鉄道は半日に1本、しがみついて、どうぞ。

 シェルター中心部には巨大な1本の柱がある。

 もちろん、巨大樹に比べれば、ささやか。

 最下部には無数の入り口があり、その先はもちろんエレベーターだ。これを使って上層住区……つまり地上に出る。その行先は地下鉄の出口のように沢山あるので間違えるとなかなか大変だ。


 乗り場の案内をよく見て──「19100のM」──これだ。

 時刻表によるとあと5分で来るらしい。急いで列に並ぶ。


 10分後。

 数多の労働者に押しつぶされながら何とか乗り込むことに成功。そして内臓がヒヤッとするような感触と共に上昇を開始。

 案内板によると途中5回は停止するそうだ。

 時に水平に、時には斜めに。肩こりが治りそうな振動と共に移動し、停止。人が出て、また入ってきて。結論は常に同じ。押しつぶされる。

 端の方まで来たので設置されている出窓を除く。

 瞳に映るのは、無数の工業機械、絡み合う鉄パイプ群、そこで働く万以上の労働者たち。


 AIは管理する側へとなり、単純作業は人の役目となった。

 AIはコンピューター1つで済み、人は動くのに電気を使わない。

 そして両者とも、壊れたら換えればよい。

 人なら、幾らでも、故に。

 それは非常事態と効率化を言い訳にした、悪夢の如き熱く冷たい鋼鉄の伏魔殿パンデモニウム


 ただ、その伏魔殿パンデモニウムよって生かされる命もまた、ある。

 先程の食事の原料、はここでされたものだし、何より休まることのない工業機械が生み出す熱によって下層住区が、住める場所となるのだ。


 世界中の下層住区は程度の差こそあれだいたいこんな様相なのだが、共通点がただ1つ。燃やす資源、枯渇すれば、全て凍てつき終わりとなる。



 30分後。

 黄泉の道を逆走するかのような一時の旅、ここに終わりを告げる。

 鉄箱から這い出る影は、疎ら。上層住区に用がある人は少ないから。

 運営会社も乗り心地が最悪な点を理解しているのか、サービスが受け渡される。

 寒冷化が急速に進むこの時代、大変貴重な食糧だ。粗末なプラスチックの内側にはドロリとした液体が。クロレラだ。付属のスプーンで掬い、1口。


 ……甘い。好みの味だ。


 この小さな直径3~8ミクロンの、緑色植物の源流ともいえる単細胞緑藻が、人類文明を存続させている。

 増やし、燃やし、そのガスをCO2に変え、タービンを回し、適切に管理すれば見事なサイクルを描く。

 そしてこのように、食すこともできる。

 最高だ。いち文明人として礼を言わねば。


 ──ありがとう──


 と、最後まで食べきると容器の底に何か書いてある。



試作品の品質向上にご協力ありがとうございます。もし数日後にお客様の体調に異変が発生し、公的・私的医療機関に運び込まれた際は是非、「弊社の試作品を摂取した」と医師にお伝えください。

          ワターグループ代表 渡野 郁夢いくむ


             


 なるほど、短くまとめると「人体実験のご協力誠にありがとうございます」ということだな。

 感謝の気持ちが何故か半減した。





 容器をそこら辺のゴミ圧縮機へと力強く・確固たる意志を持って投げ捨てた後、待ち合わせ場所に向かう。



 この時代、燃料不足の影響で鉄道の運行本数は、寒冷化以前と比べれば驚くほど少ない。時刻表によるとクアラルンプール=シンガポール間は1日に、2本だ。


「天使の奴、チケットはちゃんとあるんだろうな」


 そうぼやいたタイミングで、彼女特有のややカン高い声が耳に入る。


「あーいたいた! お~い使


 その先は言わせんッ!

 大急ぎで天使の元に突撃、ピンクの頭に手刀を叩き込んだ。





「というわけで無事にチケット、取れました! です!」

「うわ、マジかよ……」


 それなりの威力を叩き込んだつもりだったが、全くの無傷・ノーダメの天使がニコニコと切符を渡してくれた。それにしても……自由配置、嫌な予感がする言葉だ。 


「なぁ、指定席っていう選択肢はなかったのか? カネならギルドから出るだろう」

「あれ、知らないんですか? 去年の9月で指定席制度は廃止されましたよ。需要が高すぎて暴動が起きるとか、そんな理由で」

「流石に天使といえども無から有を創造するのは無理というわけか」

「そーゆーこと。それじゃ、これからに備えて腹ごしらえ、しましょう! まだ出発まで4時間もありますし!」


 俺の袖を掴んで、店へと先導する天使。右に結わえたピンクのサイドテールが楽しそうに揺れる。


 何度でも言うが、天使というのはあだ名ではない。本名である。

 あま 使みっか、と読む。というか読ませる。

 名前の「みっか」はキリスト教の「御使みつかい(天使のこと)」に由来するのだが、どう見ても「み」は「使」の読み方に入っていない。

 きっと親が生まれたばかりのわたしを見てハイになっちゃったんですね、とは本人の談。

 あだ名は色々あるが男性からは「天使てんしちゃん」、女性からは「天使あみちゃん」と呼ばれている。

 本名・男性からのあだ名・女性からのあだ名。全て同じ漢字で別の読み方をするものだから、タチが悪い。

 冒険者ギルド・東南亜支部では新人が入る度、大混乱となるのがここ3年での伝統だ。





 駅を出る前に、しっかりと帽子を被り、サングラスをかけ、念のためにとフェイスパックを顔に貼り付ける。これは男女両用で、紫外線対策である。

 さらに首にはネックオーマーを。両手に手袋を。

 素肌は外気に晒すなかれ。イスラームの話ではない。この時代の新常識で男・女・LGBTQ、全ての人間に適応される。



 歩いて1分ほどの場所にショッピングモールがある。上階にレストランがあるタイプだ。便利なものである。

 あらかじめあま使みっかが予約していたのか、スムーズに席に案内される。そのテーブル席で俺は思わずがくり、と項垂れた。


「どうしたんです? 便利つかとしせんぱい」

「なんだよ、もぉ……! ま・た・か・よぉ‼」


 別に兵士長が突貫してきたわけではない。

 おれは恨めしげにメニューを手に取る。全てのページの下には当然の権利、とでもいうように店名とロゴが。

 曰く。

【ワターグループ 極東風レストラン『ぐりぃんぴぃす』】


天使てんし、ここの味付けには注意しろよ」

「? どしたんです」

「さっきな……」


 俺は下層住区での出来事を簡単に話す。貴重な教訓を残そうと、身振り手振りを交えて、堂々と力強く、「オ客様、ゴ注文ハマダデショウカ」という給仕の圧力を無視して。

 そして俺の努力は無駄に終わる。ポシティブに考えれば杞憂、とも言う。


「どうして……どうして、こうなった……」

「────ップアァ! やっぱりの水は美味しいですっ」


 この時俺は思い出した。

 目の前の少女が辛党であることを。

 それも「超」が2つつくほどの、辛党であることを。


「なぁ、なんでプリンに『赤』がついているんだ」


 震える声で尋ねる。


「せんぱいもわからないひとですねぇ、相反する2つの味のハーモニーがたまんなく良いんじゃないですかぁ」

「あの、辛さって味じゃないんですけど。痛みなんですけど」


 俺は震えながらチビチビと、デス・ソースを避けてプリンを突き続けた。

 まさに地獄。

 だが本当の地獄はここからであることを直ぐに思い知る。





 それから4時間後。

 俺達二人はなんとかしがみついてた。


「あのーせんぱい、どうしてこんなに服、湿っているんです?」

「さっきついうっかり人工降雨にやられてな。ご覧のザマだ」

「なるほどー」

「なぁ天使てんし、俺からも1つ、いいか?」

「なんなりと」

「この状況は一体何なんだ?」

「何って、乗ってるんですよ。電車に」

「たわけ。どう解釈したら電車の外側にしがみつくことが乗車扱いになるんだよ」

「だって乗車率600パーセントらしいですし。それにこの乗り方は東南アジア一帯の伝統らしいですよ?」

「アジア舐めんな」


 そう、俺とあま使みっかは電車の側面にへばりついているのだ。虫みたいに。と言っても俺が側面に《爪》を使ってへばりつき、その間にあま使みっかが滑り込む、二人羽織ににんばおりみたいな感じだが。

 彼女の体温やニオイなど、ダイレクトに感じることができる。少しでも気を抜くとしそうになるので、色々とイロイロなものをグッと堪える。


 周りの男共の視線がギラついているのは気のせいに違いない。


 そんな状態でもあま使みっかは器用にスマホを操り、俺に見せる。動画のタイトルは「バングラディシュの鉄道がヤバイ!!」。サムネだけで即座に察した。


「ああ、うん……なるほどね……」

「せんぱいはその《爪》があるので相当に楽だと思いますよ? というかこのことを知らなかったんですか?」

「クアラルンプールには砕氷船で来たんだよ。というか帰りもその予定だったんだが船便はなかったのか?」

「至急、とのことでしたし。それにその砕氷船って多分コレのことだと思うんですけど」


 再びスマホが目の前に。速報記事のようだ。


 砕氷船「カピタン・クレブニコフ」、アンダマン海にて消息を絶つ⁉

 インドネシア当局の必死の捜索にも関わらず、生存者は発見できず。

 海軍は魔物の仕業ではないかと分析中

                                     ]


「あーこれってもしかしなくても」

「1年前に大西洋・セントヘレナ島に出現した第6目『ニヴルヘル』から出現した奴だと思う」

「つまりこの地獄の元凶ってダンジョン……いや、ダンジョンは巨大樹の下に必ず現れる、つまり巨大樹が無ければこの地獄はないはずだから……巨大樹が全部わるいってこと?」

「えぇーと、まぁ強引に解釈すればそうなる、かも」


 時速60キロでぬるい風を一身に浴びているので、中々頭が回らない。が、やがて1つの結論にたどり着く。


「俺は────樹なんて大っ嫌いだ!」





こんにちは、こんばんは。

作者です。

今話はどうでしたか? 恐らくこれがゲームやアニメであれば最後の台詞にタイトル&ロゴがドーン! というイメージで書きました。


もし、面白いと感じてくれたら…………「応援をする!」やコメント、☆評価やレビューをよろしくお願いいたします!

 

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