プロローグ

西暦2036年12月24日。


 白。

 銀ではなく、白世界。

 びゅうびゅうと風が吹く。

 白はたまりにたまり、つもりにつもり、層となり、大地を嵩上げする。

 そこは平野。ただ一点を除き、他は白しかない。


 そんな世界に2種類の音が響く。

 まずは──駆動音。

 重々しく、雪を征服しながら、堂々と。


 そして暫くして──足音。

 ボフッボフッ……。ボフッボフッ……。ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。


 足音の数はざっと、500人ほど。

 迷彩を全く意識しない、一切の露出なき黒が一列となって進む。

 物々しい。各々が様々な武器を持って。

 自動小銃。軽機関銃。狙撃中。携行型対戦車ロケット砲。擲弾筒。銃剣付きマスケット銃。ハンドガン。クロスボウ。コンパウンドボウ。両刃大剣。片手剣。湾曲剣。ハルバード。パイク。フレイル。メイス。その他、諸々。実に多彩。

 更に巨大な荷物が後ろより続く。無限軌道を軋ませて。


 一列は黙々と進む。

 男、女、LGBTQ。性別・嗜好、様々。

 黒、銀、茶、金、赤。髪色、様々。

 白、黒、黄。肌色、様々。

 国籍は、当然、様々。


 共通点はただ1つ。サングラスの奥に鎮座する、瞳。

 色ではない。その輝き。底で燻るは、敵意。狂熱的な、敵意。


 一行、歩みを止める。

 目的地は世界で二番目に大きな一枚岩──ものだ。今は、岩だったものが、聳え立つ。雄々しく、堂々と、何を語るまでもなく。


 誰かが、言った。首を限界まで曲げ、視線を上に、真上に向けて、忌々しく。


「これが──3目、


 更に誰かが、言った。


「そんなに大きく腕を広げて、この世界は自分らのものとでも、言いたいのか」


 そして多くの誰かが、言った。


「返せ、返せ、返せ……! 我らの空を、を、気温を、環境を……!」


 全員が、言った。何か合図をするわけでもなく、繁殖期の生命体の輪唱の如く。


「今日こそ枯らしてやるぞ、巨大樹め!」


 一行の目の先には空洞があった。

 明かりが一切ない、黒々とした空間が奈落のように。ぽっかりと。

 ダンジョンである。

 お決まりの案内役などなく、マニュアルも地図も当然、ない。


 一行は臆することなく進む。無限軌道の上の荷物、その周囲に展開して。

 守るためである。その荷物を。


 荷物にはシンプルなデザインが施されたステッカーが、貼られている。

 色は黒と黄色。そのUnicode文字コードはU+2622。それは放射性を表す。


 進む、進む、進む。黒々を奈落を最奥を。

 一行は進む、ダンジョンの最深部へと向けて。

 一心不乱に。それ以外の選択肢などないと、背が物語る。


 そして5分が経ち。1時間が経ち。12時間が経ち。24時間が経ち。72時間が経ち。

 5日経った。10日経った。


 彼らは戻らなかった。全滅である。軍事用語の、ではなく文字通りの。


 故に、一行の最期の言葉を世界が識ることはなかった。










「この……ブラックエルフ黒妖精共が!」





 ここは南半球。ここは7大大陸。名はオーストラリア。その中央部。

 ほんの6年前までここはエアーズロックといい、ウルルという名で世に浸透し。


 西暦2036年12月24日の今では巨大樹「スヴァルトアールヴヘイム」が屹立する場である。










 世界樹ユグドラシルは、驚くべき力を持つトネリコの木だ。

 あらゆる木のなかで最も完璧で、最も美しい。そして最も大きい。

 ユグドラシルは、九つの世界が接するところに生えていて、九つの世界をつないでいる。

 (中略)

 あまりに大きいので、その根は三つの世界にまたがっていて、三つの泉から水を吸い上げている。

 ──「物語 北欧神話」より ニール・ゲイマン著 金原瑞人、野沢圭織 訳


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