早く、人類は、悔い改めて。
「キミ達には第1
「「…………」」
支部長は勢いよく立ち上がる。
全身から発せられる闘気、光る眼鏡、その勢い、両手で机を叩く音。
いや、目の前の男はどう見てもアジア系なのだが。
「今回の作戦『
「あの、
ちょうど「な・に・よ・り」の辺りでおれと
「何か、質問でもあるのかね?
「てゆうか、質問だらけです。まーた
ワイ抜け、とは「WHY抜け」と書き、説明不足と読む。
「…………またワシ
「ええ、それはもう」
おれの答えにガックリと項垂れ、椅子に崩れ落ちる支部長。
そのタイミングでルーズベルトの幻影は消えうせた。
目の前に映るは、疲れに疲れしわだらけの中年男性。
名は、グエン・ミン・バィック。
戦にて負けを知らぬ国、ベトナム社会主義共和国の政治家一族の血を継いでいる、らしい。
役職は言うまでもなく、GMC東南亜支部・支部長。
簡単に言うと板挟みの
「きっかけは一ヶ月前に東アメリカ連邦が独断で第1
「
脱線、とは「だっせん」と読み、その前に「話が」という言葉がつく。
「――約72年も停戦条約を守った、律義にではないけれども、
節水のため洗えていないハンカチで顔を拭き、場を仕切り直す支部長。
上司のミスを部下が直し、円滑に話を進める。
東南亜支部、ここ3年での伝統だ。
「東アメリカは2個師団と3個人工超人大隊、計2万5千名の大兵力でダンジョンに突入、実に彼ららしい物量作戦で10Fを強行突破した」
「それって、最深部を突破したと?」
「ああ。それどころか宝物庫までたどり着いたそうだ」
その答えに顔を見合わせる俺達。
なにせダンジョンの最深部突破・宝物庫まで踏破した例はまだ1つしかないのだ。
「で、何かあったんですか
「まず結論から言おう。残念ながら一行は全滅した。魔獣に喰われて、な」
「えぇ……」
「我らが
支部長は1枚の写真をよこした。
かなり画質が悪く、撮影時に大きく動いたのか、ブレが酷い。だが幸いにも中央に映る被写体はギリギリ無事そうだ。赤丸で強調してある。
見ると……何だこれは。モノリスに囚われた、人?
いや違うな。人っぽいが種の分類的に違いそうだ、何故なら――
「お? おお⁉ スゴッ、せんぱい見ました? 見てます? 見てますよね?」
「隣でな」
「うっわマジか、モノホンのエルフ耳じゃん! えっこれ合成とかCGじゃなく?」
「残念ながら本物だ。機密レベルは国際連合が定めし開示基準によりレベル5。というわけで口外するなよ。したら死刑だからな」
ドスの利いた声で警告してくる。
2人の首は激しく縦に攪拌した。カクテルを提供できそうな勢いで。
「あれ、彼らは10F……最深部を突破したんですよね」
「そうだ」
「ならなんで全滅したんです?」
「それはな、ダンジョンボスが宝物庫まで追撃してきたからだ」
「「あぁ……」」
その答えは実によく納得できた。
この世界はリアルだ。ゲームではない。故に階を跨いだらおとなしく元の階に戻るとかいう都合のよいことはないのだ。一切。
もちろん晴れてニューゲーム、もな。
「ということはこれが俺達の目標である『彼女』ですか」
「よくみるとおっぱいついてますね。……うぉ、デッッッッッッッ……わたしの見立てでは、優にGカッ」
「とすると初、ですよね。ダンジョンで見つかった明確な
「プ! ってあれ、なんで無視するんですかぁ。ああわかった! このおっぱいの大きさが
「たわけ」
人が折角相棒のセクハラ発言をスルーしたというのに。というか支部長も目ェ見開いて凝視しないでくださいよ。妻子持ちでしょうに。
「…………いや、これはまさか、サイズが100越え? ……いやまさかそんなジャパニーズ漫画のような……ハッ!」
俺のジト目にようやく気付き、元に戻る支部長。
「オホン、話を真面目な方に戻すとして」
「さっきまでは違ってたと認めたぞコイツ」
「ねー。でもせんぱいも見てましたよね、目線の端で、ガッ」
「うるさいわ」
「おいうるさいぞ、そこ。で、『彼女』が
「人型だから、すなわち言語を操る可能性があるから、ですか」
「その通りだ
その後の言葉は3人とも全く同じものが発せられた。
すなわち──巨大樹の謎を解明することができるかもしれない。で、ある。
ここまで来ればもう説明は要らない。なるほど、最初の『万難を排しても攻略』する価値は十分にあるし、『世界の命運はその双肩にかかっている』というのは正しく核心をついていたのだ。
「キミ達は去年、第4
「なるほど。でもあの時はオーディン&ヴァルキュリアのペアにくっついて行った、それだけですよ? 彼らの方が遥かに適任だと愚考しますが……我々の能力は地味かつ破壊力があるとかそういうわけはありませんし」
「うむ。もっともな意見だ。だがな、これから向かう『ヴァナヘイム』は最初に出現した巨大樹であり、何十万もの血を吸ったダンジョンだ。必要なのは観察力と危険察知の直観力なのだよ。あの脳筋馬鹿共ではな、務まらんのだ。そして何より――」
そこまで言った時、支部長の鼻の穴が大きく開いた。同時に顔の毛穴も大きくなった(気がする)。
「あいつらを連れて行ったら戦争になっちまうのだよ!」
支部長、咆哮。
前兆を見ていた俺達、耳を塞ぎ口開ける。
爆風、回避成功。
「何が『悪しきマナを収奪、浄化せんため我出撃す! オーディンの為に! マナを略奪じゃぁ!』だ全く‼ これっぽちも意味わからんわ、そんな理由で相手構わず殺戮するからGMCはPMCだといっつも間違えられるのだ‼ ……民間軍事会社ではなく研究機関だと何度も念押ししたというのに、あの
支部長、号泣。
前兆を見ていた俺達、鎮圧行動に出る。俺はハンカチを差し出し、
慰め、無事成功。
「うっわ
「言ってやんなよ」
「いや、構わん。色々と諦めているからな」
その後に彼が発したため息は魂への一撃を与えそうなほど深かった。
「キミ達が丁度足湯に浸かっている頃な、今回の任務は言わばダブルブッキング状態だったのだよ」
「というと?」
「西アメリカからの依頼とほぼ同じタイミングでな、もう1つ依頼が東南亜支部に舞い込んだ。内容は『東ティモールのディリにおたくの人員を派遣して欲しい。全ての費用はこちらが負担するから』という感じだ」
「あーもしかして。いやもしかしなくても。その依頼ってダーウインからの」
そう頷く支部長。
ダーウインとは、自然科学者の方ではなく、旧オーストラリア連邦・準州ノーザンテリトリーの州都のことだ。
まぁ今や自然科学者の方と国籍はほぼ同一になってしまっているのだが。
「そういえばさっき聞きましたね。『アラフラ海に英仏葡同君連合とインドネシアの空母とがにらみ合いに』というニュースを」
「そういえばあの2か国は一触即発状態でしたよね。あれ、何ででしたっけ」
「それはなぁ」
支部長が
覗き込むと約100年前の世界地図であった。
支部長は解説し始める……両国の因縁を……。
それを某掲示板の創設者風にすると、こうなる。
──────────────────────────────────────
英仏葡同君連合
「えっと、あのインドネシア政府の皆さんには、この地図を見て欲しいんですけど、ここ東ティモールって、ポルトガルの領土となっているじゃないですか。で、頭の悪いアジア人の皆さんに説明しますと、わが国には永久同盟というかNATOの一員というかぶっちゃけ子分というか同君連合となった人たちがいるんですよ。その人たちの祖国はポルトガルっていうんですけど。今世界は寒冷化で欧州壊滅しちゃったじゃあないですか。なのでおいら(
インドネシア
「御託はいいから要件を三行で言え」
英仏葡同君連合
「あっなんかすみません、へへ。昔からのクセでつい。
つまり……
そこ(東ティモール島)はおいらたちが昔持っていたんで
返して貰えませんか?
住民を全て退かした上で
……っていうことなんですけど、『YES』か『NO』で答えてもらえませんか?」
インドネシア
「ダメに決まっているだろ」
──────────────────────────────────────
「うっわ」
「こいつらの言い分認めると現在の
「……という状況でキミ達を派遣すると、開戦の口実になりかねん」
「実際俺らの装備ってダンジョン攻略とかの為に相当な良装備ですからね。戦艦とかもいるほどだし」
「だからと言って貴重な人員を鉄砲玉扱いする訳ないだろう。なので即、断った。文句は
「うへぇ、聞いてみてふと思ったんですけど、早く人類は悔い改めるべきですね」
「話し戻しますが、我々が『ヴァナヘイム』で果たすのは」
「既に察しがついていると思うが、西アメリカ軍の案内だ。ボスがいる10Fまでのな。ボスは彼らが責任を持って討伐するそうだ」
「東アメリカ軍を全滅させた魔獣がうじゃうじゃいるところを案内しろと? ますます我々には手に余るというか」
「いや、そんなことはないさ。何故なら案内役とは斥候役。斥候役に必要なのは、観察力と危険察知の直観力。そして何よりも――適度な自衛能力だ。キミ達にはその『力』が備わっている立派な、冒険者だ。そう、私は信じているよ」
支部長はそう言ってほほ笑んだ。
「あ、それとダンジョン内のザコ魔獣の多くは東の連中が焼き鳥にしたそうだ。だから新たに魔獣が生まれる前、つまり今が攻略するチャンスだと言っていたよ」
その後、細々としたやり取りの後、「北米支部のアンジー&ウィンクテ、ペアにもよろしく伝えておいてくれ」という声を後に支部長室を後にした。
「速報です、拡大するオゾンホールとそれによる紫外線放射の問題により、ニュージーランド政府は来年までに
新たに流れるニュースをBGMとしながら1階まで降りると、同僚らの手厚い歓迎を受ける。
「今日の支部長、どうだった?」「ストレスに磨きがかかってたよ」「
何やら一部でいわれのない誹謗を受けた気がするが、まぁいい。
その後装備課の変人、敷島ラボにて新装備を受け取った後。
「んじゃ、今から3時間後にチャンギ・ベイ第3増設浮遊埠頭に集合で」
「おっけーです!」
一旦俺達は解散した。
そして……
4時間半後。
チャンギ・ベイ第3増設浮遊埠頭にて。
目の前には女性がいた。更にその奥に、
「初めまして、そしてお久しぶりです
目の前の女性、イーグル急便の社員であるデュナミスが握手を求めてくる。短髪赤毛のハツラツした少女だ。ネットでの情報によると先月24日に二十歳を迎えた、とある。
「今回もよろしくな」
「ええ。そちらの方、
「
「サンフランシスコまで、約15000キロ、本艦隊の巡航速度は約16ノットなので、約22日となりますね。不安ですか?」
「あ、はい。その、船旅は初めてなものですから」
「うんうん、わかりますよ、その気持ち。でも大丈夫! わが社の頼もしい艦船タチと私タチが貴方を守ります! ささ、それではお荷物を預かりますね。あ、お二人は特別に装備の持ち込みは許可されてますので、遠慮なくそのままで、どうぞっ!」
渡されたパンフを
やがて汽笛合図が流れ、遂に出港。
戦艦「テキサス」が微速前進。堂々とした鋼鉄の体躯が波を掻き分ける。
南下し、シンガポール海峡、バタム島北6キロの地点で他艦と合流。艦隊を形成する。その陣容は……
・旗艦 戦艦 テキサス(ニューヨーク級)
空母 ミッドウェイ(ミッドウェイ級)
軽巡洋艦 ベルファスト(タウン級)
駆逐艦 チャレット(フレッチャー級)
汎用補給艦
給油艦 アルミランテ・ガストン・モッタ
とのこと(パンフ曰く)。
こうして数多の乗客を乗せ、俺と
その先にある「出会い」も知らずに。
第1章 END
ここからは、きたるべき時代のことを語ろう。
世界がどんなふうに終わり、どんなふうにふたたび始まるのか、語ろう。
(中略)
最後のときが近づいたことを、人々がどんなふうに知るか語ろう。それは神々の時代よりもずっとあとの、人間の時代に起こる。神々が全員、眠っているときに起こるのだ。ただし、すべてをみているヘイㇺッダルだけは、眠っていない。
(中略)
世界の終わりは、冬から始まる。
――「物語 北欧神話」より
著者名などはプロローグで引用したものと同一です。また、傍点は著者の意図により付けました。従って、本文には存在しないことをここに明記します。
〇
こんにちは、こんばんは。
作者です。
というわけでこれにて第1章はおしまい。次の第2章ではついに(というかようやく)ダンジョン攻略のお時間となります!
お楽しみに!
そして皆様、よいお年を。
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