第3話

 ――翌日。今日は休日だ。


「今から、出かけてきます」

 香苗は玄関先で靴を履いている。

「どこに行くの?」

 私は尋ねた。

「お友達と、お買い物に行ってきます」

 香苗はそう言って、家を出ていった。


「友達、ねぇ……」

 昨日、私は友樹に「特に予定がないので、どこか遊びに行こうか」とスマホから提案する。しかし「申し訳ないが、予定が入った」と返ってきた。


 ……予定か。この日は別に試験だとか、イベントだとかといったものはなかったはずだが……。

 いても立ってもいられなくなった私は、密かに香苗の後をつけて行くことにした。


 香苗は最寄りの駅に着くと、改札口を抜ける。そして電車に乗り込むと、目的の駅で降りた。私もそれに続き、ホームに降り立つ。そのまま改札を出ると、彼女は迷うことなく歩き出した。私も彼女にバレないように距離を取りながら、その後を追う。


 香苗は駅の出入口付近で立ち止まる。目の前にはコンビニがあった。


 私は香苗に見つからないように、最新の注意を払いながら近くの建物の陰に隠れる。そこから、香苗の様子を窺った。


「お待たせしました」

 彼女の前に一人の男が姿を現す。どうやら待ち合わせをしていたらしい。

「こちらこそ、わざわざ来てもらってすみません」

 香苗が頭を下げると、男は会釈をする。二人はその場を後にした。


 私は、香苗の待ち合わせ相手を知っている。何故ならば、それは友樹だったからだ。

 ……一体どういうことなのか。帰ってきたら、香苗に問い詰めよう。私は胸に苦々しいものが湧き出して来るのを感じた。


***


 香苗が帰宅したのは、午後八時頃。私は父と母と共に、リビングでくつろいでいた。


「ただいまー」

 香苗はリビングに入って来る。私は香苗を睨みつけた。


「あれ? お姉ちゃん、どうしたの?」

 香苗は訝しむように、私の顔を見る。

「どうしたの? じゃないよ。どうして、友樹とデートしてたわけ?」


 私がそう訊くと、香苗は目が点になった。

「お姉ちゃん、見てたの? ストーカーみたい」

 香苗は呆れた様子で言う。


「だって、あなたが友樹と二人で歩いてるところを見たんだもん」

 私は声色を落として言った。


「あー、それかぁ。たしかに今日、私は春日井さんと買い物に行ったけど……」

「なんで二人きりになったの! 私と付き合ってるの知ってて!」

 私はつい感情的になってしまう。


「なんだ? 喧嘩か?」

 父がこちらの方を覗き込んだ。

「あなたたち、どうしたの」

 母も心配そうな表情になる。


「えーと、これはお姉ちゃんが、誤解してるだけだから……」

 香苗は困り果てたような顔をしていた。

「誤解ってなによ!」

 私は怒りが収まらない。


「まぁまぁ。お姉ちゃん、とにかく、部屋に行こう」

 香苗は私の手を引っ張る。私たちは二階にある自室に向かった。



 部屋に入ると、香苗はベッドの上に座る。私は立ったまま、彼女を睨みつけた。


「お姉ちゃん、とりあえず落ち着いて」

 香苗は諭すように言う。

「私は冷静だよ」

「じゃあ、話を聞いてくれるよね」

「……」

「黙ってたら分からないでしょ」

「分かった」


 私は渋々、首を縦に振る。それを見た香苗は笑顔になった。

「お姉ちゃん、お誕生日おめでとう!」


 ――一体どういうことだろうか? 私は首を傾げた。


「実はね、今日、お姉ちゃんの誕生日プレゼントを選んでたの」


 香苗の話によると、友樹から「葵さんの誕生日プレゼントは何がいいのか」という相談を受けたらしい。それなので、今日、香苗と友樹の二人で、私の誕生プレゼントを選んでいたというのだ。


 その話を聞いて、私は余計苛立ちを覚えた。香苗はベッドに座っていたのだが、私は香苗を押し倒した。


「……お姉ちゃん?」

 香苗は呆然としている。自分の身に何が起こったのか、理解できないかのようだ。


「なんで、あんたは友樹の連絡先を知ってるの!?」

 私は怒鳴るように言った。

「……えっ?」

 香苗は目を丸くする。


「どうして、彼とメッセージ交換してんのよ!!」

 私は香苗の首元を掴むと、前後に揺さぶった。

「ちょ、ちょっと、待って……苦しいから……」

 香苗の顔色が青くなる。私は慌てて手を離す。


「ゲホッ、ゴホ……。いきなり、何をするの?」

 香苗は咳き込みながら言った。

「ごめんなさい……」

 私も自分がしてしまったことに驚き、動揺する。


「それにしても、春日井さんとやり取りしてるって聞いて、そんなに怒るなんて……お姉ちゃん、重たいね」

 香苗はヘラヘラしていた。笑う状況でもないような気もするが、一種の防衛反応だろうか。


「……プレゼント、何買ってくれたの?」

 幾分か冷静になった私は、こんなことを聞いてみる。

「まだ誕生日じゃないけどな。それ聞いたら、サプライズじゃなくなっちゃうよ」

 香苗は笑っていた。だが、私は真面目である。


「いいの。早く教えて」

「わかりました。はい、これ」

 香苗はベッドから立ち上がり、バッグからラッピングされた箱を出す。それを私に手渡した。


「開けていい?」

 私は香苗に尋ねる。

「今、開けちゃうの?」

 香苗は不思議そうな顔をした。

「うん」

「まぁ、別に良いけど……」


 香苗から許可を貰ったので、私は丁寧に包装紙を剥がしていく。中に入っていたのは、ラベルの貼ってある瓶だった。瓶にはピンク色の液体が入っている。


「香水?」

 私は手に取って確認した。

「お姉ちゃんのこと、考えて選んだんだよ」

 香苗は照れくさそうにしている。


「……つけていい?」

「うん、もちろん」


 香苗がそう答えたので、私は早速、香水を手首に吹きかけた。ローズの香りが漂ってくる。


「いい香り……」

「バラの香りが好きだって言ってたからね。だから、ローズ系の香水にしたの」

 私はしばらくの間、香りを堪能する。


「香苗、ちょっといい?」

 私は一言断りを入れたあと、香苗に向かって香水を吹きかけた。辺りに、ローズの香りが漂う。


「お姉ちゃん?」

 香苗はぽかんとしている。


「香苗も、この香り、似合ってるよ……」

 香苗は相変わらずぽかんとしていた。私は構わず、香苗を抱きしめる。


「どうしたの?」

 香苗は困惑の色を隠せない。


「うぅ……」

 私は呻いた。頬に涙が伝う。

「えぇと……」

 香苗はかける言葉を失っている。私はしばらく嗚咽していたが、どうにかして言葉を絞り出した。


「ごめんなさい。やっぱり、私、香苗のことが好きなの」

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