第2話
大学も三年目になる頃、私は
とても真面目そう、私の第一印象はこれだった。というのも、彼も私と同様、人目を引くような出で立ちをしていないからである。
友樹の立ち振る舞いは、妙に大人びていて、落ち着いていた。友樹のことを知れば知るほど「とても真面目そう」という第一印象は間違っていなかったと感じる。もっとも、「とても真面目そう」という言葉は、友樹にとって褒め言葉なのか? と思っているので黙っているが。
「ねぇ、お姉ちゃん。スマホ見るとき、ニヤニヤしてることが多くなったね……もしかして、彼氏?」
香苗がこんなことを言ってきたので、私は思わずドキッとした。
「いやぁ……どうかな……」
私は曖昧に返事をする。どうやら私は、友樹とやり取りをしているとき、つい頬が緩んでしまうようだ。けれども、そのことで香苗にバレてしまうとは……。
「私、お姉ちゃんのことをよく見てるんだよ。お姉ちゃんに何かあったら、すぐわかるもの」
そう答える香苗の顔は、真剣だった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。彼氏ってどんな人?」
香苗は一転、満面の笑みを浮かべる。
「えーと……」
私は答えあぐねる。
「なぁに? まさか、答えられないようなことをしてる人とか……」
香苗はハッとした顔になる。
「そんなわけないでしょ……サークルの後輩よ」
私は少し迷ったが、下手に隠し立てをすると、かえって面倒なことになるだろう。だから話すことにしたのである。
「サークルの後輩、か…………私、会ってみたい!」
香苗はしばしの間を置いたあと、こんなことを言い出した。
「うーん……」
「会ってみたい」というのは、単なる好奇心だろう。他意は無い、のだろうが、私は何故か、一抹の不安を覚えた。
「駄目?」
香苗は私の顔を覗き込むと、小首を傾げる。
「別に構わないけど……今度連れてきてあげようか?」
「ありがとうお姉ちゃん!」
香苗は嬉しそうにしていた。
――約束の日、私は友樹を家に招く。香苗は終始ニコニコしていたが、私は内心ドキドキしている。
「初めまして! 妹の香苗です」
友樹も「初めまして」と返し、頭を下げる。私の妹だと知っていてもなお、礼儀正しい態度だ。
「今日はわざわざ来てくれてありがとうございます」
香苗も頭を下げる。
「いえいえ、全然大丈夫ですよ」
友樹は微笑みで返した。
一通り挨拶を済ませると、私は友樹をリビングに案内する。
「今から、お茶持ってきますね」
お茶の用意をするために、香苗はキッチンに向かう。私と友樹はソファーに腰掛けた。
「香苗ちゃん、いい子ですね」
「そんなことないよ。外面がいいだけで。香苗って、常に私の後を追っかけてるし。それに小さい頃からずっと私の真似ばっかりで」
「そうなんですか。葵さん、慕われているんですね」
友樹は微笑む。香苗に悪い印象はないようだ。思うところはあるが、嫌われるよりかはいいだろう。
「お待たせしましたー」
香苗がトレイの上にカップとポッドを乗せて持ってきた。
「お姉ちゃん、春日井さんとなんの話をしてたの?」
トレイをローテーブルに置くと、香苗はこんなことを言い出す。目は友樹の方に向けられていた。
「香苗は、外面がいいって話よ」
私はついトゲのある言い方をしてしまう。
「どうしたの? お姉ちゃん」
香苗はキョトンとした顔になる。
「お茶、ありがとうございます。では、いただきます」
いたたまれなくなってきたのだろうか。彼は私たちの会話に割って入る。それから、カップを手に取り、口をつけた。
「うん、美味しい」
彼は満足げに言う。
「わぁ、よかった。私、紅茶ってティーバックばっかりだから。葉っぱから入れることがあまりなくて……」
香苗はとても嬉しそうにしていた。
「僕も普段はコーヒーばかりなので、たまには紅茶もいいなって思いましたよ」
彼の言葉を聞いて、香苗は笑顔を浮かべる。
「よかったら、また入れますよ」
香苗が笑顔を振りまいている様を見ているうちに、私は次第にモヤモヤしてきた。何故、香苗はあんなにも嬉しそうにしているのか……。
「お姉ちゃん、どうかした?」
香苗は私の顔を覗き込んだ。知らず知らずのうち、ぼんやりしてたらしい。
「ううん。なんでもない」
私は慌てて首を振った。
――その時間、私たち三人はそれぞれ他愛もない世間話をした。友樹が話す時、香苗は興味深そうに耳を傾けている。私はその様に対し、複雑な眼差しを向けていた。
「春日井さん、いい人そうだね。よかったね、お姉ちゃん」
夕食後、香苗はこんなことを言う。
「香苗、彼は私と付き合ってるの。だから、あんまり馴れ馴れしくしないで」
私は思わず語気を強めてしまった。香苗は驚いたのか、目を丸くする。
「私、馴れ馴れしくしたつもりはないけど……もしかして、妬いてる?」
香苗はニヤニヤしながら言った。
「違うから!」
私はムキになって否定する。
「そっかぁ……」
香苗はニヤついたまま、どこかへ行ってしまった。
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