第22話 大当たり



夕食を終えたあと客室へ戻り、待って居た侍女を帰し一人になったあとは部屋に置かれた本棚から適当に本を選びベッドの上で暇をつぶした。


――深夜。


窓を開き、バルコニーの手摺に頬杖をつきながら目的の人物を探す。外は真っ暗だが、魔族は夜目が利くので昼間と同じように見えている。


「さて、あの子は動くのかしら」


母親の病の悪化、治療師の数が少なく手が足りていない状況、家族であるはずの父親の助けは期待できず、最後の頼みの綱であったローガンの手も借りることができなかった。

ゲームで彼を攻略していたときに、街を散策するというイベントで何気なく彼が口にしていた言葉を覚えている。


『あの日は月の光がなく、暗闇に乗じて城を抜け出て一人で魔の森へ向かったんだ』


この世界では、一年に一度だけ月が姿を隠し暗闇だけが訪れる日がある。

理由は分からず、闇夜に活発化した魔獣が街や村を襲うこともあるので、人間はこの現象を魔族の仕業だと決めつけた。

人間が召喚した異世界の只人に敗れるような種族が天を操れると思っているのだからお笑い種だ。


「そろそろよね……」


具体的な年や日にちは分からないが、私が彼と同じ状況に置かれたら今日のこの時間に動く。


「ほら、ビンゴ!」


暗闇の中でぼんやりとした光を見つけ、目を細めその場所を注視し、目的の人物の姿を視界に捉えて指を鳴らし笑いを噛み殺す。

三階にある客室のバルコニーから飛び降り、周囲に人影がないことを確認したあと音を立てずに駆け出した。

皆寝静まっている時間であり、王城を警護する騎士達は普段の見回りを止め今日だけは各配置場所から動かないだろう。

だからこそ、侵入は難しいが抜け出すのは簡単。


この辺りだったはずだと一度足を止め見渡すと、前方に小さな背中を見つけた。


「こんばんは」

「……っ!?」


声を掛けながら待ち人の肩に腕を回し、叫び声を上げないようにカミルの唇に人差し指を当てた。声を呑み、大きな目を見開いて私を凝視するカミルに微笑む。


「こんなに遅い時間に、何処へ向かっているのかしら?」


闇夜に紛れるように暗い色のフードを被ったカミルの腰元には短剣が、手には小さなランプがひとつだけ。貴族でありながら護衛の一人も付けず、深夜に一人で客として滞在している城を抜け出そうとしている。警護の者達に見つかれば有無を言わさず親であるマリスの元へ引き渡されるだろう。

幼いとはいえ私に見つかるというこの状況はマズイと気付いているだろうに、騎士ではなく冒険者だから何とかなると思っているのか、多少顔色は悪いがカミルの目から光は消えていない。


「見逃してもらえませんか?」

「良いわよ」


まさか許可を得られると思っていなかったのか、間抜けな表情をしているカミルの額を指で弾いた。


「私はただの客人だから、貴方が深夜に徘徊していても咎める権利はないし、警護の者に報告する義務はないの」

「……」

「でも、理由くらいは聞いておくべきよね。聖騎士団長の息子が何をしているのかしら?」

「魔族の……」

「魔族?」

「魔族の血が必要なんです」

「……は?」

「あの、もしかして、お持ちですか?」


懇願するように私を見上げるカミルに唖然とし、彼の口から出たとんでもない言葉を反芻する。


病気を患う母親のために動いているのだと思っていたのに、魔族の血?え、何で?

しかも、何でそんな物を冒険者が持っていると思っているの?血だよ?血!


「ごめんなさい、聞き間違えたのかしら。その、何が必要だと?」

「魔族の血です。あいつらの血はあらゆる病を治すと聞いたんです」

「どこの夢物語よ」


妖精やエルフの血ならもしかしたらと期待する気持ちは分かるが、魔族だよ?

魔族の血は緑で物を融かすと人間の国にある文献には載っているのに、そんなものが万病に効くと聞いて飛び付くなんて……。


(愚かだわ)


「魔族の血なんて持っていないし、そもそも、そんなものが病に効くなんて聞いたことがないわよ?」

「……そうですか」

「って、待ちなさい。何処へ行くつもりよ」

「聞いたことがないだけで、もしかしたら本当なのかもしれない。それに、この病は魔族の仕業だって、教会の人達は言っていました。血が使えなくても、あいつらから薬を奪ってくれば良いんです」

「血も薬も、簡単に手に入るものではないわよ。貴方だって知っているしょう?私達が魔族にやられて撤退してきたと」

「でも、もう母上には時間が残されていないんです」

「信憑性のない話に縋って危険を冒すくらいなら、父親を説得しなさい」

「駄目なんです。何度頼んでも、父上は母上よりも国のほうが大切だから……」


まぁ、大人の事情など何も関係がない子供からしてみればそう感じるわよね。

王の右腕であり聖騎士団長という肩書を持つマリスを妬み僻む貴族は多いだろうに、彼の妻が順番の列に並ぶことなく治療師やエルフの治療を受けたと悪意を持って噂を流されれば、ウダール家は治療を待つ者達から恨みを買ってしまう。

それは後に、治療薬のない病で疲弊した者達の恨みの矛先が王や政権へと向き、成長したカミルの道を阻む要因となり得る。

それでも……と感情に従って行動する人間が多いなか、踏み止まれるマリスは私からしてみれば及第点だ。


「魔族の血をどうやって手に入れるつもり?」

「魔族領に向かいます」

「……それは、そうなのだろうけど。どうやって?」

「歩いてです」


この話の通じなさに、やはりまだ子供なのだと真っ暗な夜空を見上げる。

私が訊きたいのはそういうことではないのだとどう説明するべきか……。


「私の質問の仕方が悪かったわね。貴方はどうやって魔族から血を手に入れるつもりなの?血をくださいと頼むつもり?」

「露店で売っているのでは?」

「……血を売る露店なんてどこの国でも見たことはないわね」

「でも、魔族ですから」

「……」


魔族だって人間と何ら変わらない普通の人だと口にできたらいいが、ここでそんなことを口にするわけにはいかない。


「そうね……でも、その露店がある魔族領に辿り着くには魔の森を抜ける必要があるの。高ランクの冒険者ですら厳しい森をどう抜けるつもりなのかしら?」

「それは……」

「街から魔の森までかなり距離があるわ。誰にも知られず抜け出すなら馬車も使えないし、そもそも街の門は閉まっているわよ」

「街からは出られます。それに、魔の森までは歩いて行きます」

「あ、歩いて?」

「馬車を出すわけにはいかないので……無理でしょうか?父上に知られる前に夜のうちに森を抜けて魔族領に入りたいのですが」


魔獣が活性化された深夜帯の魔の森へ入る命知らずな者はどこを探してもこの子くらいだ。

未来の聖騎士団長ではあるが、今のカミルはただの子供。一人で魔の森へ入ればものの数分で魔獣の餌となる。

カミルの装備はランプひとつに短剣一本というところだ。こんな装備と言えないような恰好で、彼は自分がこれから何処へ向かうのか理解しているのかさえ怪しい。


――でも、止めないけど。


「良いわ。魔の森まで私が連れて行ってあげる」

「本当ですか!?」

「えぇ。でも、そこまでよ。そこから先は自分で何とかしなさい」

「それだけでも十分です。ありがとうございます!」


喜ぶカミルを一瞥し、ふっと息を吐く。

母親を案じた幼い子供が必死に頭を働かせ、蜘蛛の糸のように細い可能性に自身の命をかけようとしている。そんなカミルに、同情心は全く湧かない。

この子はルトフィナ様の敵となり、その手で私の大切な人達を皆殺しにするのだから。


それに、私は初めからカミルを利用する気でいたのだし。


「それじゃあ、さっさと向かうわよ」

「えっ……?えぇ!?」

「舌を噛むから口を閉じていなさい」


カミルを片手で荷物のように抱え、警護の薄い王城の裏門へと走り出した。子供の速度に合わせていたら夜が明けてしまう。もたもたしている時間などないのだと、全速力で暗い道を駆け抜ける。


「……あの、裏門は、あっちに」

「分かっているわ」


遠目に門が見えるが、律儀に門を出るわけがないでしょうに。

何人もの騎士が待機している裏門ではなく、その手間の壁を飛び越えた。


「うわっ……!」


城壁なのでかなり高さがあるが、これくらいなら魔法で何とかなる。

魔力の高い魔族ならこの程度なら日常的なことだが、人間からすれば驚き声を上げるほどのものらしい。


「此処からは絶対に声を出さないで」


街の中心部ではなく裏路地を移動し進む。

街の裏となれば月が出ない真っ暗な夜でも店は開いているし、街に住む民の安全を守るために設置されている治安部隊も動いている。

こんな時間に子供を抱えて走っている人間なんて人攫いか不審者だ。

しかも、その子供は聖騎士団長の息子なのだから。


注意はしたが時折声を上げるカミルに、大人しくしていなさいという意味で若干荒く動けば、何故か目を輝かせて私を見上げてくる。ナニソレ、コワイ。


「よし、この辺なら誰も来ないでしょ」


建物の影を移動し、王都の門が見える位置までは辿り着いた。

ここからは、カミルにかかっている。


「……す、凄い。あれが魔法……でも、こんなに早く……え、だって、どうやって」


抱えていたカミルを地面にそっと下ろすと、少しふらついたカミルは興奮しながらぶつぶつ何か言っていて、少し怖い。

一歩彼から離れ、厳重に閉ざされた門へ目を向けた。


「結界の張られた門……」


私がルトフィナ様の元へ帰れない原因。

この結界を抜けられる方法をカミルが知っているはずだと、まだ興奮が冷めないカミルを見下ろした。


『深夜に城から抜け出した俺は、魔の森へ一人で入り魔獣に襲われた。一命は取り留めたが意識は戻らず、その間に母上は亡くなっていた』


最年少で聖騎士団長となったカミルがヒロインに吐露した幼い頃の苦い思い出。

全て魔族の所為だと語り、母親の仇だと目を血走らせていたカミル。

ヒロイン視点で聞けば可哀想だと同情もするだろうが、魔族視点である私からすれば自業自得なうえに完全な逆恨みだと文句のひとつでも言ってやりたいところだ。


「カミル。貴方の出番よ」


さて、この子は一体どんなカラクリでこの結界から外へ出るのだろうか。







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