第2話 家族と少年

 男が言った通り、少年の家まで歩くことになった。

 少年の家とは言っても、それは彼の家の前にある路地でしかない。彼がいつも使っている道である。

 男は何も言わず、ただ黙々と歩いていくだけだった。

 少年は少し距離を置いてついていった。

 そうしてたどり着いた場所は、小さな公園の前だった。そこには誰もいなかったし、何の変哲もない場所であった。

「ここがどうかしたんですか?」

「まあまあ、ちょっと待ってくれ」

 男は辺りを見回しながら、ゆっくりと歩いていた。何かを探しているようだ。

 やがて男は、ブランコの前で足を止めた。

「あったぞ!」

 男は嬉々として叫んだ。そして、ポケットから携帯電話を取り出した。どうやらそれで誰かを呼び出しているらしい。

「もしもし……ああ、私だ。今すぐ来てくれ! すぐにだ!!」

 電話を切ると、男は少年の方を振り向いた。

「もうしばらくここで待っているといい。そのうちに来るはずだから」

「来るって、誰がですか?」

「すぐにわかるよ」

 その時、どこか遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。かなり大きな音だ。それがだんだん近づいてくるのがわかった。

 やがて姿を現したのは、黒塗りの大きな車だった。運転席にいる人物を見て、少年は息を呑んだ。

「お父さん!?」

「やあ、久しぶりだな。元気にしてたか?」

 父はいつも通りの優しい口調だったが、顔は笑っていなかった。厳しい表情を浮かべたままだ。

「お父さん、なんでここにいるの? それにあの人は誰?」

 少年は質問したが、父からの答えはなかった。代わりに、父が乗っている車が停まった。そして後部座席のドアが開く。

 中からはスーツ姿の男が出てきた。その姿を見て、少年は再び驚いた。先ほどの男と同じ格好をしていたからだ。

 男は少年に近づくと、いきなり手を掴んだ。

「ついてきなさい」

 有無を言わせぬ口調だった。少年は抵抗しようとしたが、男の力が強くて振りほどくことができない。そのまま引っ張られて車に連れ込まれそうになった時だった。

「待ちたまえ!」

 父の声だった。いつの間にか少年の背後に立っていた。

「その子から離れてもらおうか」

「お断りします」

 父と男の視線がぶつかり合った。火花が散る勢いだった。一触即発の雰囲気である。しかし、男はふっと笑うと、「仕方ありませんね」と言って手を放した。

「また後程ということで」

 そう言うと、男は車に乗り込んで走り去っていった。車はあっという間に見えなくなる。後には、父と少年だけが残された。

「いったい何が起きたんですか?あの人は何者なんです?」

「悪いけど、詳しい話はあとだ。今は急いで帰ろう」

「でも……」

「いいから早く乗りなさい」

 父に言われて、仕方なく少年は助手席に乗った。

 車は発進する。来た道を戻り始めた。その間も、父は一言も口を開かなかった。まるで何かを考え込んでいるような様子だった。

(何なんだ?)

 少年は不思議でしょうがなかった。今まで見たことのない父の態度なのだ。こんなことは一度もなかった。

 しばらくして、ようやく家に着いた。

「少しここで待っていてくれ」

 車を降りるなり、父はそう言い残してどこかへ行ってしまった。少年は一人取り残されることになる。

 しばらくの間、彼はぼんやりしていた。すると、突然後ろから肩を叩かれた。驚いて振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。

「こんにちは」

 女性は笑顔で言う。

「えっ?」

 少年は戸惑った。なぜなら、この女性には見覚えがあったのだ。以前会ったことがある気がした。

「どうしたんですか?」

 女性は首を傾げた。

「いえ……なんでもないです」

「そうですか。じゃあ、私はこれで失礼しますね」

「あ、はい」

 女性は立ち去っていく。その姿を見つめながら、少年は記憶を探っていた。

(あれ?どこかで見たことが……)

 その時だった。玄関の扉が開いた。そこから出てきた人物を見て、少年は声を上げた。

「お母さん!?」

 そう、それは彼の母親だったのだ。

「あら、おかえり」

 母はいつも通りの明るい口調で言った。

「なんで母さんがここにいるの?」

「あなたを迎えに来たんですよ」

「迎えにって、どういう意味?」

 少年はますます混乱した。わけがわからず、頭を抱える。

「さあ、行きましょうか」

 母は微笑みながら歩き出した。少年はその背中を追いかけていく。

「ねえ、どこに連れて行く気なんだよ!」

 少年は尋ねたが、やはり返事はない。二人は黙々と歩いていくだけだった。

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