第20話 語られていない分岐点
「依頼はこれで終わりだし、僕も向かおうか?」
「それは助かる。治療師を待っている街が結構あるんだ」
「マリスの奥方は?」
「それは……」
「かなり悪い。エルフに治療してもらうよう言っても、こいつが首を縦に振らん」
「私の妻には専属の治療師がいますので、治療師が足りていない街に先にエルフを派遣してください」
「この通りだ」
「頑固だね」
治療とかエルフとか何の話をしているのだろうかと首を傾げていると、近付いてきたラニエが私の横しゃがみ込む。
「傷は?」
「もう平気よ」
「すまなかった。シュナにだけ無理をさせた」
「あれは予定外のことだから仕方がないわ。それに、最後は抱えて連れ帰ってくれたでしょ?」
申し訳なさそうな顔をするラニエに向かってニッと笑うと、彼は肩を竦め苦笑した。
「どうやら、予想よりも早く流行病が広まっているらしい」
「流行病……?」
「半年前から徐々に増えていたらしい。まだ王都には至っていないが、もうかなりの街や村に広がり、国から派遣している治療師の数が足りていない状況だ」
「そんなこと初めて聞いたわ」
「どの国も口を閉ざし、上層部が秘密裏に動いている」
「公表すれば民が混乱して王都に押し寄せるかもしれないものね。治療薬は?」
「まだらしい。明日からローガンとフローリアは治療師に合流して各地を回るらしいが」
「治療法も薬もなかったらお手上げね」
召喚魔法を自在に行えるとしたら、魔王が復活するという神託を受けた時点で勇者を召喚し備えればいい。それをしないのは召喚魔法には何か制約があるのか、それとも根拠もなく楽観視しているだけなのか……色々考えてはいたが、どうやら理由があったらしい。
治療法のない流行病が蔓延し、それがたったの半年ほどで王都まで迫る勢いだと言うのなら、魔王よりも人間の存亡危機のほうが優先順位は高いのだろう。
ゲームはヒロインの召喚から始まるので、それ以前のことは攻略に関係していることしか語られていないので全く知らなかった。
ルトフィナ様の成長する時間くらいは稼がなくてはとかなり焦っていたから助かった。この流行病は直ぐには終息しないだろうから。
「ラニエ様!」
地下室と思わしきこの場所にはそぐわない子供特有の高い声。
開かれたままの扉には身形の良い幼い子供が立ち、呼ばれて立ち上がったラニエを目にした途端にダダッと駆け寄って来た。
「お怪我はありませんか!?」
「あ、俺は大丈夫ですよ、ファリス殿下」
「良かった……」
忙しなく目を動かしラニエの怪我を確認している子供の顔と、ラニエが口にした名前に意識が遠のきそうになった。
まだ六歳前後だというのに既に整った容姿、地位に驕らず冒険者にも丁寧な対応。この子供がこのまま成長すると、王族としての知性に気品、美貌を兼ね備えた完璧王子と呼ばれるようになる。
今目の前に居るこの子供が、ゲームのメインヒーローであるファリス・オランドだ。
「殿下はどうして此処へ?」
「父上に頼んでこの場に同行する許可をいただきました」
両手を胸の前でギュッと握って上目遣いとか、ふとしたときに見せる冷たい眼差しが良いと人気があった完璧王子も、子供のときはこんな……こんな……。
「ぶはっ……!っと、失礼」
乙女か!と吹き出しそうになるのを堪えていたのに、ラニエに向かって可愛らしく飛び跳ねるものだから我慢ができなかった。
「貴方は……」
この人は誰だろうか?と私を熱心に観察している王子に向かって、何の変哲もないただの一般人ですよという意味を込めヘラッと笑っておく。
「Aランクのシュナです。普段はソロで動いているのですが、今回だけ協力を頼みました」
「この方は怪我を……?」
「情報を得られたのも、俺達が無事に戻れたのも、全てシュナのおかげです」
「凄い方なのですね」
ラニエに向けられていたキラキラした目が私にも向けられているのだけれど、残念なことにあと数年経ったら私は王子の前に敵として現れることになります。
「シュナ!今日はこのまま城内に泊って怪我の様子を見るようにって!」
「……っ、ローガン」
「痛っ!」
いつものように私の腰にタックルしてきたローガンに鉄拳制裁するが離れる気配がない。
パーティを組む前なら、少しでも嫌な顔をすれば直ぐに離れたくせに、絶対に調子に乗っているわ……こいつ。
「もう大丈夫だって言ったでしょ?」
「陛下が数日は泊っていくようにって、もう部屋は用意されているよ?」
「数日……」
「うん。シュナは直ぐに無理をするから、僕が側に居てあげなくちゃ」
「あんたが側に居るほうが危ないわよ」
意外と筋力のあるローガンを引き離すのは至難の業で、腰から腕を外そうともがく私を嘲笑うかのようにローガンは更に力を込めてくる。
横で王子が「あのローガンが……」と驚愕しているのはどういうことか……。
「二人は、仲良しなのですね」
「どこをどう見たら仲良く見えるのかしら……?私は一方的に執着されて困っているのよ」
「僕の片思いだよね?」
「嬉しそうに言わないでくれるかしら?王子も、そこは微笑むところじゃないから」
既にこの部屋から王と聖騎士団長は退出していて、此処には私達と乙女な王子の護衛らしき騎士が数人留まっている。扉の側には私達を客室に案内するために侍従が待機していて、このまま逃げられる状況ではないらしい。
「取り敢えず、逃げないから離れなさい」
「逃げるつもりだったの!?」
「ローガン、見苦しい振る舞いはよしなさい。シュナは怪我をしたばかりなのよ」
「どうしよう……フローリアたんのデレが止まらない」
「何よ、フローリアたんって!?その、たんってどういう意味なのよ!」
「三人共少し静かに、此処は城内なんだぞ……」
すみません……とこのパーティの中で一番常識人であるラニエが王子や騎士に向かって頭を下げている。Sランク冒険者というある意味雲の上の存在に謝罪されている騎士は顔を引き攣らせながら頷いているが、間違えないでほしい、騒いでいるのは三人ではなくローガンとフローリアだけだから。
さて、今日中に此処を抜け出してルトフィナ様の様子を見に行かないと。
何も知らされず……ということはないと思いたいが、例え事前に説明を受けていたとしても、母親代わりの私の血だらけの姿を目にしたのだから幼子にはトラウマものだろう。
何か理由を作って城から抜け出せないだろうかと、侍従に先導されながら城内の廊下を進んでいると、柱の陰から顔を出し此方を窺っている子供がいた。
「ラニエ」
「……あぁ、あの子は」
ジッと私達を見つめる子供はこれまた身形の良い子供で、私の隣を歩くラニエの腕に肘を当てたあと小声で名を呼び子供の存在を知らせる。
ラニエは直ぐに子供に気付き何か口にしようとしたが、その前に柱から出て来た子供が恐る恐る私達に近付き通路を塞ぐように立ったと思ったら、勢いよく頭を下げた。
「お願いがあります!僕の、母上を治療していただけませんか……!」
あぁ、これはたった一人に対する懇願だ。
私の腰に巻きついている変態の腕を剥がし、そのまま子供の方へとローガンを押し出した。
「カミル……発症している病にはまだ治療法がないんだ。マリスから聞いていない?」
ローガンの口からマリスという名が出て、この子供が誰なのか気付いた。
現聖騎士団長の息子であり、次代の聖騎士団長を務めるカミル・ウダール。彼もゲームの攻略対象だ。
「聞きました……」
「僕はエルフだから、治療師よりも力にはなれると思う。でも、魔法は万能ではないから、未知の病を治せると断言はできないんだ」
「それでも、僕の母上を見ていただきたいのです!」
「既に何人か同じ症状の人達に治療を施したけど、病の進行を抑えることはできても、病そのものをなくすことはできなかった」
「進行を抑えてもらえれば十分です。だから、お願いします……っ!」
確か、中盤に起こるカミルとのイベントで、幼い頃に母親を失ったとヒロインに語る場面があった。その病は魔族が広めたものだと信じて疑わず、怒りや悲しみをぶつけるかのように魔族に剣を向けていた。その病というものが、今回の流行病なのだろう。
これから長い年月、この流行病に人間は苦しんでいく。
それは魔王様が成長するために必要な年月であり、チートな攻略対象者達に試練が与えられる年月でもあるのだ。
「カミルの気持ちは分かるけど、君の母上の治療はマリスの許可が必要なんだ」
「でも、父上は駄目だと、母上ではなく民を優先するようにと!それでは……母上は助からないのです!」
カミルの悲痛な訴えに皆の心は動かされ手を差し伸べたくなるのだろうが、ローガンの言った通り貴族の女性を治療するのだから家族であり夫であるマリスの許可が必要だ。
非情だと思われるだろうが、カミルが先ずしなければならないことは父親を説得することで、手を出すことのできない私達に懇願することではない。
ふうっ……と溜息を吐き、涙を流しながら訴え続けるカミルの背後へと目を向けた。
「……カミル!」
「父上……」
「此処で何をしている?部屋に居るようにと言っておいただろう?」
「ローガンが戻って来ていると、殿下に教えてもらって。だから……」
「カミル」
「父上も母上の治療をしてもらえるよう、一緒に頼んでください!」
「馬鹿なことを……すみませんでした、この子が無理を言ったようで。どうぞ、聞き流してください」
「父上!」
通路の奥から此方に向かって走って来たマリスは、涙を流す息子の姿に一瞬辛そうな表情を見せたが、直ぐに何かを振り切るように顔を振り私達に謝罪した。
「カミル。病に掛かって者達は皆治療を受ける順番を待っている状態だと教えただろう?治療師は自身が病に掛かることを恐れずに治療にあたってくれている。身分が高いからといって、順番を守らずに治療を受けるようなことはしてはいけない」
「……ですが、母上はもう、限界なのです」
「カミル」
「……っふっ……すみませんでした」
マリスは必死に涙を堪えるカミルの肩を優しく叩き、軽く頭を下げ息子を連れ離れて行く。
(あぁ、だから彼はあの日、あの場所へと足を向けたのだ)
カミルの後ろ姿を眺めながら理解した。
ゲーム内ではあまり深くは語られなかったカミルの過去。
彼の口から語られた幾つか腑に落ちなかった部分は、こうした道筋を歩き辿り着いたものだったのだろう。
「シュナ……?何でそんなに嬉しそうなの?」
「親想いの良い子だと思って。あの子の母親は幸せね……」
「そうだね」
自然と口角が上がっていたのだろう。
カミルには悪いが、私が大切なルトフィナ様の元へ帰るために、彼の道筋を使わせてもらおう。
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