第25話 責任
人間側の領土から魔の森を抜けて初めて目にする魔族領は、カッリス様が治めている土地だ。二十ほどある街や村の中心にある街に本宅を置き、魔の森から訪れる者達を監視している。
東西南北を治める各当主達はそれぞれが魔王様の居住である魔王城を護るように自身の城や戦力を配置させているので、人によっては魔王城の近くだったり、他種族との国境沿いだったりとかなり違いがある。
魔王城は各当主達が治める土地の中心にある低い山の上に建っている。
道は舗装されているが、一番近い街から馬車で八時間以上は掛かり、城に転移を許可されていない業者や商人達は週に一度、時間を掛けて城へやって来る。
山道を上がった先には大きな門が聳え立ち、そこから城までは石畳の一本道。門を潜れば結界内となるので、結界の外からは見えなかった美しい外観の魔王城がお目見えする。
魔王様の居住区画である東は五階、他は一段低くなった四階まで。北は各当主達が集まる会議室や管理職達の執務室が置かれ、南は客室や控えの間、大広間など。西は一階に調理室があり、二階にダイニング、外にある別棟には魔族師団の施設が備えられ、訓練所や武器庫などもその区画に置かれている。
深夜という時間帯であれば当然門は閉められ、城への転移が許可されている側近であっても魔法陣が発動せず転移が不可となるのだが、私は魔王様の代理という肩書を持つのでいつでも転移可能だ。
「ロイラック」
魔の森を出たあと城の南区画へと転移し、私の専属侍従である男の名を呼んだ。
優秀な侍従兼監視役であるロイラックは、私が何処に居ようとたった一言で直ぐに駆けつけてくる。
直ぐ真横に魔法陣が浮かび上がり、光と共に見慣れた男性が現れ私に向かって頭を下げる。
「お戻りでしたか、リシュナ様……ぐっ」
ロイラックが顔を上げながら口を開いた瞬間、彼の首を片手で掴んで身体を持ち上げ壁に叩き付けた。
「お前にはルトフィナ様の警護を頼んでいたはずよ」
「……っ」
「それなのに、どうして魔の森に居たのかしら?お前の主はいつからカッリス様になったの?」
指先に力を入れて首を圧迫すると、顔を歪めたロイラックが両手を上げたので、言い訳など許さないとひと睨みしたあと手を放した。
「……ごほっ、んんっ、すみません。リシュナ様がご不在の間はリベリオ様が代理権限をお持ちになる予定でしたが、何故かカッリス様になっていまして。権利を行使され、ルトフィナ様を外にお連れすることになりました」
「お父様もグルだということね。カッリス様は何処に?」
「客室にご滞在されています」
「このまま向かうわ。ヘイルも呼んできなさい」
「承知いたしました」
徐々に漏れ出る殺意と魔力を押さえる気もなく客室に繋がる通路を歩く。階段を上がり、客室が整えられた階の一番奥にある部屋の扉を、魔法で吹き飛ばした。
派手な音と共に室内に吹き飛んだ扉の残骸を踏み、室内に立ち入ると。
「遅かったね」
そこにはソファーに座り寛ぐカッリス様が、扉が吹き飛ぼうが微動だにすることなく微笑みを浮かべながら私に向かって手を振った。
「随分と……」
自分のものとは思えないほど低く冷たい声。
全て言葉を発する前に、右手を真横に振っていた。
まるでスローモーションのようにアンティーク家具は吹き飛び、壁や絵画を巻き込んで粉々に崩れる。
「勝手なことをしてくれたわね」
ドン、ドン……!と空気が鳴り、部屋が揺れ、私の身体から魔力が吹き荒れた。
部屋に居た侍従を下がらせる余裕のあるカッリス様はこの状況でも笑みを浮かべていて、それが余計に癇に障る。
「説明しなさい」
「説明したとして、リシュナ嬢は納得してくれるのかい?」
「先ずは説明を受けてからよ。冒険者達には偽情報を持ち帰らせる予定だったはずなのに、話が違うわ」
「どのように持ち帰らせるかは私に任せると言っていなかったかい?」
「街にも入れずいきなり襲撃されて、どうやって情報を得るのよ!?」
「以前の腕白なリシュナ嬢であったらあのような賭けはしないが、今の君ならあの状況でもどうにかするだろうと思っていたからね」
「何もせず撤退していた可能性だってあったわ」
「だとしたら、もう一度あのSランクパーティーに潜り込んでもらうだけだよ」
何てことないように口にするカッリス様に唖然とする。
当初の話し合いなど全くもって意味がなく、指揮権を私に委ねた振りをして実際はカッリス様が全てを動かしているのだから、これが狡猾な大人というものなのだろう。
「リシュナ嬢が訊きたいのは予定と違った私の行動ではなく、あの場に居た魔王様のことだろう?」
「……」
「私はね、初めからあの場面を魔王様にお見せする予定でいたんだよ」
「どういうこと」
「どういうこと」
「魔王様が魔力を暴走させたときにも言ったが、君は甘い。魔王様の姿が赤子とはいえ、誕生されてからもう一年近くは経っているのだから、あの方は知能だけなら君達側近とそう変わらない」
「魔族の成長が早いとはいえ、幾らなんでもそれは……」
「魔王様の記憶は次の魔王様に引き継がれるものなんだよ。誕生したその日から、徐々に受け継いだ記憶を定着させ自身のものとする。大抵は一年で人格が形成され、それと共に身体も成長されるはずなのだけれど」
カッリス様は指先をクルリと動かし、倒れていたソファーを元に戻し腰を掛けた。
「このままではいつまで経っても成長しないだろうというのが、私達年長者の考えだ」
「時間は十分にあるのだから、ゆっくり成長してもよいはずよ」
「リシュナ嬢が城を離れたあと魔王様の機嫌はすこぶる悪くてね。君が何のために魔王様の側を離れ動いているのかご理解なさらない。アレでは、本物の赤子だ。歴代魔王様の中で最強を誇る魔力を持つ方が、このままでは最弱になってしまうよ」
要は、言っても聞かないから見せつけたと、そういうことなのだろう。
「魔王様を敬い慈しむことを悪いとは言わない。だが、誤った育てかただけは止めてもらおうか。あの方は、この魔族領を治め、私達の頂点に立つ方だ」
溢れだす私の魔力をそのままに向かいあっていても平然と話していたカッリス様の頬を汗が伝った。余裕そうに見えてはいるが、魔王様の次に魔力の高い私が加減することなく魔力を放出しているのだから相当キツイのだろう。
「リシュナ嬢はゆっくりと言うが、勇者が召喚されてもそう言っていられるのかい?前魔王様を簡単に消滅させるような者に、赤子のままで立ち向かえると思えるのかな?」
ふっと軽く息を吐き出し気持ちを落ち着けたあと魔力を身に押し戻すと、カッリス様は糸の切れた人形のようにソファーに身を沈めた。
「お父様やカッリス様達の気持ちは分かるわ」
前魔王様が消滅したあと、彼等がどれほど苦労したのか嫌というほど聞かされたのだから。
「でもね……」
辛そうに目を細めるカッリス様の目の前に立ち、腰を曲げて姿勢を低くし、カッリス様の胸元にあるリボンタイを掴み引っ張った。
「魔王様の代理は私よ。全ての決定権は私が持っているの。次、また勝手なことをしたら」
リボンタイを引き千切り、床に捨て踏み潰す。
「当主を交代させるわ」
侯爵家当主とはいえ、実力主義である以上はどの家の当主よりも私のほうが立場は上だ。
私のたった一言でスラッツイア家の当主は明日から変わる。
「承知いたしました」
「あ、そうだ」
涼しくなった胸元に手を当て、軽く頭を下げたカッリス様に背を向け部屋を出る直後。
「この部屋の修理代は、スラッツイア家に請求しておきますね」
顔だけ振り返りそう告げると、一瞬唖然としたカッリス様は笑いながら頷いた。
暴れてスッキリしながら扉のない部屋から出ると、通路の反対側から歩いてくるヘイルが見えた。ロイラックと何か話しながら歩いているが、彼は自分の置かれた状況を正しく理解しているのだろうか?今から、お仕置きよ?
「リシュナ様」
「遅かったわね」
「もうお話はお済でしょうか?」
「えぇ。そこの部屋の請求書は後でカッリス様に渡しておいてちょうだい」
「請求書とは……っ!?」
どういうことかと私の背後を覗き込んだヘイルは言葉を失っているが、これくらいで驚いてもらっては困る。次は、貴方の番なのだから。
「ヘイル」
「……は、い」
「言葉にしなくても、長年共に居る貴方なら分かると思うのよ」
「それは……どういうっ、ぐっ!」
ヘイルの肩に手をそっと置き、一気に魔力を放つ。
呻き声を上げ床に片膝をつくヘイルの耳元に口を近付け囁いた。
「先日の礼は、後日倍にして返すわ」
「……な、にをっ」
「心待ちにしていなさい」
苦しげに呼吸するヘイルの肩から手を退け、目を見開いて振り仰ぐヘイルにうっそり笑ったあと、ルトフィナ様の居住区画に転移した。
※※
普段であれば、躊躇うことなく部屋の扉を開け、一目散にルトフィナ様に駆け寄って抱っこするところなのに……。
「あ、明日にしたほうがいいかしら。もう寝ているだろうし」
数十分前から色々と理由をつけて部屋に入れないでいる。
城に戻るまではカッリス様とヘイルを片付けて直ぐにルトフィナ様に会いに行こうと思っていたのに、カッリス様の言葉が頭を離れず、扉に伸ばした指先を丸めてしまう。
ルトフィナ様のためにと思ってしていたことは全て自己満足で、逆に成長を妨げ危険に晒す行いだったのでは?
魔の森で目にしたルトフィナ様の傷ついた表情を思い出し、あれも私が招いた結果なのだと視界が滲む。
「どうしよう、合わせる顔がないわ……」
自室に戻ろうにも、ルトフィナ様が泣いていたらと思うと足が動かない。
先程ロイラックを呼び出したときに彼が何も言っていなかったので、いつものようにベッドに入って寝ているはず。
今の私にできることはたったひとつ。
自身の行いの責任はしっかり取らなくては……と、音を立てずにルトフィナ様の部屋の扉を開けた。
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