第23話 無謀
「王都の門は夜間の出入りが禁止されているわ。魔獣や他種族対策に結界も張られ、誰一人として出入りができないようになっているの」
「知っています。だから、これを」
「……メダル?」
「緊急時のときに使うよう父上から渡された物です。一度だけ結界に触れないよう王都から外に出られると聞いています」
カミルが胸元から取り出した鎖の付いたメダルを受け取り、溜め息が漏れた。
結界に触れないって何?王都限定なのか、それともどんな結界にも対応しているのか……。
色々と訊きたいことも調べたいこともあるが、カミルに訊いたところで幼い彼はただ持たされているだけでメダルについて何も知らないだろう。
ラニエが持っていた魔法石といい、このメダルといい、絶対に製作者は同一人物だ。
早急にこれらの出所を突き止めないと、聖女という裏技とコンボで使われたら魔族が不利過ぎる。
「一度だけなのね?」
「使ったことがないので分かりませんが、そう言われました」
「そう……」
他者に奪われる心配をしてのことか、一度だけというところが製作者の意地の悪さを感じさせる。
「どういう原理かは知らないけれど、これ、本当に使えるのよね?」
「はい。もし王都が戦場になるようなことがあったら、事前にこれを使って逃げなさいと父上から貰った物です。母上も同じ物を持っています」
「……余計な物を量産しやがって」
「え……?」
「何でもないわ。ほら、おいで」
「あ、はい……」
身を屈め両手を広げると、顔を赤らめたカミルが腕の中に入ってきた。
つい癖で赤子のルトフィナ様にするようにしてしまったと反省しながら、真っ赤になり俯くカミルを抱き上げ、長い詠唱を口にする。
普段は詠唱などしないからコレはかなり適当なものだが、カミルの様子を見る限り気付いてはいないのでよしとした。
詠唱途中に、んにゃんたら……とかふざけて挟んで口にしてみるも、不審がるどころか大喜びなのだから子供って単純だ。
足元からぶわっと風が吹き、その風が王都を囲む防壁の上まで私達を運び、幅の狭い石壁に着地する。
「魔法……」
「城壁のときも同じような感じだったでしょう?」
「あのときは詠唱をしていませんでした」
「飛び越えるだけなら詠唱は必要ないのよ。それに、魔法がなくてもラニエくらいになれば防壁なんて簡単に登れそうだけど」
「だとしても、凄いことです!」
普通の人間に同じことをしろと言っても無理だけど、Sランクなら可能かもしれない。
こんなものの何が凄いのだろうかと肩を竦めて見せ、防壁に沿うように張られている薄い膜のような結界にそっと指先を伸ばした。
「……っ!?」
結界に指先が近付くと、腕に掛けていたメダルが僅かに光を帯び、指先が触れる手前で膜が広がった。
「本当に通り抜けられるのね……」
指ではなく手のひらを向ければ更に膜は大きく広がる。
大したものだとまだ見ぬ製作者に殺意を抱き、カミルを抱え直す。
「飛び降りるわよ」
「……こ、此処からですか?」
「何よ、怖いの?これくらいで怖気づいていたら魔の森になんて入れないわよ?」
「怖く……ないです」
微かに震えているカミルを抱き締めるように腕の中に抱え、宥めるように背中を叩く。
「大丈夫よ。私が、貴方に怪我をさせることはないから」
身体を前に倒し、メダルの力で広がった結界を通り抜け防壁から落ちていく。
腕にあったメダルは一瞬強く光ったあと粒子となって消える。
本当にファンタジーな世界だと、地面に着く前に右手を持ち上げ空中で魔法陣を発動させると、そのまま魔の森の前まで転移した。
※※
魔の森は日中でも暗く、とても不気味な場所だ。
それが深夜となれば、魔獣の遠吠えやら唸り声が加わり、大人であっても尻込みしてしまう。
安全な王都で守られて育ったお坊ちゃまなら、実際に魔の森を見せれば諦めるだろうと思っていたのに……。
「本当に入るつもり?」
「はい」
決意は固いらしく、諦めるどころかやる気に満ちている。
「もう一度だけ訊くけど、本気なの?一人で魔の森へ入るの?」
「魔族領へ繋がる道は此処だけですよね?」
「そうだけど……」
「それなら入ります」
「そうよね、そうなるわよね……」
直ぐにでも走って行ってしまいそうなカミルの腕を掴み、考え直さないかと止めているのは罪悪感か、はたまた情なのか。そのような感情はルトフィナ様にだけ向けるものであって、いずれ敵となる者に向けてはいけない。
「……気を付けて」
「はい。ありがとうございました」
カミルの腕を放すと、彼はペコッと私に頭を下げて森の中へ走って行ってしまった。
魔獣は森の奥へ進むにつれ増えていく。入口付近なら小型の魔獣がいくつかうろついているだけなので、ランプの明かりに怯え近付いてはこないだろう。
けれど、もし中型から大型に遭遇してしまえば、もって数分……いや、数秒かもしれない。
「……」
此処まで最短で楽に来られたから、魔の森でも私の助力を期待しているのかと思っていたのに、カミルは助けを求めることも、それらしいことを口にもせず、振り返ることなく森の中へ消えて行った。
「流石、未来の聖騎士団長ってことかしら」
それとも、カミルが瀕死に陥り母親が亡くなるという未来は変えられないということなのか。
頭を軽く振り、森へ入る前に擬態を緩めた。
今の時間帯に冒険者シュナの擬態で魔の森を歩けば、死にはしないが怪我のひとつは覚悟しなければならない。直ぐに治るとはいえ、痛いものは痛いのだから怪我などしたくはないのだ。
カミルがこの森の中に居るので、髪色はそのままで他は全て擬態を解いた。封じていた魔力も戻り、怠かった身体もスッキリしたのを感じ歩き出す。
暗いし、今夜は月がないので光もない。もしカミルに遭遇したとしても瞳の色など分からないだろう。
「そもそも、遭遇しないかもしれないし……」
ドン……!と派手な音を立て真横から襲ってきた中型の魔獣を魔法で吹き飛ばす。
音と血の匂いにつられ奥からぞくぞくと出てくる魔獣を鼻で笑い、腕を前方に伸ばした。
「カッリス様の元へ向かう前に、少しでも苛立ちを発散しておかないとね」
でないと、ルトフィナ様の駒をひとつ消してしまう。
さぁ、どんどんかかってきなさいと魔獣の気配を探りながら派手に魔法をぶっ放していると、微かに悲鳴が聞こえ振り返った。
そう遠くはない場所に、魔獣が集まっている気配がする。
――あぁ、もう見つかってしまったのか。
暗闇をジッと見つめたあと視線を逸らし、足を止めることなく奥へと進んで行く。
ゲームでのカミルは一命を取り留め、無事にこの森を出ている。聖騎士団長となるくらいなのだからあの年齢から聖魔法を扱えたのだろうし、メダルと似たような守護系統の魔法石を持っているのかもしれない。
放っておいても夜が明ければ助けは来るし、五体満足で家へ帰れるのだ。
ただ、目を覚ましたときに、母親がいないだけで……。
「あれは敵よ。ルトフィナ様の敵」
余計なことなど考える必要はない。
私が一番大切にしている人の元へ戻ることが最優先だ。
「どうなろうと知ったことではないわ。あの子は助けを求めなかったし」
敵……敵……と口にしながら空間から剣を取り出し、次々と襲ってくる魔獣を剣で引き裂く。
魔獣は知能が低いので、相手との魔力差や力の差を感じ怯むことはない。ただ獲物とみなしたものを狩るだけ。ずっと、獲物が息絶えるまで。
「……っ、あー、もう!」
飛び掛かってきた魔獣を剣で叩き伏せ魔法を放ち、息絶えた魔獣を足蹴にし元来た道を引き返した。
「何なのよ、もう、まだ生きていなさいよ!」
もう悲鳴は聞こえない。
でも、まだ魔獣は先程気配を感じた場所に集まっている。
あれからそう時間は経っていないが、カミルはあの短剣ひとつで魔獣と戦っているのだろうか?それとも……。
「どうして、私が……!」
木の枝を振り払い、目の前に現れた魔獣に怒りのままに魔法を浴びせた。
昼間とは桁違いの魔獣の数に焦りながらも足を動かし、視界が開けた先に見えた光景に息を呑む。
「……っ」
ランプは足元で割れ、数匹の魔獣に囲まれるなか、決して諦めずに抵抗しているカミルが居た。
泣きも喚きもせず、たったひとつの目的のために必死に抵抗している。
「馬鹿な子」
そう呟き、腕を振り上げた。
シュナではなくリシュナである今の魔力量は桁が違う。
腕を振るだけでカミルの眼前に迫っていた魔獣が吹き飛び、仲間がやられたことで魔獣の殺気が一斉に私に向けられる。
「力の差も分からない獣ごときが」
そのまま続けざまに腕を横に振り、カミルの腕を狙っていた魔獣を燃やす。
炎がカミルを照らし、彼がゆっくりと此方に顔を向ける姿がハッキリと見えた。
血に塗れても清廉さが失われることなく、ゲームのスチルのように綺麗なカミル。
今がどんなに辛くても、幸せなエンディングが用意されている。彼もきっと、いずれ現れるヒロインに選ばれ微笑み合うのだろう。
『お前が、俺に愛を教えてくれた』
ルトフィナ様は涙を流して消滅していくのに……。
でも、ここでカミルの運命を変えられないのだとしたら、ルトフィナ様の運命だって変えられない。
ギリッ……と歯を噛み締め、握っていた剣をカミルに向かって投げた。
「それを使いなさい」
地面に突き刺さった剣に警戒を見せる魔獣は、カミルを逃がさないように囲みながら円を描くようにまわり、軽く威圧を放っている私の様子を窺っている。
隙を見てカミルに飛び掛かろうとする魔獣には指先を動かして威力の弱い魔法を放つ。
知能は低くても警戒心くらいは備わっていてくれてよかった。これならある程度の時間は稼げる。
「その剣に魔力を与えれば、貴方でもそれなりに戦えるはずよ」
「……シュナさん?」
そうか、この暗闇では私が誰かも分からないのね。
人間とは本当に不便なものだなぁ……と肩を竦めるが、前世が人間だったことを思い出し苦笑した。
「早く掴みなさい」
カミルの視線が私と剣をウロウロしたまま目の前にある剣に手を伸ばす素振りを見せないので、仕方なく剣の使い方を教えたあと早くしろと促す。
「……はい」
剣を抜くときによろけたカミルは、自身の身の丈と同じくらいの剣を構えず抱きかかえた。
子供が振るには重いので、それが正解だ。
短剣一本では魔獣に傷を付けられるかも怪しく、とてもじゃないが魔の森を抜けて魔族領へなんて辿り着けない。
その点、私の剣は魔力を媒介として力を増す特別な物だから、カミルの魔力が微々たるものでも短剣よりは遥かにマシだ。
そもそも、魔獣なら兎も角、魔族に傷をつけるには聖魔法が必須なのだけれど……。
「……は!?」
剣の柄を両手で握り、そのまま詠唱を始めたカミルに目を見開いた。
だって、まだ幼い子供が、魔力量と修練を必要とする聖魔法の詠唱を始めたのだから。
「嘘でしょ……」
歌声のような詠唱は間違いなく聖魔法だ。
カミルの周囲で吹き荒れる魔力が剣に収束され、黒い刀身が眩く光輝く光景に唖然とする。
だって、アレ、アノ剣、私のだから!?魔族の剣ですよ?聖魔法とか、ありなの!?
「……っ、消えろ!」
詠唱を終え、抱えていた剣を勢いよく地面に刺すと、空中に出現した無数の光の矢が魔獣に降り注いだ。
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