第10話 友人と少年

 その日の放課後、僕はいつものように図書館へと足を運んだ。しかし、今日に限っては本の返却ではなく、新しい本を借りるためだった。

 目当ての本を見つけて手に取ったところで、背後から誰かに声をかけられた。振り向くとそこには、一人の男子生徒が立っていた。

「やあやあ、アベル君じゃないか!」

 彼は僕を見つけると、親しげに挨拶してきた。明るい金髪に、整った顔立ち。年齢は僕と同じくらいだろうか。着崩された制服からは、鍛えられた肉体が覗いている。

「えっと……」

「ん? もしかして僕のことを覚えていないのかい? ひどいなあ」

「すみません。人の顔を覚えるのはあまり得意じゃなくて……」

 彼の名前を聞こうと思ったのだが、その前に向こうから名乗ってくれた。

「まあいいさ! 改めて自己紹介させてもらうよ。僕はエドワード・ウィリアムズ。気軽にエドって呼んでくれ」

 そう言って彼は手を差し出してくる。

「僕はアベルです。よろしくお願いします、エドさん」

 差し出された手を握り返す。

「うむ、いい握手だね。それでは早速だが、一つ質問をしてもいいかな?」

「なんですか?」

「君は一体何者なんだい?」……………………えっ?予想外の質問に戸惑っていると、彼は続けて言う。

「いやぁ、実は君のことをずっと見ていたんだけれど、とても不思議なんだよねぇ。だって君は普通の人間じゃないだろう?」……この人は何を言っているんだろう?

「……普通ではないというのはどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だよ。まず最初におかしいと感じたのは、入学式の時だ。あの時の君の魔力量は異常だった。そして次に違和感を覚えたのは、先日の魔法実技の授業中だ。あの時は驚いたよ。君が一瞬で魔力切れになった後に見せた魔法には……。でも、一番おかしいと感じているのはそこじゃないんだよね。それは君の魔法の使い方さ。普通の人間はあんな風に自分の身体を酷使したりしないよ」

 そこで一度言葉を切ると、彼はじっとこちらを見つめてきた。その視線はとても鋭く、まるで心の奥底まで見透かされているような気分になる。

「……つまりあなたは僕の正体を知りたいんですね」

「そういうことだね。できれば教えて欲しいんだけど、駄目かな?」

 正直に話すべきか迷ったが、彼になら話してもいいかもしれないと思い、これまでのことを全て打ち明けることにした。自分が転生者であることや、今までの人生についてなど全てを包み隠さずに伝えた。「ふぅーん、なるほどねえ」

 僕の話を一通り聞き終わると、彼は顎に手を当てながら思案顔をしていた。やがて考えがまとまったのか口を開く。

「うん、大体分かったよ。それで君はこれからどうするつもりなのかな?」

「とりあえずはこの学園で卒業資格を手に入れるつもりです」

「どうしてだい? せっかくだからもっと上の学校を目指すとか考えたりしなかったのかい?」

 確かに彼の言うとおり、他の選択肢もあったのかもしれない。しかし、それでも僕はこの道を選ぶことにしたのだ。

「いえ、僕は冒険者になりたいんです」

 そう答えると、彼は少しだけ目を大きくした。それから納得するように何度か小さく首を振ると、「そっかぁ、そうなると色々と大変そうだね」と言って苦笑する。

「はい、なのでここでしっかりと学ぼうと思っています」

「そうかい。まあ頑張りたまえ! 応援しているよ!」

「ありがとうございます」

「それじゃあそろそろ僕は行くことにするよ。また機会があれば会おうじゃないか! さらばだ!」

 彼は爽やかな笑顔を浮かべて去っていった。

(変な人だったけど悪い人ではなかったみたいだ)

 その後、本を借りて寮に戻ると、すぐにベッドへと倒れ込んだ。今日は色々なことがありすぎて疲れてしまったようだ。目を閉じていると次第に眠気が襲ってくる。僕はそのまま深い眠りについた。

 翌日、教室に入るとクラスメイト達がざわついていた。何かあったのだろうかと思っていると、突然一人の女子生徒が声をかけてきた。

「ちょっといいかしら?」

 彼女はどこか不機嫌そうな様子で話しかけてくる。

「えっと、君は……」

「私はミリア・アルベインよ。それより昨日、図書館に行ったわよね?」

「はい、行きましたけど……」

「その時に誰かと一緒にいたでしょう?」

「……もしかしてエドさんのことですか?」

 すると彼女は「やっぱりそうだったのね」と呟く。

「あなたも彼と知り合いなの?」

「ええ、そうです。というより、同じクラスですよ」

「えっ!? 本当に?」

「はい、確か二年A組だったと思います」

 それを聞いた彼女はしばらく呆然としていたが、やがて我に帰ると言った。

「そう、それは良かったわね。それじゃあさっそくだけど、私にも紹介してもらえないかしら? もちろんあなたの友達として」

「別に構いませんよ。それじゃあ放課後にでも一緒に会いに行きましょうか」

「ええ、お願いするわね」

 それから授業が始まるまでの短い時間の間に、エドさんについての質問攻めにあったのであった。

 そしてついに待ちに待った放課後がやってきた。

「さて、それでは約束どおり紹介しますね」

「よろしく頼むわね」

「わかりました。それでは早速ですが、図書室へ行きましょう」

 そうして二人で図書室へと向かうと、そこにはすでにエドさんの姿が見えた。彼は読書をしていたようだったが、僕らに気付くと顔を上げて微笑みかけてくれる。

「やあやあ、待っていたよ!おっと、そちらのお嬢様は初めましてだね。僕の名前はエドワード・ウィリアムズ。気軽にエドと呼んでくれたまえ」

「はじめまして、私はミリア・アルベインよ。私のこともミリーって呼んでちょうだい」

「了解だ! ところで二人はどんな関係なのかな?」

「僕は彼女と友人になったんですよ」

「ふむ、なるほどねぇ……。まあいいか、細かいことは気にしないでおこう」

 それから三人で会話をしているうちに時間が過ぎていった。

「さて、そろそろ帰ろうかな」

「もう帰るのかい?もう少しゆっくりしていったらどうだい? 君とは色々と話したいことがあるんだけれど」

「すみません。この後用事があるんです」

「そうか。残念だが仕方ないね。それじゃあまた今度話そうじゃないか!」

「はい、その時はぜひ」

「それじゃあまたね」

「失礼するわ」

 こうして僕達はそれぞれの場所へと帰っていった。

「ただいま帰りましたー」

「おかえりなさい、アベルくん」

「お母様、少し質問してもいいですか?」

「あら、何かしら?」

「実は―――」

 僕は自分の母親にこれまでの出来事を話した。自分が転生者であること、この世界には魔法が存在するということ、そして冒険者を目指していることなど全てを打ち明けた。

「……なるほど、そういうことだったのね。わかったわ、私が調べておくから心配しないで」

「ありがとうございます」

「いいのよ、困っている時はお互い様なんだから」

「はい、ありがとうございます」

「それであなたはどうしたいの?」

「できることなら魔法を使えるようになりたいですね」

「そう、分かったわ。それなら明日から訓練を始めましょう」

「はい、分かりました」

「それと魔法の使い方については明日教えるわね。今日はもう遅いから寝るといいわ」

「はい、そうさせていただきます」

「ええ、それじゃあお休みなさい」

「おやすみなさい」

 それから部屋に戻るとすぐに眠りについた。

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