オゾンがッ 無くなるまで 分解するのをやめないッ!

 クアラルンプール=シンガポール高速鉄道計画。

 それは2010年にマレーシアのナジブ・ラザク首相(当時)によって発表された計画である。

 バンダル・マレーシア駅を起点とし、6つの駅を経由してジュロン・イースト駅を終点とする……という予定だった。

 路線距離は375キロで、これを90分で駆け抜ける(時速270キロメートル)……という予定だった。


 予定だった、の言葉が示すのは2018年に「高コスト過ぎる」という理由で中止となった事実だ。


 だが天は見捨てなかった。


 2030年から始める巨大樹登場という一大イベントは地球の環境を大きく変えた。

 具体的には巨大樹はCO2(二酸化炭素)を吸う。吸う。吸う。吸いまくる。

 何のため? 光合成の為だ。それ自体はいい。植物は皆やっていることだ。権利、と言い換えてもいい。

 最初は誰もが狂喜乱舞した。

 「ユグドラシルは、本当にあったんだ!」だの「これはよい観光名所となるだろう」だの「これは主が全ての罪を赦したもうた証である!」だの「この調子でCO2を削減し続ければ地球は、救われる!」……エトセトラ。こんな調子で。


 だが時が経つにつれて──20日程だが──ある科学者が気づいてしまった。


「この樹、出してないやん。O2(酸素)を。えっ、これ……不味くね?」


 不安は見事的中した。

 地球は尋常ではない勢いで、寒冷化し始めたのだ。温室効果ガスが減ったから。

 翌年の2月には、同時に4の巨大樹が世界各地に、生えた。

 そして吸った。吸って吸って吸い続ける。CO2を。


 最初に打撃を受けたのは、食物連鎖を支える植物だ。

 急激な気温低下と光合成の素材不足が重なり、次々と枯れ絶えた。

 ピラミッドの土台が崩れたのだ。ならば次は上の番というのが道理。

 数多くの動物が、飢えによって続々とレッドリスト入りした。

 こうしてピラミッドは崩れて崩れて……頂点の番となった。


 すなわち、霊長類おれたちである。


 多くの人が倒れた。争いで、寒さで、何より飢えで。

 多くの国が消滅した。国際連合の常任理事国を務めた巨人たちは、皆倒れた。

 多くの人々が移動した。どこに? 少しでも暖かいところへ! 


 よって赤道直下の国々が力とカネを得た。

 今や以下の国々が世界を牽引する新しきリーダーたち、若き巨人らである。


 ・バーラト・ガナラージヤ朝インダス王国(旧インド共和国)

 ・シンガポール独立市国

 ・グラン・アンデス帝国(通称、帰ってきた大コロンビア)

 ・東アフリカ人民連邦

 ・インドネシア共和国


「……で、そんな情勢下なので物資の移動を迅速にすべく高速鉄道計画が復活。たった2年という超突貫工事で仕上がったのがさっきまでわたし達が乗っていた……って聞いてますせんぱい?」

「」

「あ、ダメだこりゃ。せんぱーい、お・き・て下さいよーもう着きましたよー?」


 からだ、かたい、つめたい、うごかない、おれ、つかれた、ちぬ。





 20分後。


「あ”あ”~生き返る~」

「おお、せんぱいが解凍されていく」

「人を冷凍食品みたいに言うなコラ」


 俺はジュロン・イースト駅構内に設置されている足湯に浸かっていた。膝下までなので、これはかなり深い部類だ。

 なんでこんなものがあるのかというと、列車内に収納しきれなかった人を温めるためである。実際、高速鉄道ができた当初は凍死者が続出。その改善として造られたのがこれだ。

 真横を見ると多くの男たちが同じような表情を浮かべている。効果絶大のようだ。


「もう行けそうですか?」

「なんとかな」

「じゃ、タクシーを呼んだんで早速支部へと向かいましょう! ああご安心を。ちょっと遅れることは支部長に通達済みですよ」

「ああ。支部長は何て?」


 あま使みっかがスマホをずい、と顔に近づける。表示されているのはLLINEというメッセージアプリ。そこには一言。


【┐(´ー`)┌】


 なんか無性に腹が立った。


 

 駅の地下に設置されているタクシー乗り場に向かう。外へ出るためのの準備をしながら。

 すなわち、しっかりと帽子を被り(俺は茶の中折れ帽を、あま使みっかは黒のストローハットを)、サングラスをかけ、フェイスパックを貼り付け、ネックオーマー、手袋を装着。

 慣れれば移動しながらでも、1分ほどでできる。


 そうした状態でタクシーに乗る。運転手もほぼ同じ格好で、人相識別のための顔写真がデカデカと座席の後ろに貼り付けられている。意外と高画質。……と思ってよく見たらホログラム。1分ほどで消える。節電対策燃料ロス対策だ。


「どちらまで?」

「北西社会開発協議会のシンガポール国立大学、15学舎『GMC(Giant Tree Research and Monster Control Center)・東南亜支部』にお願い、交通法の範囲内でなるべく早く」

ですね。シートベルトの着用をお願いします」


 走り出す。逸る気持ちを代弁するかのように。

 俺たちが所属している場所は「巨大樹研究及び魔獣対策センター」というド直球なネーミングの研究所なのだが、所員以外は正式名称及び略称で呼ぶことはまずない。


 極東島国のサブカルチャー文化に栄光あれ。

 誰でもイメージでき、かつ分かり易いネーミングが使われるのは当然のこと。



 

 市内を進むタクシー。

 窓から見える歩行者、運転手。皆同じ格好。つまり俺達と同じ、不審者面である。

 もちろん全員犯罪者になったわけでも、イスラームになったわけでもない。

 紫外線対策である。


 今の地球はオゾンホールが急激に拡大し、赤道直下でも相応に危うい。


 紫外線は波長によって主に

 ・UVA(380–315ナノメートル)

 ・UVB(315–280ナノメートル)

 ・UVC(280–200ナノメートル)

 の3つに分けられる。

 最初のは比較的安全で、せいぜい日焼けして肌が黒くなる程度だ。男女ともに人気の褐色肌を作るのに適している。

 残り2つが危険。

 長く浴び続けていると様々な病気を引き起こす。皮膚がん、日光アレルギー、白内障、免疫機能の低下……最後の奴に至っては強力な殺菌能力を持ち、生物を破壊する。

 極地周辺ではもはや生物が生息できる環境ではないらしい。


 どうしてこのような有様となったのか。

 二酸化炭素が減り続け、温室効果が無くなることを危惧した人々が愚かにもある物質を積極的に利用し始めたからだ。


 その名はフロンという。

 短く言うとフロンは、オゾンを破壊する。

 1974年にアメリカの科学者シャーウッド・ローランドとマリオ・モリナによって発見されたこの事実は、恐慌に走る人々の頭から消えうせた。もしくはこの事実を無視した。

 2年が経ち、気づいた時には手遅れとなった。


 フロンはオゾン層を連鎖的に破壊し、かつ分解されにくい。

 この性質によりネット上では極東島国で大人気の漫画、その中に登場する逆境にあって爆発的な力を発揮する信念をもった英国紳士の台詞をパロったものが流行した。


 というわけでこんなファッションが世界の新たな常識となった。


 ちなみにCO2やフロンのように同じ温室効果を持つ物質としてメタンがある。それを利用すべく旧先進国の面々は必死になって海底に眠るメタンハイドレートの採掘準備に入ったが。

 色々と間に合わなかったというのが実情。

 もちろん採掘基地や効率的採掘法の研究は細々と続いているが、人類の滅亡とどちらが早いか。そんな悲しみの競争となっている。






 「共存派」、「殲滅派」、そして治安を死守する機動隊。

 彼らが互いに怒号を浴びせながらくんずほぐれつしている間をどうにか切り抜け、タクシーは目的地に到着した。


「支払いはシンガポール・ドル(S$.)? それともルピー(₹)?」

「S$.。カードの一括払いで」


 支払いを終え、建物内へ入る。

 虹彩認証・指紋認証、セキュリティーカードという3段構えのセキュリティーを突破し支部内へ。


 内部構造は吹き抜けを伴う10階建てで、その中央に巨大な円柱と付属する無数のモニター群がある。アームによってあちらこちらへと伸びるその姿は無機物版巨大樹とも形容できるだろう。

 証券取引所みたいなイメージでもいいと思う。

 そこには世界中の様々な情報が蓄積・分類され、分析官の望むものを提供する。


「パナマ地峡にてメキシコとアンデスコロンビア両グランの部隊が衝突」「アラフラ海に英仏葡同君連合の空母「アーク・ロイヤル(4代目)」が進出、インドネシアの空母「ジャカルタ」とにらみ合いに」「第6目『ニヴルヘル』から新たな魔獣出現、カーボベルデのソタヴェント諸島沖合にて確認」「琉球国より出撃した第2目『ニザヴェッリル』攻略遠征隊、全滅した模様」「エジプトで大規模な武装蜂起、背景に過度なデフレが」「トルコにて非常事態宣言が発令」…………


「あっ、天使あみちゃんだ~お帰り、どこにもケガない?」「ようヨハネ、下層住区で雨にぬれ──ごふっ」「天使あみ、任務終わったらタピオカ食べに行こうよ」「めずらしい酒が手に入ったんだ、後で飲みに行こうぜ便利つかとし」「あそうそう、装備課が2人に用事だと。渡したいモンがあるらしいぞ」


 いつもの物騒なニュースと同僚たちの温かい声かけ(ヨハネ呼ばわりしたのは殴っておいた)をBGMとして目的地へと向かう。


 節電のため無用の長物と化したエレベーターを横目に階段を昇って昇って昇る。最初の頃は青息吐息であったが今なら何の支障もない。

 最上階の10階ともなれば幹部たちが集う場所故、部屋数は少なく、故に迷わず。


「失礼します、緊急命を受け使利つかとし 世覇音よはねあま使みっか、両名遅ればせながらここに参上しました」


 俺達は形式上の挨拶をしながら入室。

 それを受け、支部長席に座る人物は開口一番にこう言い放った。


「キミ達には第1目『ヴァナヘイム』へと向かってもらう。その地のダンジョンを万難を排しても攻略し、『彼女』を持ち帰るのだ!」






こんにちは、こんばんは。

作者です。

恐らく次話で世界観の説明は一端終了、そして第2章のダンジョン攻略へ……という流れ(の予定)です。


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