての言葉だったらしい。

「あはは……さすがに命を助けてもらった相手に無礼な態度を取るほど落ちぶれてはいませんよ」

「へぇ、お前にもそういう感覚はあるのか。それはちょっと意外だったな」

「どういう意味ですか?」

「いや、何だかんだ言ってお前はまだ子供だろう? 普通なら俺みたいな大人には敬意を払うべきなのに、それをしないどころかいきなり殴りかかってきたわけだしな」

 確かにその通りかもしれない。

 実際問題、この世界では15歳で成人を迎えることになっている。つまり今の僕はもう立派な大人なのだ。だというのに相手の立場を考えずに突っかかるなんて、前世であれば完全にアウトだ。しかし―――

「相手がどんな人間であろうと、まずは自分の安全を確保することが最優先ですよ。そして次に相手の立場を考えること。それが一番大切なことだと思いますけどね」

 少なくとも僕は今までそうやって生きてきたつもりだ。

「なるほどな……」

 僕の言葉を聞いたジークさんは何故かニヤリとした笑みを浮かべた。

「お前、やっぱり変わってるわ」

「えっと……褒められてます?」

「ああ、褒めてるんだよ。それで、この後は暇なのか?」

「いえ、これから帰るところですけど」

 本当はもう少し訓練を続けようと思ったのだが、今はあまり無理をするべきではないと判断したのだ。特に身体強化魔法についてはなるべく早く習得したいと思っているため、今後は毎日訓練を行うつもりでいる。そのため今日のように長時間の訓練はできないのだ。

 するとジークさんはその答えを聞くなり嬉しそうな表情を浮かべた。

「それじゃあちょうどいい! 実は俺達と一緒にクエストを受けて欲しいと思っていてな!」

「えっ!?」

 突然の誘いに思わず驚く。まさかそんなことを言われるとは思ってなかったからだ。

「あの、どうして僕なんですか?」

「ん? そりゃあお前が一番見込みがありそうだからだよ。他の二人よりも圧倒的にな」

「そ、そうなんですか?」

「おうよ。あの二人はまだ若い上に経験不足だからな。はっきり言ってまだまだひよっこだ。だがお前の場合は違う。戦闘スタイルこそ違えど、あいつらと遜色ない実力を持っているように見えたからな」

 どうやら僕の目からはそう見えたようだ。しかしこれは困ったことになったぞ……。

 正直、あまり目立つことはしたくないんだけどなぁ。だって僕ってば一応『忌み子』として村の中で孤立している身だし。下手に目立ったら面倒ごとに巻き込まれる可能性もあると思うんだよね。

(でも、せっかく誘ってくれているわけだし……)

 それにここで断ったら失礼に当たるかもしれない。いや、間違いなく不機嫌になるだろう。

 ここは素直に応じるべきか。

「分かりました。ご一緒させていただきます」

「おお、受けてくれるのか! よしよし、そうと決まれば早速行くとするかね!」

 こうして僕は半ば強制的にジークさんのパーティに加わることとなった。

「お疲れ様でしたー」

 僕はギルド内の酒場で食事を取っていた女性に声をかけた。彼女は先程まで一緒に依頼をこなしていたジークさんの仲間の一人である。

「あっ、ありがとうございます」

「いやいや、気にしないでください。それよりすみません、急なお誘いを受けちゃって」

「いえ、大丈夫です。それにしてもジークさんがあんなに楽しそうな顔で誰かを誘うなんて珍しいですね」

「そうなんですか?」

「はい。ジークさんはいつもクールというか、冷静沈着な方なので」

「へぇ……」

 何となく想像できる気がする。確かにジークさんは普段から寡黙な雰囲気を纏っているし、表情も常に一定だ。あれはきっと自分の感情を表に出さぬようにするため、あえて無表情を貫いているのだろう。

「まぁ、とにかく今日はお付き合いいただいてありがとうございました。また機会があればよろしくお願いします」

「こちらこそ、ありがとうございました。是非またご一緒させてくださいね」

 僕は彼女と別れると、ジークさん達の待つテーブルへと向かった。

「おっ、来たな!」

「すみません、遅くなりまして」

「良いの良いの。こっちもついさっき終わったところだから」

「そうですか」

「んじゃあ飯食うとするか。ほれ、お前も座れよ」

「はい」

 僕は空いていた席に腰掛けると、三人に注文を聞いて回った。そして全員が飲み物だけということで、それぞれ適当に料理を頼むことにする。

 それから数分後、頼んだ品が運ばれてくると僕達は食事を摂り始めた。

「ふぅ……やっぱり仕事の後はこれに限るぜ」

 ジークさんは豪快に肉を口に放り込みながら満足げな表情を浮かべる。そんな彼の隣では、仲間の女性達が呆れたような視線を向けていた。「相変わらずよく食べるわねぇ……」

「本当だよ。いくら何でも食べ過ぎじゃないの?」

「うるせぇな。俺はこれくらいの量じゃ足りないんだよ」

「はいはい、分かったから少し落ち着きなさい。みっともないわよ?」

「別にいいじゃねえか。減るもんじゃないし」

「そういう問題じゃないの。ほら、私にも分けてくれたら嬉しいかなぁ〜とか思っちゃったりして」

「ああん? お前にはいつも分けてやってるだろうが」

「そうだけどぉ……」

「だったら文句言うなっての」

(仲が良いなぁ)

 僕は目の前で行われるやりとりを見て思わず笑みを浮かべる。こういう関係を見ると、やはり仲間というのは素晴らしいものだと実感してしまう。前世において、僕には友達と呼べる存在はいなかった。もちろんクラスメイトとはそれなりに話したりしていたが、あくまでそれは友人ではなくただの同級生といった感じである。まあそもそも僕自身、積極的に他人と関わることをしなかったせいもあるけどね。

 そんなことを考えていると、ジークさんは僕の方に向き直った。

「なあなあ、どうだ? 俺のパーティに入った感想は」

「えっ? ああ、はい。皆さんとても優しく接してくれますし、居心地も良いので凄く助かっています」

「そいつは何よりだ。俺としても誘った甲斐があったってもんだよ」

「誘っていただいた時は驚きましたが、本当に感謝しています」

「おう! それじゃあそろそろ本題に入ろうか」

「えっ?」

「お前、明日は暇か?」

「そうですね……。特に予定はありません」

 本当は訓練を行いたいと思っているのだが、それを正直に伝える必要はない。

 するとジークさんはニヤリとした笑みを見せた。

「それじゃあ悪いが、明日の朝八時にギルドの前に集合だ」

「朝ですか?」

「そうだ。ちなみに今回はちょっと遠い場所に行くつもりだからな。だからそのつもりで準備をしてきてくれ」

「分かりました」

 どうやらこれから僕達四人はジークさんの故郷に向かうようだ。

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