第24話 チート発動



カミルを囲っていた魔獣も、奥で息を顰めて隙を窺っていた魔獣も、ほぼ全てが光の矢で身体を貫かれ息絶え、暗い森の中は静寂を取り戻した。


(チート、これが噂のチート……え、こんな奴等と戦うの、私)


ガバッとその場にしゃがみ込み頭を抱え、目を閉じて開くを繰り返すが、まごうことなき現実だ。


(聖魔法って遺伝なの?いやいや、だって、何年も修練を重ねてって聞いたのに、嘘だったの?騙された?)


「あの……」

「……」

「シュナさん」


直ぐ近くで聞こえた声に顔を上げると、剣を引き摺って私の目の前まで歩いてきたカミルが困惑気味に剣を差し出してきた。

細く軽く作ってもらった特注品とはいえ、大人が眉を顰めるくらいには重量があるはずなのに、この子は一度持ち上げて地面に突き刺していたわよね……この、チートめ。

剣を受け取り、どこも欠けていないのを確認してから空間へ放り込む。


「助けてくださって、ありがとうございます」

「……助けたつもりはないわ。私はただ武器を貸しただけで、あとは貴方の力よ」

「でも、あの……ありがとう、ございます……っ」


気が緩んだのか、涙を溜めた瞳から雫が零れ、それと同時に嗚咽を漏らす。

平気な顔をして見せても、魔獣がうろつく暗い森が怖くないわけがない。囲まれ、弄ばれるように徐々に命を削られ、助けを期待できない状況に絶望しただろう。


「……本当に、馬鹿な子ね」

「うっく、ひっ……っう」


この子が大人だったら助けてなどいない。

ただ、小さなカミルとルトフィナ様が被って見えて、利用だけして放置するのは後味が悪くなっただけ。

転がっている壊れたランプを一瞥し、声を押し殺すように泣くカミルの腕を掴んで出口へと引き摺って行く。魔族は夜目が利くが、人間はこの暗闇のなか灯りもなく移動するのは困難だろう。


「帰りなさい」


冷たく言い放つと、俯いたままのカミルは首を左右に振りながら必死に足を踏ん張り抵抗を見せた。

自身の力では魔獣に襲われ抵抗することで精一杯だったくせに、ランプもなく、魔力を使い切って身体がふらついている状態なのに、それでもまだ魔族領へ向かうと言うのか……。

もう面倒だから転移で強制的に王都に送り返してやろうかと動かないお子様を見下ろすと、顔を上げていたカミルと目が合った。


「もう、此処まででいいです」


まだ諦めていない瞳に、苛立ちが募る。


「どういうこと?」

「は、走って森を抜けます」

「無理よ。無駄死にする前に引き返しなさい」

「どうしても血が必要なんです。僕しか、母上を救えないんです……!」


カミルの想いは分かる……でも。


「貴方のお母様は、大切な息子が傷つき、血を流し、瀕死の状態で戻って来た姿を見て、私のためにありがとうと喜ぶとでも?病気で苦しんでいるお母様を更に苦しめるつもり?泣かせても平気だと?」

「……っ、何て言われても、母上が僕を想ってくれているように、僕も母上が大切なんです!」

「……」

「夜が危ないのなら、朝になるまで身を隠してから……」

「無駄だと、言ったでしょう」

「うわっ……!?」


だから帰れと、カミルの腕を掴み出口があるほうへと放り投げた。


「安心しなさい。出口までは面倒を見てあげるわ」


そんなに強く放っていないのに、転がったまま起き上がらないカミルに溜息を吐く。

無言で抗議するカミルに呆れ、再度忠告しようと口を開く前に、彼は顔を上げ。


「それなら、僕が貴方を雇います!」


声を張り上げた。


「……勘弁してちょうだい」

「あ、貴方は凄い冒険者だとローガンが言っていました。さっきも、魔獣を一撃で倒していたし……だから、魔族領に着くまでの間、貴方を雇ってもいいですか?」


いいわけあるか……。

頭が痛い。何でめげないの、この子。

こんなところで時間を無駄にしている暇などない。今頃、ルトフィナ様は声を上げて泣いているかもしれないし、怖い思いをしたから震えているかもしれない。


「雇えないわよ」

「お金なら、あります」

「お金の問題ではないのよ。先ず、冒険者を雇うにはギルドに依頼書を出す必要があるの。でも、それには身元の確かな成人済みの者であることが条件よ。それに、貴方は魔族の血が必要だと言うけれど、今は魔族と揉めている場合ではないと陛下が仰られているのに、ギルドが魔族領で魔族の血の採取なんて依頼を通すわけがないわ」


反論は聞かないと会話を締めくくり、また泣きそうになるカミルの前にしゃがみ込み、空間から取り出した瓶を地面に置いた。


紫の液体が入った小さな瓶。

魔族領では珍しくもないソレは、人間からしてみれば毒に見えるかもしれない。


「あげるわ」

「……え?」

「貴方のお母様の病に効くかどうかは分からない。でも、魔族の血に頼るよりは確実よ」

「薬……?」

「そんな御大層な物じゃないわ。でも、試してみる価値はあると思うけれど……それでも駄目だったら、あとは祈りなさい」

「……」

「貴方のお父様は良い意味でも悪い意味でも分別のある人だけれど、貴方はただの無謀な人よ。自身の力を見誤らず、引くべきときに引くことを覚えなさい」

「……」

「お母様の側に居てあげなさい。きっと、お母様にとってはそれが何よりの薬よ」

「はい……」

「屋敷は何処?」

「え、あの、王都に」

「王都の門の前に転移で送るわ。門の横に小さな扉があるから、そこの奥に居る門番に保護してもらいなさい」


立ち上がり、地面にうつ伏せになっているカミルの額を指で弾いた。


「お父様にたっぷり怒られなさい」


カミルを立ち上がらせ、足元に魔法陣を敷く。

揺らめく淡い光が、ふわり、ふわりと、魔法陣を照らす。

短い詠唱を口にしたあと、準備が整ったと魔法陣からカミルへ顔を向けると、何故かカミルは驚いた表情を見せた。


「……っ、転移させるわよ」


互いの顔がハッキリと見えるほどの光。

擬態を解いていたことを思い出し、マズイと視線を伏せ、カミルに背を向けた。


「ありがとうございます」


今日は何度彼からその言葉を聞いたのだろう。

ゲームでのカミルは荒んだ目をして魔族を葬り、私の胸に剣を突き立てた。


「効くかは……」

「分かっています。でも、僕を助けて、気遣ってくれて、希望を与えてくれたのは、シュナさんだけだったから」

「大袈裟ね……」

「家に戻ったら、何かお礼をします」

「必要ないわよ」

「薬のことだけじゃありません。僕の命だって救ってもらったのですから、父上に言って直ぐにでもお礼に伺います」


今回の依頼の功労者とはいえ、ただの冒険者が聖騎士団長の息子を魔の森に連れて行ったと知られたら処罰ものだ。その瓶の出所だって訊かれても答えられないし。

これ以上必要ないと言ったところで、多分この子は譲らない。かなりの頑固者だと、この短時間で嫌というほど思い知ったのだから。


「お礼だと言うのなら、その瓶を私が渡したと誰にも言わないで」

「どうしてですか?」

「得体の知れないものを飲ませたと、貴方のお父様に首を刎ねられるかもしれないわね」

「……分かりました。父上にも、誰にも言いません。でも、僕にできることなら、貴方のために何でもすると覚えておいてください」


色々あって流石に疲れていたし、子供の口約束だからと軽く考えていた。


「なら、将来貴方が賢く強く、人に誇れる聖騎士団長になったときに、私の大切な人を守ってちょうだい」

「はい!」


力強く返事をしたカミルに苦笑し、背を向けたまま指を鳴らして転移させた。


「さーて、もう一仕事してからルトフィナ様の元へ帰りましょうか」


やっと魔王城へ帰れると鼻歌を歌いながら森の奥へと歩き出した私は、これが後にどう響くことになるのかなど知らず、呑気なものだった。


魔法陣の淡い光に照らされた私の瞳を凝視していたカミルが、奇跡的に病が治ったとされた母親と共に、この先一生赤い瞳の魔族に恩を感じて生きていくことになるなど……。

数年後、美しく成長し、聖騎士団長の証である白銀の鎧を纏ったカミルが、私に跪き忠誠を誓うまで知る由もなかった。



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