第21話 招待


昼過ぎに王城へ強制転移し、そのあとは用意された客室で数時間ほど眠り身体を休めた。

日没前に客室の扉が叩かれ私の専属だという侍女が一人現れた。王城へ滞在している間は彼女が私を補佐すると言うが、冒険者なんて大抵は平民なのだからこういった対応は逆に困るのではないだろうか。


まぁ、私は侯爵家だから委縮も遠慮もしないが。


「ドレスはそれ、宝飾品は……右手の物ね」


メイクとヘアセットは済ませ、ベッドの上に広げたイブニングドレスを選んだあと侍女に持たせている宝飾品を吟味して指差す。


「ドレスは後ろだけよろしく」

「こちらの髪飾りはお付けしてもよろしいでしょうか?」

「そうね、付けてちょうだい」


姿見にはオフショルダーの黒いロングドレスを着て、薔薇をモチーフとした装飾品を身に着ける私が映っている。ジョス・オランド王から夕食に招待されたのでこうして着飾っているのだが、これらは全て私の自前だ。

勿論、ジョス王は侍女にドレスも宝飾品も持たせたうえで私の部屋に彼女を寄越しているが、一応目を通したあと全て断りバッグに放って忘れていたドレスを取り出したのだ。


「とても素敵なドレスです……手触りも良くて。それに、この宝石も凄く綺麗ですね」


ほぅ……と感嘆の溜息を漏らす侍女は、王城で王の客人を担当しているくらいなのだから良い家柄の娘なのかもしれない。お父様から贈られたドレスや宝飾品は魔族領で取れる最高の素材で作られた貴重な物……なのに、リシュナは何の感慨もなくポイッと空間に放り込んでいた。


「シュナ様は、貴族のご令嬢なのでしょうか?」

「それを訊かれたのは二度目よ。よく考えなさい、貴族のか弱いご令嬢が冒険者になると思う?お腹に穴が開くような職よ?」

「そうですが、シュナ様は……こう、命令し慣れているというか。堂々と……威厳というものが……」


私の髪を直しながらうーんと唸る侍女に肩を竦め、鏡で全身をチェックしたあと頷く。

やっぱり黒と赤という組み合わせが一番似合うと自画自賛して微笑むと、鏡越しに目が合った侍女が頬を染めた。


「そろそろ向かうわ」

「案内の者が外に待機しておりますが、体調のほうは……」

「ひと眠りしたから大丈夫よ」


体調を考慮して夕食は部屋で取れるようにもしてあると言われたが、疑われることなく自由に王城の中を歩けるという機会を逃すはずもなく、二つ返事で夕食の招待に応じたのだ。

客室を出ると廊下には執事のような恰好をした男性が待機していて、先に部屋を出た侍女が侍従長と呼んでいる。

素直に好待遇だと喜ぶべきか、それとも、王の側近らしき者が監視に来たと疑うべきか。


「お腹が空いたわね」


嘘でも冗談でもなく、ぐぅっと鳴ったお腹を片手で押さえ通路を歩き出した。




※※※※




ジョス王が夕食に招待したメンバーは、ラニエをリーダとしたSランクパーティ、聖騎士団長のマリス、それと、この国と王を影で支えている宰相クラレンス・ロウ。


「シュナ嬢は冒険者になって長いのですか?魔法はいくつから扱えるようになりましたか?剣も得意だと聞いたのですが、今度見せていただけませんか?」


そして、おまけがファリスだ。

ラニエにご執心だと思っていたファリスは何故か私の隣に座り、ジョス王の挨拶で乾杯をしたあとから、ずっと、ひたすら、私に話し掛けてきている。

普通なら熱心に質問してくる王子を無下にすることなく食事の手を止めてでも答えるものだが、何せ私はこの国の民でも人間でもなく、自由気ままな冒険者だ。


「……」

「ラニエ様と肩を並べて戦える方が女性にもいると知って、凄く驚きました!」

「……」

「シュナ様はSランクに近いAランクだと言われているのですよね?どうやってそこまで強くなったのですか?」

「……」

「こんなに華奢で、お綺麗なのに」

「ファリス、しつこい男は嫌われるぞ?口説くならもう少し成長してからにしておけ」

「く、くど……父上!」


豪華な夕食を口に詰め込んでファリス王子をずっと無視していたら、見兼ねたジョス王が冗談を口にしながら会話を止めた。

ジョス王もファリスも特に気分を害した様子はないのだが、この夕食の席には彼等を主とする宰相が居る。彼からは殺気を込めた熱い視線を度々感じていたが、だからといって笑顔を浮かべて律儀にファリスに答える義理はないので無視していたのに。


「ある意味有名なシュナ嬢と、こうして夕食を取れるとは思いませんでした」

「クラレンス」


優しげな声音で微笑むクラレンスは目の奥が冷たく、口にした言葉は嫌味にしか聞こえないものだった。

私がどういった意味で有名なのか知っているらしいジョス王が、眉を顰め咎めるようにクラレンスの名を呼ぶが、それでもクラレンスは止まるつもりはないらしく……。


「陛下と殿下はご存知ないかもしれませんが、シュナ嬢は貴族の間ではとても有名な方です。上級貴族ですら顔を見るためだけに大金を払い順番を待つと言われているほどですから。高位ランクの冒険者は国に属さず身分に左右されることなく自由だとされてはいますが、何でも許されるわけではありません。ですが、シュナ嬢に限ってはどうやら全てが許されているようなので、本当に凄い人ですね」


挑発してきた。


「私って、こうして宰相様に褒められるくらい有名なのね」


地位とお金と男が大好きで、身分問わず横柄で傲慢な態度を取る冒険者シュナを今更取り繕うつもりはなく、今迄の行いを誇りはしないが、こうして赤の他人に何か言われる筋合いもなければ、指摘されて恥じることもない。


「どのように有名なのか教えてくださるかしら?どうしてもと頼まれ、危険だと分かっていても国からの依頼だからと引き受け、お腹に穴を開けてでも生死を掛け情報を持ち帰った者に、宰相様は一体どのような楽しい話をしてくださるのか、とても興味がありますわ」

「僕も聞きたいです!」


目を輝かせて賛同するファリスには悪いが、子供の教育上よくない話なので宰相は絶対に口にしないと思うわよ。


「……」


案の定黙った宰相に勝ち誇るように微笑むと、「くくっ……はは」とジョス王が笑い声を上げた。


「クラレンス、この夕食の席は彼等を労うために私が用意した席だ」

「……失礼いたしました」

「お話は終わりですか?残念ですわね、では、沢山血を流したせいでお腹が空いているので、夕食に集中しますね」

「シュナ嬢は、とても良い性格をなさっているのですね」

「……」

「いい加減相手にされていないと気付け、クラレンス」


食事に集中するから話し掛けても答えないよ?と態々忠告してあげたのに、どうしてこの人は私に絡もうとするのか。

パンを千切りながら対面に座るクラレンスを窺うと、笑顔なのにナイフを握り締めている手が震えている。そんな彼に対してふっと鼻で笑えば、クラレンスは顔を真っ赤にしてジョス王に肩をポンと叩かれている。


「僕だってシュナに相手にされていないのに、新参者が構ってもらえるわけがないよね」

「構ってもらいたいわけではありません」

「嘘だー。クラレンスがシュナの情報を集めて」

「そのようなことはありません!」

「へぇ……そんなに慌てるなんて怪しいよね?」

「怪しいも何も、依頼を受ける冒険者を事前に調査することのどこが怪しいと言うのか」

「あれ、僕が陛下に聞いたのは、クラレンスが二年くらい前から」

「陛下……!?」

「私だって知りたくはなかったんだぞ?」


楽しそうに騒ぐ大人達を困惑したように眺めるファリスの肩を叩きラニエを指差し、「私よりも彼の冒険談のほうが凄いわよ」と意識を誘導しておく。


「兎に角、シュナは僕だけのシュナだから」

「ローガン……貴方も全く相手にされていないじゃない」

「そういえば、俺もシュナから話し掛けられることはなかったな……」

「ラニエは落ち込まないでちょうだい」

「ファリス殿下もクラレンスも、僕がシュナと親しくなってからアプローチしてくれるかな?」

「どれくらいで親しくなれるのですか?」

「……シュナ」


ファリスの純粋な疑問に一瞬固まったローガンが懇願するような声で私を呼んだので、仕方なく私の左隣に陣取るローガンを一瞥したあとメイン料理である肉へと意識を戻す。


「もう少しだと思うよ!」

「それならお待ちします」

「あと数十年は掛かるわね」

「シュナ……フローリアが虐める」

「俺ももう少し親しくなっておかないとな」

「ラニエは必要最低限で構わないよ!そこのニヤついている陛下は接近禁止だから!」

「それは無理な話だな。これからも依頼することがあるだろうから、私も親しくしておく必要がある」

「……そうか、依頼という手が」

「陰険宰相はもっと駄目だよ。シュナ、あれは危ないから近付かないでね」

「ローガン殿とは色々話をしたほうが良さそうですね」


王族と宰相、Sランクパーティが揃った格式高い夕食の席だというのに、これでは大衆酒場と変わりないと、一人静かにワイングラスを傾けた。






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